1
「やーい、やーい、女男ー。お前みたいななよっちい奴が冒険者になれるわけがないだろー」
それは昔の光景だ。
一人の可愛らしい少年を、数人の男の子達が囲んでいた。
夕暮れに浮かぶ影法師のような情景。
「くそぉッ!」
彼は悔しさに拳を握り締めた。
「ってか、お前、本当にち×ちん付いてんのかよー、この女男ー」
「うぅッ、ぼくは男だッ! ち×ちんだってちゃんと付いてんだからッ!」
「だったら見せてみろよ、ほら、ほらぁっ!」
「うぅっ、やめろよぉッ!」
別の少年がズボン掴んでずり下ろそうとして来た時だった。
「コラッ! クリスを虐めるな!」
「うわーっ、男女が来たぞ、逃げろー!」
「まったく、いずれクリスのパンツまで下ろすのは私だと言うのに」
悔しさを噛み締めるクリスには、彼女のその言葉は聞こえなかった。
「大丈夫か、クリス」
「ジーナお姉ちゃん……うぅっ」
「ほらっ、泣くな、きゅんきゅんしてしまうから止めてくれ」
「えっ?」
「なんでもない」
「う、うん……」
不穏な空気を感じてクリスはむしろ泣き止んだ。
彼女はクリスと同じ孤児院に暮らす少女であり、何かとよく面倒を見てくれた年上のお姉ちゃんでもあった。
「ジーナお姉ちゃん、ぼく、冒険者になれるかなぁ……」
「何を言っているんだクリス、なれるに決まっているぞ。なれるかどうかじゃなくって、なるんだろう?」
赤毛の彼女は男のクリスから見ても格好の良い少女だった。彼女の何を当然の事をと言った様子に、
「うんっ!」
「可愛い」
「えっ?」
「なっ、なんでもないっ!」
時折妙な感じにはなるが、彼女はクリスの大好きなお姉ちゃんだった。その彼女は、十二歳の〈開錠の儀〉でスキル『剣聖』に目覚め、当代剣聖に師事するためにこの街を後にした。
「クリス、スキルを得たら私を追い駆けて来てくれ、それで一緒に冒険者をヤろう!」
「うんっ!」
「ふふふっ」
と勝ち誇った貌でジーナお姉ちゃんが見ていたのは、クリスのもう一人の姉的存在であるエレノアだった。彼女はシスターであって、この孤児院から離れられない立場にあった。
ギリリっ、と、スキル『狂戦士』の彼女の奥歯が鳴っていた。
◇
ジーナお姉ちゃんの他にも、クリスにはお姉ちゃんと呼べる女性が居た。
シスターエレノア。彼女のスキルは何を隠そう『狂戦士』であったが、そのような素振りなど微塵も見せず、クリスにとって彼女はとても素敵なお姉ちゃんであった。
クリスの〈開錠の儀〉に付き添ったのも彼女であって、そして男の子なのに『姫騎士』などというスキルで落ち込んでいたクリスを慰めたのも、彼女であった。
――あぁっ、役得ですね!
彼女はベッドの上で、その豊満で良い匂いのするシスター服の胸にクリスの頭を抱き締めると、優しく撫でつつ、
「確かにスキルが『姫騎士』であったのは残念であったのかも知れません、ですが、大切なのはスキルがなんであったのかではなく、何をするかではないでしょうか」
「何を、するか……」
「はい、」エレノアはおっぱいの中で大人しいクリスにウットリとしつつ頷いて、「クリス君は、私のスキルを知っていますね?」
「うん……『狂戦士』……」
「それではクリス君は、私が怖い狂戦士に見えますか?」
そこではいと応えられれば、間違いなく狂戦士化していたであったろうが、
「うぅん……」
とクリスはおっぱいに顔を埋めたまま首を振って、
「エレノアお姉ちゃんは、全然、怖くないよ。綺麗で、可愛くて、優しくて、ぼくの大好きで大切なお姉ちゃんだ」
「ぐふぅッ!」
――いっ、いけましぇんっ、これはこれでお姉ちゃん、狂戦士になってしまいましゅぅう……。
クリスはこの時からすでに姫騎士の片鱗を魅せていた。女性を虜にしてしまうと言う。
「エレノアお姉ちゃん……? えっ、鼻血っ! 大丈夫!?」
「だ、大丈夫です……はぁ、はぁ……」
「顔も赤くて、息も荒くて、眼も血走ってるじゃないか、大丈夫じゃないよ、うーん、」
コツン、と、
おでことおでこを合わせて、
「やっぱり熱い、お姉ちゃんは寝てて」
「はい、一緒に寝ましょう、女神パンドラよ、お許しください」
「えっ、どうしたの? わわっ、わぷぅっ!」
その時は、エレノアお姉ちゃんの大きなおっぱいに溺れさせられたものの、クリスの貞操は守られた。が、人生と言うものは、やはりままならないものであって、
「はははっ、おいおい姫~、弱いぞ~」
「違う、ぼくは姫じゃない、姫騎士なんだ!」
「はははっ、何が違うんだよ、そんなひょろひょろで、ズボンじゃなくってスカートを穿けよ、この女男~」
「うぅうッ!」
「こらぁっ! クリス君を虐めないの!」
「ぎゃあぁあ~~~ッ! 狂戦士が来るぅうう~~~ッ!」
シスターエレノアは、ワルガキ達にはまさしく狂戦士として怖れられていた。
「大丈夫ですか、クリス君……」
そう、シスターは心配そうに覗き込んでくれたのであったが、彼女は決定的な一言を告げてしまうのだ。
「綺麗な手……」
それはただの感想で、ただそう思ったでしかなかった。が、
「うぅッ! エレノアお姉ちゃんまで! ぼくだって、しっかり剣を振っているのに、何故か剣だこも出来ない綺麗な手のまんまなんだ! 頑張ってるのに、お姉ちゃんまで馬鹿にして! お姉ちゃんなんて、嫌いだぁッ!」
「ぐはぁあああ~~~~ッ!」
脱っと駆けだした彼を、ショックを受け過ぎたお姉ちゃんは追い駆けられなかった。それに、何があってもクリスは孤児院に、自分のもとに帰って来てくれると、たかをくくってもいたのだろう。
そのままクリスが街からも飛び出して、もう戻っては来ないことなど思いもせずに――。
ブックマーク、感想、評価、いいね! たいへん励みとなります!
少しでもオッと思っていただければ、是非是非ポチッと、よろしくお願いいたします!