エルフの天才魔術師
「戦うことが難しい?それは、いったいどういうことですか?」
アクエスが聞き返すと、ヘルスが重い口を開いた。
「…フィルティアは世界で最も優れた魔術学校であるシェルン魔術学校を首席で卒業しました。しかし、それ以来彼女は自宅に籠り、魔術の研究に明け暮れているのです。我が国に魔物の大群が押し寄せてきたときも、彼女は一歩も部屋からは出ることはありませんでした…」
ヘルスとフォルスはお茶をのみ、深いため息を吐いた。二人ともこの件に関しては相当参っているらしい。
ガルト達はフィルティアの家へと行くことにした。フィルティアの家はフラワ城から近くにあるとのことだった。
「しかし、魔物の大群が来ても部屋から出てこないとは。魔術というものはそこまで難しいのでしょうか。私は魔術と魔法の違いがよくわかりません。」
使者は不思議な顔をした。実際のところ、魔術と魔法の区別がついていない者が多いのが世界の現状である。しかし、魔術と魔法は共通点はあるものの、全くと言っていいほどの別物なのだ。
「…魔法は属性を利用したスキルだが、魔術は魔法の上位互換だ。属性の壁を越え、異なる属性を組み合わせること、高火力かつ、広範囲にスキルを使用すること、等があるな。俺も詳しくは知らないが、発動条件には色々と制約があるらしい。」
ガルトが軽く解説をすると、アクエスは目を輝かせていた。
「…どうした?」
「…はっ!いえ、少し興味が湧いてしまったもので…」
アクエスはかなりの本好きで、自分の頭に新しい情報を取り入れることが好きである。本だけでなく、人から聞いた話や、自分自身で経験した事も情報を取り入れたことになるため、こういうことには興味が湧いてしまうのだ。
そんな話をしているうちにフィルティアの家にたどり着いた。
フィルティアの家は木でできていた。木といっても、まだ生きている大木をくりぬいたように作られている。これがエルフ式の住居らしく、他の国からも人気なのだとか。
使者が扉の前まで歩き、ノックする。しかし、フィルティアは出てこない。
「こんにちは。フィルティアさん。アストラル国の者です。少々お話を伺いたいのですが。」
何度ノックをしても反応はない。ガルトは使者を押し退け、扉を開けた。
家の中を見ると、部屋中が本でいっぱいであった。しかし、肝心のフィルティアは見当たらない。この家は二階建てであるため、おそらく二階にいるのだろう。
「これは…全て魔術書や魔法書か。相当な数があるな。」
ガルト達は山積みにされた本を倒さないようにゆっくりと進みながら、二階へと繋がる階段を上っていった。
やっとの思いで階段を上がると、そこには机に座りながら本を読む少女がいた。見た目はリナと同じくらいの年齢に見える。
「…お前がフィルティアか?」
「…」
ガルトが声をかけるが、返事がない。ガルトがフィルティアに近づくが、これでも無反応だ。
ふと、ガルトは机の上にある数枚の紙が目に入った。かなり高度な魔法陣だ。
「…混合魔術か。」
「…!!キミ、わかるんだ。」
ガルトが「混合魔術」と呟いた途端、フィルティアは初めてこちらを向いた。黄緑色の髪、薄緑色の眼。ガルトは、彼女の眼がどこまでも深く、終わりが見えないように、見えた。
(…全てを見ることができない。このような眼は初めて見た。)
「ねぇ。キミはこの魔法陣をどう思う?」
突然、フィルティアが一枚の紙を見せてきた。これは、混合魔術よりも更に高度なものだ。
ガルトはこの魔法陣を見たことがなかったため、少し困惑した。
「…六属性全てを組み合わせたものか?」
「そう。正解。」
「…混合魔術は属性の壁を越えることができるが、二属性までだ。それに、水と炎のように互いを打ち消すものもある。この魔法陣はあり得ない。」
ガルトが間違いを指摘するが、フィルティアはその指摘自体が間違っていると言わんばかりの反応をした。
「…あり得ないなんてことはこの世界にはないよ。例外なんていくらでも作れる。この魔術も、いつかボクが完成させるよ。」
「…ずっと、この魔法陣を研究していたのか?」
フィルティアは頷いた。どうやら、この魔法陣の研究で家に籠っていたらしい。
「失礼。フィルティアさん。私はアストラルから参りました。使者の…」
「うるさい。ボクはキミに興味はないから出ていってくれる?あ、そこの鎧の人は居てもいいよ。」
使者が名乗ろうとしたが遮られてしまった。アクエスは少し黙っていたが、ガルトの横に歩みより、耳打ちした。
「ガルトさん。どうやら彼女はガルトさんに興味があるようです。我々から話をすることは難しそうです。ガルトさんから協力を要請すれば承諾してくれるかもしれません。」
「…あぁ。了解した。」
アクエスは使者を連れてフィルティアの家を後にした。フィルティアは二人が居なくなると、ガルトにまた一枚の紙を見せた。