イグドラシル王国
それから翌日、ギルドからポールがわざわざリナの家にやってきて、ガルトに遺跡のことについて説明した。古代文明の遺物が動いたことは世界で初めてのため、後日王都から調査員が派遣されるとのことだ。
また、ガルトには遺跡の遺物を発見した報酬として、国王から金貨100枚が送られるとのことであった。ガルト自身は使い道に困っていた。
それから更に三日後、王都から使者がやってきた。次の行き先はエルフ族の国、【イグドラシル王国】だ。なんでも、イグドラシル王国には大層な魔術師が居るとのことで、ダイモンと同じように協力を仰ぐとのことであった。前回ガルトが頼んだ通り、出発は一週間後となった。
ガルトはそれから一週間、ギルドで依頼を受け、リナ達の稽古に励んだ。もうリナ達は同年代の中ではずば抜けた強さを手に入れているのだが、ガルトも、リナ達自身もまだ気づいていない。まぁ、五百年間も修練に励んだ剣豪から教われば上達することは間違いないのだが。
そして、約束の日になった。早朝に一台の馬車がミート村にやってきた。馬車からは眼鏡を掛けた青髪の男が降り、リナの家の戸を叩く。アクエスだ。ガルトは支度を既に終えていたため、すぐに扉を開けた。
「おはようございます。お迎えに上がりました。」
「準備はできている。行こう。」
アクエスは爽やかな顔で挨拶をし、馬車へと乗り込む。ガルトは前回と同じ使者に挨拶を済まし、後に続いた。使者が乗ったことを確認すると、馬車は出発した。出発してから少し経つと、アクエスが口を開いた。
「今回はエルフ族への訪問です。エルフ族の英雄、天才魔術師とも呼ばれるフィルティアという女性が居るとのことです。噂によると、彼女の魔術は規格外だそうですよ。」
「…魔術の中でか?」
魔術というのは魔法の上位互換だ。何が違うかというと、属性の壁を越えることができたり、魔法よりも大規模なスキルを使うことができたりする。アクエスの話が本当であれば、フィルティアという者はすごい腕前なのだろう。
「はい。エルフ族の最高の魔術師だそうです。協力を仰ぐことができれば、魔王討伐に有効になるでしょう。」
「…俺は知らないのだが、なぜ魔王は人族を攻撃するのだ?」
ガルトの問いに、アクエスは目を丸くして驚いた。
「これは驚きました。ガルトさんならご存知かと思っていました。…魔王イーヴィルが人族を攻撃する理由はありません。自分がこの世界を支配したいがために行っているのです。奴は人族が邪魔だから滅ぼそうとしているのです。」
「…そうか。」
ガルトは少し疑問を感じた。自分が世界を支配したいがために全種族を敵に回すようなことをするのだろうか?全種族を敵に回しても自分が不利になるだけだ。
それから十日かけて馬車に乗り、イグドラシル王国に到着した。イグドラシル王国の【王都ガーデニア】の門が見えてきた。検問を済ませ、ガルト達一行は王都に入った。
「…これはすごい。どの建物も植物で作られている。美しいですね。それに、空気がとても綺麗でおいしい。」
アクエスは深く、深呼吸をした。ここは確かに空気が綺麗だ。
「では、【フラワ城】へ行きますよ。まずはヘルス国王と、フォルス王妃にご挨拶に参りましょう。」
馬車はフラワ城へと進んでいく。窓からそとを見渡すと、美しい城が見えてくる。城のすぐ後ろには【世界樹】がそびえ立っていた。
「…あれが世界樹か。」
ガルトは本で読んだことを思い出した。世界樹とはイグドラシル王国に1本だけ生えており、世界中探してもここだけにしかない。エルフ族はこの世界樹を神聖なものとして扱い、守り続けてきたのだ。
「とても大きいですね…城の十倍、いや、三十倍の高さはあるんじゃないですか?」
フラワ城に到着し、一行は城に入った。城に入ると初老の執事のエルフが現れた。
「やあやあみなさん、長旅ご苦労様です。陛下から話は伺っています。客室にご案内しましょう。」
執事は三人を客室に案内した。
「では、陛下をお呼びして参ります。しばしお待ちを。」
それからしばらく待つと、二人のエルフが現れた。
「これはこれはアストラル国の皆さん、ようこそイグドラシル王国へ。私は国王のヘルスです。こちらは妻のフォルスです。」
ヘルスとフォルスは軽く頭を下げ、ガルト達三人は深々と頭を下げた。
「ヘルス国王、フォルス王妃、この度はお時間を頂きありがとうございます。」
使者がそう言うと、二人は笑って答えた。
「いえいえ、我々エルフにとっては短いものです。久々に客人を迎えることができて嬉しく思っていますよ。お茶でも飲みながら話をしましょう。」
執事がティーポットとカップを持ってきて、手慣れた手付きでお茶を淹れた。
「どうぞ。イグドラシル王国で昔から作られたお茶です。」
イグドラシル王国の茶葉は世界的に有名であり、もっとも高価である。
「では、頂きます。」
三人はお茶を飲んだ。香りが良い。苦味は少なく、スッキリとしている。疲れが少し和らいだような気がした。
「…これは美味しいですね。上質な茶です。」
「気に入っていただけたら何よりです。」
場の空気が和んだところで、使者が口を開いた。
「ヘルス国王、今回訪問したのはお話がありまして…」
「ええ、わかっています。魔族の件でしょう?」
使者はヘルスに先に言われ、少し驚いた表情を見せたが、すぐに真剣な顔に戻った。
「その通りです。現在、人族は魔族の侵攻を受けています。そのため、イグドラシル王国にも協力を頂きたいのです。」
「ええ。私たちもそうするつもりでした。世界の平和にするためにも、争いは終わらせなくてはなりません。是非協力しましょう。」
フォルスの言葉に、使者は再び深々と頭を下げた。
「ありがとうございます。ライオネル国王にも伝えておきます。では、エルフ族の天才魔術師であるフィルティアという方にお会いしたいのですが…」
フィルティアという言葉を聞いた途端、エルフ二人の顔が暗くなった。
「…フィルティアですか。フィルティアは…うーむ…」
「何か、問題でも?」
「…実は、フィルティアは戦うことが難しいかと。」