黒紫色の霧
それからガルト達はゴブリンが現れた方向に向かって走った。そこは、エルフ達が農業を行っている地域であった。
(奴ら…食料を求めてやってきたのか?自然現象のように見せかけた作戦か。裏にいるのはずいぶんと狡猾な者だろう。)
ガルトがゴブリンの群れについて考えながら走っていると、後ろから息切れが聴こえてくる。息切れをしているのはフィルティアだ。
「はぁ、はぁ、はぁ…ま、まって。走るの苦手だから…」
「一刻を争う事態だ。付いてこられないのなら置いていくぞ。」
フィルティアは息切れをしながらも、何とかガルトについて来た。アクエスも勇者なだけあって、しっかりと付いてきた。どうやら、フィルティアは体力がないらしい。
走り出してから十数分後、ガルト達は畑を目にした。畑では大きな斧を持った、一際大きなゴブリンが手下のゴブリンを従えて、畑の作物を略奪していた。
「【キングゴブリン】か…道理で数が多いわけだ。」
【キングゴブリン】とは、名前の通りゴブリンの王だ。ゴブリンの群れのなかで、特に大規模になった群れの中から選抜される。こいつはリーダー的存在となり、ますますゴブリンの群れの規模が大きくなってしまうのだ。
ここでもエルフ達がゴブリンから逃げている。一部、武装をしたエルフが交戦しているが、数で負けてしまっている。この状況を見たアクエスが突然口を開いた。
「ガルトさん、エルフ達の救援をお願いします。フィルティアさんは手下のゴブリンをお願いします。私がキングゴブリンを引き受けます!」
そう告げると、アクエスは走る速度を上げ、同時に革の細長い袋から何かを取り出した。
「共に行きましょう…【神槍 リヴァイア】。」
アクエスが取り出したのは1本の槍であった。これこそが水の勇者の神器、【神槍 リヴァイア】である。神獣【ギガリヴァイア】と契約することでこの槍を貸し与えられたのだ。
この世界には神獣という者が複数体存在しており、彼らはこの世界が創られた時から、この世界を見守っていた。世界を脅かすものが現れたときにのみ、その者を勇者と認め、神器を貸し与えるのだ。
これまでは人族と魔族の戦争が長く続いていたため、実質、勇者は人族のみになってしまっている。その勇者でさえも、年々弱体化をする一方である。
アクエスは素早く槍を構えると、キングゴブリンに向かっていく。
「【水斬】!!」
アクエスは槍を横に振る。巨大な水の刃が現れ、キングゴブリンに勢いよく飛んでいく。槍術を組み合わせた水魔法だ。
水の刃は数匹の手下のゴブリンを巻き込み、キングゴブリンに勢いよく当たった。キングゴブリンを仕留めることはできなかったが、キングゴブリンは腹部から出血していた。
(ほう、【水斬】でダメージを与えるとは。あれは本来攻撃力が低いはずだ。相当な修練を重ねたのだろう。)
ガルトはアクエスの技を感心してみていた。アクエスがゴブリン達の注意を引いたお陰で、手下のゴブリンはキングゴブリンの援護に回った。ガルトはエルフ達に非難を呼び掛ける。
ゴブリン達が王の元へと走る中、いつの間にかフィルティアが大きな杖を持って、ゴブリン達の進行方向に立っていた。
「久しぶりに攻撃魔法の特訓でもしようかな。【精霊魔法】もまだまだ理解を深めきれていないし。」
フィルティアは杖を構える。フィルティアの前に赤い魔法陣が現れた。
「【罪深き者を焼く炎】」
フィルティアが唱えると、ゴブリン達に向かって炎が放射された。もはや、炎というよりも巨大な火柱である。流石魔術なだけあって、魔法の粋を超えてしまっている。手下のゴブリン達は焼けてしまって、骨も残らなかった。
「…そのネーミングセンスはなんなんだ?」
「知らないよ。ボクは本に書かれた魔術を使っただけだよ。」
ガルトはフィルティアが使った魔術のネーミングセンスに呆れてしまっているようだ。しかし、ガルトの【闘気剣術】も大概なネーミングセンスである。
(名前はともかく、すさまじい威力のスキルだ。ゴブリンは跡形もなく焼死したが、森の一部までダメージを負ってしまっている。魔術というものは強力過ぎるものなのだな。)
「【闘気解放・無】、【闘気剣術 斬撃無双の型】…!!」
ガルともスキルを使い、ゴブリンの群れを蹴散らしていく。無数に放たれた斬撃がゴブリンを切り裂いていく。斬撃を喰らったゴブリンは即死だ。
「グルァァァァァ!!」
キングゴブリンはアクエスにめがけて斧を振り下ろす。アクエスは咄嗟に横に回避し、体を回転させながらスキルを使う。
「【渦巻】!!」
アクエスは水を体に纏わせ、円錐形に形成し、キングゴブリンに向かって飛ぶ。キングゴブリンは腹部に大きな穴が空き、その場に倒れた。
ガルトとフィルティアもゴブリンの群れを片付けた直後、森の木々が黒く染まり始めた。徐々に黒く染まっていき、広がっている。
「…気持ち悪いな。精霊も嫌がってる。」
ガルトはフィルティアの言う、【精霊】という単語に疑問を抱いたが、一先ず置いておくことにした。