悲劇と修行
………少年が15になる時に、両親は殺された。
「父さん、母さん、う、うわぁぁぁぁ…………」
(………誰が殺したんだ。
許さない、必ず僕が殺してやる。)
………少年は決意した。父と母を殺した奴を自らの手で殺すと。そのためには、どんなことでもやる、と。
少年の名はガルト、ごく普通の農民の子だ。
彼はイレール村という村に生まれた。
ガルトは今日も父の農作業を手伝っていた。手伝いが終わって汗をかいたため、川に水浴びに行ったのだ。
水浴びが終わって帰ったら、家族が殺されていた。惨殺された光景を見た瞬間にガルトはその場で吐いた。血が部屋中に飛び散り、死体が引き裂かれていた。おそらく、この事は死ぬまで忘れられないだろう。
「父さん、母さん、うう……………」
その日は一晩中泣いた。朝になって、ガルトは両親を外へ運びだし弔った。近所の人は彼を可哀想に思ったのか、食べ物やお金を与えた。
(強くならなければならない。)
少年はそう思った。この手の略奪は盗賊達の常套手段だ。奴らを殺すためなら強くならないといけない。
ガルトは強くなるために師匠を探した。しかし、いくら探しても師匠は見つからない。誰に聞いても、「こんな農村に武術の達人なんか居ない。馬鹿なことをしていないで畑を手伝え。」と言われるだけだった。
しかし、ガルトは諦めなかった。両親が亡くなってから1ヶ月たった頃、諦めなかったからこそ、求めるものを見つけた。たまたま村に来た冒険者から、こんな話を聞いた。
「ここから西にパール村があるだろう?パール村の先にある、【剣の山】には修行ができる場所があると聞いたが………」
口の固い冒険者に何度も何度も頼んだ甲斐があった。パール村。ガルトの足なら2時間で着く。ガルトは剣の山へ行き、修行をすることにした。
近所の人に気づかれない様に支度をし、夜が明けないうちに両親の墓に手を合わせて家を出た。ここから自分の復讐劇が始まる、そう考えていた。
◇◇◇
「はぁ……はぁ………」
2時間たってようやくパール村に着いた。パール村は山々に囲まれていて、この山からとれる宝石を加工して観光客に売っている。以外と冒険者が買いに来ることも多い。なんでも力が上がるとか、毒耐性が着くとか、様々な効果の宝石があるらしい。本当かどうかはわからない。
「久しぶりにパール村に来たな………」
昔、ガルトは両親と共に来たことがある。両親は少ない貯金を使って、竜神様のペンダントを買ってくれた。しかし、ガルトが崖から足を滑って転落時に壊してしまった思い出がある。しかし、不思議なことにガルト自身はどこも怪我をしていなかったのである。
店で食料を買い、剣の山へと向かった。剣の山は険しく、何度も転んでしまった。あの冒険者に貰った地図を見ながら、修行ができる場所を探した。
「あ、あった……!!」
それから数十分後、ガルトはようやく見つけた。【剣王の修行場】を。
大昔にいた、剣王という英雄が修行に使っていたそうだ。ここならば自分も強くなれるだろう、そんな風に軽く考えていた。
中へ入ると、扉は勝手に閉まってしまった。開けようとしたが開かない。ガルトがそのまま進むと、一つの部屋があった。看板が吊るされており、【休息の間】と書いてある。
休息の間には草で作られた簡易的な寝床と、机と、薄汚れた手記が置いてあった。手記を読むと、この修行場の使い方が記されてあった。
『この修行場は特殊な空間で、外での一年が中では百年となる。そして、最低でも外での一年が経過するまで扉は開かない。時間を気にせず修行に励むがよい。この空間にいる限り食事は必要ないが、睡眠は必要だ。
武器は私が出ていく際に山ほど置いていった。剣と盾、そして鎧。ここでは剣術を極めて貰う。
この修行場には【魔物の間】、【知識の間】、【薬草の間】がある。
【魔物の間】にて剣術を極め、【知識の間】にて本を読み知識を蓄え、【薬草の間】にて怪我を治し、君が最高の戦士としてここを去ることを祈る。』
(………なるほど。ここでは時間を気にする必要はあまりないのか。【魔物の間】で訓練し、【知識の間】で勉強か。よし、やってやる。)
その日から猛特訓が始まった。魔物の間からまず最初に出てきたのは一匹のゴブリンだった。ゴブリンは村にも畑を荒らしに来たことがある。ゴブリンとは肌が緑色の小鬼だ。
ガルトは剣を構え、ゴブリンに向かって走る。ゴブリンも馬鹿ではない。ゴブリンはナイフを持っていた。ゴブリンに切られた。だが、同時にゴブリンを切った。一撃で倒すことができたが出血がひどい。薬草の知識は農村で教わったので、簡易的な止血剤を作り、出血を止めた。
◇◇◇
あれから中の時間で3年が経過した。ガルトはそれなりに強くなった。
ゴブリンを倒すのに慣れてくると、ゴブリンの群れが出てきた。ゴブリンの群れに慣れてくると、今度はオークが出てきた。オークに慣れてくると、今度はオーガが出てきた。どうやら【魔物の間】は、慣れてくると段々強い魔物が現れるようだ。
ガルトにとって【知識の間】は未知の世界であった。知らない知識が山ほどある。剣術、魔物、魔法。様々だ。
ガルトが知識の間で知ったことだが、魔物にはランクがあり、下からF、E、D、C、B、A、Sというようになっている。ゴブリンとオークはFランク、オーガはCランクだ。
Sより上の魔物もいるが、今は魔物の間に出てくる魔物を調べ、対策を練ることにした。
◇◇◇
ここへ来てから外の時間で半年、つまり、50年が経った。もうBランクの魔物は敵ではなかった。
今日、ガルトはBランクの【マウンテンアント】を倒した。こいつらは厄介で、体が岩のように固い。唯一刃が通るのは関節の部分だけだ。
「………ハァッ!!」
ガルトはマウンテンアントの関節に刃を入れた。思った通り、こいつは関節の部分は外骨格がない。
6本ある足の関節から刃を入れ、行動不能にしてからマウンテンアントを殺した。
◇◇◇
ここに来てから外の時間で二年経過した。外での一年が経った時、ガルトはようやく出られるようになったのだが、どうも納得いかなかった。
(これくらいの修行で盗賊を殺せるのか?)
考えた末、納得がいくまでここで修行することにした。奴らを殺すためなら何百年でもやってやる。
「殺せませんでした」、なんていうのは許されない。
今日もガルトはAランクの【カオスデーモン】を倒した。こいつらと対峙すると【恐怖】を感じる。
ガルトが読んだ本によれば、悪魔系の魔物は相手を恐怖に陥れた後に攻撃をしてくるらしい。
「ギギャァアアァア!!」
(………いつもの【威圧】スキルか。)
この知識も本で学んだ。スキル。それは神から与えられる恩恵だとされている。ある特定の条件を満たすとどんな人間でもスキルを得ることができる。だが、中には自身で学べるものもある。
【一突き】
直後、ザシュッっという音がして、カオスデーモンの胸部から血が流れた。
ガルトは覚えたスキル、【一突き】を使った。修行を続けていたら、自然とスキル使えるようになっていたのだ。
どうやらスキルは神から与えられる物と、そうでないものがあるらしい。これはガルトの考えだが、【鑑定】【神眼】【魔力増加】などの才能的スキルは神から与えられ、【剣術】【体術】【闘気】などの技能的スキルは個人で獲得することができるのかもしれない。だが、実際、スキルの獲得条件などは解明されてはいない。
◇◇◇
……………ここに来てから外で五年、つまり、中では五百年が経過した。
もうLランクの【エンシェントドラゴン】にも勝てるようになった。それは、とても壮絶で、長い長い戦いだった。
レジェンドランク。それは魔物の最高位のランクだ。
長かった修行も終わり、ガルトが外へ出ようとすると、とたんに地響きが起きた。
「……………!?」
ガルトはとっさに戦闘態勢をとる。
(あぁ、【アースドラゴン】と対峙した時を思い出す………)
しかし、出てきたのは扉だった。ガルトはその扉を開いた。開くとそこには、沢山の武具が置いてある。
「………質がとてもいい。」
今のガルトならすぐにわかった。これらがどれほど素晴らしい武具であるのかを。何百年、何千年経とうが劣化せず、静かに主人となる者を待っていたのだ。
武具をまじまじとみていると、ここにも手記が置いてある。
『よく厳しい修行を終えた。この部屋は私が集めた武具の一部が置いてある。修行を終えた褒美として、一つ持っていくが良い。』
(………どうやら剣王も人が良いようだ。これだけの武具を全て持ち帰ろうとする輩もいるだろうに。)
「ふむ………」
ガルトは慎重に選んだ。【勇者の剣】、【魔剣】、【聖剣】、【魔王の鎧】……
本当に様々な武具がある。ガルトはその中でも、一つ目に止まる武具を見つけた。
「【歴戦の剣】………か。」
歴戦の剣。
かつて戦場を駆け巡り、全てに勝利を納めた戦士が愛用していた剣。
これは【剣】でありながら【鎧】でもあり【盾】でもある。 鎧と盾を召喚し、魔力がある限り使うことができる。鎧と盾を召喚するときは、剣にある石に魔力を流すと召喚される。
「………いい素材だ。何が使われている………?」
正確にはわからないが、エンシェントドラゴンの骨、オリハルコン、いや、ミスリルあたりが使われているのだろう。
それに、この剣1本で鎧と盾と剣になるのなら素晴らしい。ガルトはこの剣を鞘にしまい、修行場を出た。出てから修行場に一礼をし、歩いた。
久しぶりに感じる風が気持ちいい。外は朝だった。まるで、ガルトの出発を祝してくれているかのような晴天だ。
「鎧と盾………か。」
ガルトは剣に魔力を込めた。すると魔方陣が現れ、鎧と盾がでてきた。ガルトの思った通り、剣と同じ素材の鎧と盾だ。川を鏡の代わりにして見ると、騎士のような格好をしている。
(ふむ………魔力が減るよりも回復する量が多いため、ステータス上では全く減っていない。鎧と盾を出したままでも大丈夫そうだ。)
「………盗賊を探すか。」
準備が整った。ガルトは盗賊の情報を得るため、これからパール村へと行く。盗賊共は一人も生かさない。全員の自分の手で殺す。これを、再び決意した瞬間であった。