第一章ー1 「待ち望んだ邂逅」
「・・・・うぶ?」
透き通るような声がした。
「う…ぐっ…う…」
「・・じょうぶ?」
「ふざ…けんな…よ、俺の頭で…、っ、ポップコーンでも作る気かよ…っ」
まるで酷い二日酔いのような状態のレイの第一声は、悪態だった。
「十八番の術なんだろうが、そんな声出したってこの不快感は簡単に治らねぇぞ・・・」
オタのやつ、碌な説明もせずいきなり脳みそかき回しやがった・・・!
「えっ?」
意外にも、その声の持ち主は戸惑うような反応をする。
ベッドに横たわったレイはゆっくりと目を開けた。鳴り響く頭が、動作を鈍くする。
ゆっくりと開けた目に映るのは、燦々《さんさん》と輝く日差し、青々とした葉を並べた木々たち・・・
ではなかった。見知らぬ木造の天井だ。どこかで見たと言われれば頷くような、飾り気のない普通の天井。そこに、似つかぬような色をした糸が垂れる。
銀色…?いや、白だ。
糸…?いや、髪だ。
白髪だ。覗き込むような姿勢の彼女からサラサラとした髪が垂れ、視線を誘う。
目の前にいる少女を凝視する。
綺麗だ。目を奪われるってこんな感じなんだな。
困った表情の彼女は、どこかで見たような美貌の持ち主だ。
「えっと…?オタ?」
声を発してからレイは気づく。
あいつじゃない、そもそもあいつは金髪だった。いや、髪の色を変えるくらい造作もないか?
次々と浮かび上がる疑問を払拭させるような唯一の違いが、そこにはあった。
そうだ。オタの女バージョンはこんな純粋な顔をしていない。もっと悪意に満ちていて、微塵の隙も与えない。そんな顔だ。
それに彼女は少し幼さを感じさせる。
ということは…
「はぁー…人だ…」
ふと思い返す。
訳も分からず空に飛ばされた。
人とは言えない何かに出会った。
退屈な人生に戻りたいと少し思った。
自分が死んだことに実感した。
だが、ここにきてようやく人と言えるものに出会えた。
安堵の息を吐き、解放感を味わう。それとは対照的に戸惑った彼女は、再度尋ねる。
「あの…大丈夫でしょうか?」
レイはゆっくりと体を起こす。
なにか返事をしなければ。
「えっと…ど、どちら様ですか?(しっかりしろ。俺!)」
レイは心の中で奮起した。
願わなくとも美少女と会えた。これはチャンスだ。
なにが、
「だが決して甘い世界ばかりじゃない、キュートな女神も無しだ」
「ほしいなら仕事をして願え」
だ。ざまぁみろ、願わなくともチャンスはつかめる。
やっとスタートライン立てたか?
あいつに言われた「前好みの可愛いくて従順な女もいるだろう、それを得るかどうかはお前次第だ」そんなセリフ、言われるまでもない。
「私はフィオナ。フィオナ・グレイシャーと言います。フィオナと呼んでください。あなたは…」
「っと、俺は…レイだ、レイって呼んでくれ。(相手はがっつり横文字フルネーム!苗字の飛鳥馬なんて聞きなれないだろう。あれこれ質問されると困る、まずは慎重にいったほうがいいだろう…)」
「レイさんですね、わかりました。」
フィオナの表情が柔らかくなった。
良かった。見知らぬ男の介抱なんてそりゃ警戒もするだろう。
ん・・・?言葉が通じた・・・。オタが手を叩いた理由ってこれか?
言葉足らずな奴の行動が疑問を増やす。
レイは固いベッドから体を起こす。
「俺は、どうやってここまで?」
「街の南の入り口脇に倒れていたんです。みんな見向きもしなかったし、守衛も困っていたんですよ、私は放っておけなくて。守衛に頼んで連れてきてもらったんです」
「ありがとう、助けてくれて(かわいい上に優しい!散々オタに脅されたからな~、異世界も捨てたもんじゃない。あいつもこの展開は予想外だったかぁ?)」
精一杯の謝辞を述べる。派遣された直後、雇用主に殺されたんじゃ話にならない。
「気にしないで下さい、危険そうな人じゃなくてよかったです。ここ最近は治安が悪くなる一方ですから。とにかく、レイさんの傷は大したことありません。頭に擦り傷があったくらいです。ただ…左手の怪我は前からですか?包帯が巻かれてましたが」
フィオナが左手を指さす。
「左手に怪我?」
頭は分かる、だいぶ擦り付けたし。だが左手はどうだ?
見ると、雑に包帯が巻かれていた。地面に頭をこすりつけた時に一緒に擦りむいたのだろうか?それにしては痛みはなかった。これはオタが?
「あぁ、痛くないし。大丈夫だと思うよ」
・・・感染症とか、ないよな?
「フィオナに聞きたいんだけど。ここってー…、どこ?」
フィオナはハッっとした表情を見せた。
「ごめんなさい。街の外から来たんですね!ここはウェスタリィの診療所です」
「ウェスタリィって?」
「街の名前です。川が南北を隔てた街で、ここら辺では結構大きなほうなんですよ。レイさんは南の森を抜けてきたんですか?」
レイ自身、どこからどこへ向かって歩いていたかなど知る由もなかった。
結局、碌な説明もなく最後は気を失ったのだから。
「多分…、あんまり覚えてなくて」
「そうですか…、でもそこを通り抜けるなんて凄いですね!あそこの森は危険ですから。肉食動物に野盗、以前までは見られなかった生き物もいるとか。普段は兵士でさえそこを避けています」
「なんにも出くわさなかったんだけどな」
オタと歩いた時は誰とも出会わなかった、虫と鳥くらいだろうか。
腑に落ちない感じがしたが、今は考えるのをやめた。
「肌着一枚でしたので、てっきり追いはぎにでもあったのかと心配しました。動けますか?」
「あぁ、頭が重いけど大丈夫」
追いはぎって…、もともと盗られるような物は持ってないしいいけど。
服は逆に良かった。今のフィオナの服装を見るに、倒れるまでの俺の恰好は恐らく浮くだろうし。とはいえ、野盗といい物騒なことには変わりない。
「よかったです!服は貸しますから、外の空気を吸ったほうがいいですよ?顔色良くないですし。後のことは休んだら考えましょう」
「そうさせてもらうよ」
フィオナが診療所の出口まで案内し、扉を開けた。
新天地の日差しは明るい。診療所の窓から光は見えてはいたが、今は真昼間だった。
そして最初に目に映ったものは、たいして珍しくもなかった。
レンガ調の家、こちらなど気にも留めない通行人。
レイは地面に鼻をつけた毛のある四足歩行と、思うが儘にあくびをする毛玉に向けて指をさしフィオナが答える。
「あれは犬」
「犬ですよ?」
「あれは猫」
「猫です」
「だよな」
「記憶はしっかりしてそうですね!」
「あぁそうみたい」
そうじゃねぇ、とは言えなかった。
だが次に目に映ったものは、とても珍しかった。
通行人にみられる緑の肌の人、邪魔そうな角が頭や体から生えた人。
「あれは人?」
「はい」
「あれも人?」
「人です」
突然声が足元から声が聞こえた。
「邪魔だよ」
「あ、すみません」
反射的に謝ると一歩下がって道を譲った。この…小さく珍妙なトカゲ?に。
ふんっと鼻を鳴らすとトカゲはまた歩き出していった。
「あれは?」
「スケイムですよ、記憶はしっかりしてないんですね…」
そうじゃねぇ、とは言えなかった。
最後までお読みいただきありがとうございました。
いいね、感想などよろしければお願いします。