死桜
…ガルト達が再び日常に戻る一方、魔王城は少し騒がしくなっていた。
フレイア、シルフィーが『欠片』の一つをヒフキヤマ王国で手に入れて帰ってきた時である。この時、既に魔王城では議論が繰り広げられていたのだ。
「シュラ様は何を考えているのだ。敵を殺さずに返すなどと、それも人族をだぞ。我ら魔族への裏切り行為ではないか!」
「それはないだろう。シュラ様は何百年とイーヴィル王家に仕える者。魔王様が一番信頼しているお方だ。今回の件も、シュラ様の策に違いない。」
魔族ではシュラを裏切り者だと批判する勢力と、シュラを擁護する勢力が対立し、数週間に渡って議論を続けていた。この件に関しては、流石の魔王も黙ってはいなかった。
激しい議論が繰り広げられた後、魔王ドラシエル・イーヴィルはシュラを玉座の間に呼び出した。
「シュラよ…これはどういうことだ。我はライデンに怪我を負わせた者を殺せと命じた筈。その者を生かして返したことに理由はあるのか?」
シュラは玉座に座る魔王に跪いている。跪く甲冑の中から、次第に笑い声が溢れ出してきた。
「…何を笑っている?」
「…失敬。魔王様、拙者が数百年イーヴィル王家に仕えてきたのは二つ理由がございます。一つは、拙者を拾ってくださった初代様への恩を返すため。そしてもう一つが強者との勝負です。」
「ほう…?それがどうした?」
「…あの男は強い。拙者が戦ってきたどの時代の英雄よりも遥かに強い。互いに全力を出したとしてもどちらが勝つのかを予測することは難しいでしょう。拙者はあの男と全力で戦いたかったのです。そのため、あえて生かしました。」
「そうか…お前はそういう奴であったな。ならば良い。行け。」
シュラはドラシエルに一礼をして、玉座の間を後にした。
シュラが去ったことを確認した後、ドラシエルは側に立っているフレイアとシルフィーに語りかけた。
「フレイア…シルフィー、よくやった。お前達が手に入れたこの『欠片』はとても大きな収穫だ。私の企みを成功へと導く糧となるだろう。」
「魔王様、失礼ながらお聞きしたことがございます。」
フレイアがドラシエルの前へと行き、跪いた。
「申してみよ。」
「はい。その欠片はなんなのですか?そして、魔王様の企みとは一体何なのですか?」
フレイアがそう言い終えると、魔王は声を低くして片手に紫色の欠片を持って言った。
「…企みについては言えん。だが、この欠片の秘密は答えることが出来る。これは、【始祖の魔剣】の一部だ。初代魔王が当時の最高の技術を持つドワーフに打たせたアーティファクトだ。とてつもない力を持つため、初代魔王自らが破壊したがな。」
「な、なるほど…魔王様はその剣を復活させた後、どう使うのですか?」
「…我らが笑える世界を作るために使う。それだけだ。質問に答えるのは以上だ。下がれ。」
シルフィーとフレイアが一礼をし、玉座の間を後にした。
その後、フレイアは兵士の訓練に行き、シルフィーと別れた。シルフィーは魔王城の中庭へと行くことにした。シルフィーは休憩をするときはいつもこの庭に来る。美しい草花や樹木が育てられているのだ。
「ん?あれは…シュラ様?」
いつもは誰も居ない中庭だが、今日は先客がいた。桜の木の下のベンチに腰を掛けるシュラがいた。冬に桜が咲いているのはおかしい、と思いながら、シルフィーは近づいてみた。
「…風魔将か。」
「わっ!」
石像のように動かなかったシュラが急に頭を上げて呟いたため、シルフィーは少し驚いた。
「こ、こんにちは…桜、綺麗ですね。」
「…あぁ、とても。」
自然とシルフィーはシュラの隣へと腰を掛けた。
(ヤバイ、話題がない。どうしよう。)
心の中でシルフィーが焦っていると、シュラはどこか悲しそうな声で語り始めた。
「…この桜を見ると、故郷を思い出す。我の故郷はこの桜が一年中咲いていた。美しい町だった。」
「一年中、ですか?」
シルフィーが不思議そうに尋ねると、シュラは頷いて続ける。
「この桜は死桜という。人は死ぬと死後の世界に行くが、これが死後の世界の桜だと言われている。一年中枯れないのは、死はどの時期にも来るからだ。」
「な、なるほど…」
シュラと話をしていることにシルフィーは緊張している。魔族のNo.2と話すと、誰でも緊張するものだ。
「…母も、この桜を見ているのだろうか。」
「え?」
シルフィーが聞き返すと、シュラは頭を少し下げて続けた。
「…我の故郷は盗賊によって滅ぼされた。男は殺され、女は拐われた。幼子でさえも容赦なく……」
そう語るシュラの手は固く握りしめられ、震えている。誰が見てもその姿からは強い怒りが滲み出ていた。
「それは……」
シルフィーはかける言葉に詰まってしまった。ここまで酷い境遇の者を見たことがなかったからだ。
「…話が長くなってしまったな。忘れてくれ。」
そう言ってシュラが立ち上がり、歩き出した。とたんに風が吹き、桜の花が舞う。桜が舞い落ちる中を去っていくシュラの姿は、やはりどこか悲しそうであった。そして、晴らせぬ怒りと恨みが、彼を呪っているようにも見えた。




