夢を語るなら
僕は病気の発症から日記をずっとつけているから、確認すればわかるのだろうけど、奈央が入院してからの夏が終わり、寂寥の秋、厳寒な冬を迎え、春の訪れを肌で感じ、僕と奈央が桜の開花をニュースで観て喜んでいたころのことだったと思う。
僕は、徐々に喋ることができなくなっていた。
【奈央、少し休憩。喋るのが辛くなってきた】
奈央との会話は、モニターに入力するコミュニケーションツールへと移行した。それこそ最初は読み上げ機能を使って音声化していたけれど、奈央が変に癖のある機械音との会話でいつも大笑いしてしまって、会話がなかなか進まないということもあって、モニター上での文字のみのやり取りにした。
文字での会話でも、奈央は弾丸トークを発揮していて、眠っているか会話しているかのどちらかに時間を費やしているように見えた。(その合間に恋愛小説を書いているのだろうけど)
ただ。
いつも明るく楽しげに笑っている奈央の文章が、時々、暗かったり綻びかけているのが気になっていて、僕は奈央が精神的にまいっているのではないのかと、心配し始めていた。
「ねえ、雅さんさあ。もし身体を自由に動かせたとしたら、1番になにがしたい?」
まず、奈央は今までに、『もし身体を動かせたら』と、訊いてくることがなかった。
【そうだなあ。高原にある避暑地の小さな教会とかで、奈央と結婚式を挙げたいかな】
「ええぇぇぇ。私は結婚式するなら外国派だな」
【外国って、例えばどこなの?】
「アムステルダムとかリヴァプールとかベネツィアとか……」
【ねえそれって言いたいだけでしょ】
「……うんまあハワイかグアム」
【急に定番】
「飛行機に乗るならハワイ。自分が鳥になって飛んでいくなら近場のグアム」
【鳥になるってw】
「グアムも結構遠いか〜。海を一気に飛ぶのは無理かもしれん。休むとこないし。やっぱり韓国」
【韓ドラの見過ぎ。でもいいねえ、焼肉食べたい】
こういう食事の話題は言ってから後悔するんだけど、嚥下障害の関係で実際、焼肉なんてものは食べられないのに、記憶上ガッツリな焼肉の味も匂いも美味しさも知っているから、食べたいけど食べられないという自分で自分を苦しめるだけという図式に陥ってしまう。
僕は話題を変えて、気をそらした。
【奈央はウェディングドレスが良いの? それとも白無垢が良いの?】
「究極の選択かも。どっちも着てみたい」
【どっちも着れば良いじゃん】
僕はウェディングドレスを着た奈央を想像してみた。そして白無垢姿の奈央。奈央の笑顔。
まだ動けるうちに結婚式を挙げておけば良かった。後悔がぞろぞろと列をなして押し寄せてくる。
【奈央は美人だから、白ならどっちも似合うよ】
モニターを見ていても反応はなかった。
【奈央?】
呼びかけても返事はない。
【奈央? 寝ちゃったの?】
読み上げ機能で音声にしても、返事はなかった。僕は、動かない唇を動かしているつもりで、「おやすみ」を言った。
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