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本日二回目の更新です。
「ふぅ……」
とクリスは息を吐いた。
白くしなやかな肢体。ポニーテール解かれた金髪は水気を含んでしっとりとし、湯にあたって上気した肌は艶めかしい。紫水晶の瞳は、うっとりと緩んで、これでは裸を見てもそうそう男であるとは信じられまい。だが、どうしても男の胸とは見えない胸は置いておいて、彼が男であるという証はむしろ並みよりも立派にぶら下がっていたのである。
ただ、それでもその躰は、骨格と言い肉付きと言い、まだ十五歳でありつつも、少年と言うよりは少女のものと言われた方が納得が出来る様子ではあった。――クリスが受けていた修業とは、そうしたものでもあった。
スキル『姫騎士』。
スキルとは、ただ発動させれば十全に威力を発揮してくれるものではないのである。条件を整えなくては十分な効果を得られず、また、習熟度や熟練度も影響して、たとえ同じスキルであろうとも、その効果のほどには差が生まれるものであった。だからこそ、クリスは女性的な体つきで、また、剣技も、所作も、そうした方向に鍛えられた。
ちゃぷり、と湯を掬って指の間から零す。
その動作も、赤らんだ頬、潤んだ瞳、もはや自然と色っぽく、且つ凛を含んで「姫騎士」然としたものとなっていた。
そこに、
「凄いですわね、もはや完全に女の子ですわ」
「――え?」
クリスは我が目と耳を疑った。何故ならば、その声の主こそが貴族令嬢であり、夫となる男に以外には肌を見せることを許されず、クリスが実は男であることがバレれば、粛清されるしかない女性――アネッサその人が。風呂場に、一糸まとわぬ姿で。
つまりは全裸であった。
「ほぁああああッ!?」
取り繕うことも忘れてクリスは素っ頓狂な声を上げた。が、我が肉体に一片の恥じるところなし、とばかりに曝されたアネッサ嬢の見事な裸体よ。白く透き通るような肌に、年不相応に実った胸の果実――その薄桃色の先っぽまで丸見えだ、括れた腰だが適度に肉が乗って、安産型の尻に、むっちりとした太腿、そして、股間の金の――、
「ふふっ、流石にじっくりと見過ぎですわ。見せているとは言え、そこまで舐め回すようにされれば恥ずかしいものと――気持ち良いものがありますの」
「ッ!」
クリスは慌ててバッと顔を逸らした。が、その反応こそが後の祭りである。
「あら、どうして顔を背けられましたの? 同じ、女同士である筈なのに。耳まで真っ赤に染められて――まるで殿方のような反応ですわ。尤も、わたくしの裸を見た殿方はおりませんでしたが。――これまでは」
愉悦を含んだ声音にクリスは死ぬ思いだ。
クスクスと妖精のような声で笑っているのだが、それは小悪魔を通り越して大悪魔の笑声。アネッサは大きなモノをたぷりたぷりと揺らしつつ、クリスの這入っている湯船へと近づいて来た。
この館の風呂は、伯爵家令嬢に相応しい大きさのものだった。普段はアネッサが侍女を伴って入浴し、侍女達、女騎士達も大人数で入れるほどには広い。アネッサは湯船の縁へと近づくと膝を折って、桶で湯を掬うと自らの豊満な肉体へとかけていた。が、
――うっ、うわぁ……ま、丸見えだ……。しゃがんだ所為で、ちょっと、引っ張られて……うわぁ、うわぁ……。
「熱心な視線ですわ」
「うっ!」
「クリス様は真摯に紳士を務められてはおりますが、据え膳はしっかりと食べられるお方だと拝見しております」
「な、何を言って……」
――それじゃあ、まるで、
「まるでボクが男だってことを知っているみたいじゃないか、ですの? ええ、知っておりますわ。貴方様がクリスティーナではなく、クリスという少年であることは」
ちゃぷり、と湯面が波紋を描いた。
ちゃぷり、ちゃぷり。
湯面を波打たせながら、裸身を曝すことを躊躇いもせず――否、その頬が淡く赤らんで、緑の瞳が潤んでいれば羞じらってはいたのだろう。ただし、彼女は羞恥よりも欲しいものがあって、
「クリス様」
クリスの真正面に裸身のアネッサが立っていた。が、ソッと上を向いても胸の大きさで顔なんて見えやしない。
――っ、でっかぁあ……。
説明は不要である。
「ふふっ、大きいお胸が好きなようで重畳ですわ」
「うぅっ!」
たぷりと揺らしてアネッサはしゃがみ、クリスの横でぴっとりと身を寄せて来た。馬車の中とは比べ物にならないほどの感触だ。
「ア、アネッサ様、どうして……」
「どうしてここにやって来たか、どうしてクリス様が男であることを知っているのか、そしてどうしてこうも身を寄せて来るのか、でしょうか。そうですね、クリス様が風呂の手伝いを拒んだ理由を知っておりますので、ここに来ることへ支障はないと思いました。クリス様が男であると言うことですね――また、理由としては貴方様と早めに二人っきりになっておきたかった事と、こうしてわたくしの躰を魅せつけることで気に入ってもらうため、そして逃れられなくするためでしょうか。既成事実、という奴ですの。わたくし、男としてのクリス様をモノに いいえ、わたくしをモノにしていただきたくてたまりませんの。何せクリス様の人柄として女性の裸を見て逃亡、もしくはヤり逃げなど、そのようなことは出来ませんし、スキル『姫騎士』の制約とも呼べる、姫騎士らしくあることにも引っかかって、『姫騎士』の効果を下げることになりますでしょう?」
歌うように、むしろ愉しげに語る彼女にクリスはパクパクと口を開閉して何も言えない。
「そしてそれらのことを何故知っているか、と言いますと、クリス様にスキル『姫騎士』があるように、わたくしにもありますの」
そこでアネッサは、クリスにその透き通るような緑の瞳を向けて来た。
本当に、透き通るようで、見透かすような瞳であった。
つまりは、
「スキル『真実の瞳』。これで貴方様を覗いてしまいましたの。はじめは助けてくださった貴方様に申し訳ないと思っておりましたが、危険人物が近づいて来ても困りますので、使わせていただきました。それで視てしまいましたの」
アネッサはクリスの耳元にその可憐な唇を寄せて来て、湿っぽい声音で、
「貴方様が、男性、ということを」
アネッサのしなやかな腕がクリスの躰へと回って、むにゅぅっと柔らかく大きなモノが潰れて来た。そこに、硬さの違う一部分だって。
「うぁあ……アネッサ、様ぁ……」
クリスの反応にアネッサはウットリとしていた。
だが、そこに嗜虐的な色はなく、ただただ蠱惑性と、恍惚感が座していた。
「ですが、助けて下さった貴方様が男性であった。それだけで好きになったわけではありませんの」
しっとりと、クリスに沁み込ませるように。
「――法、」と熱く甘い息を吐いて、
「わたくしの眼は見てしまいましたの。貴方様の真実を。――正直、驚きましたわ。このような方がいらっしゃったなど。貴方様はスキル『姫騎士』のために、弱きを援け強きを挫く、それでいて高潔可憐、清廉であろうと努められている方でした――いいえ、努めているとだけ言えば失礼ですわね。確かに努めてはいるものの、スキルがなくとも貴方はそれでした」
抱きついたままの彼女からは、火照った彼女の体温が伝わって来た。それは、昂鳴る鼓動の音さえ伝わって来ているようで。
「――法、そうですわ。わたくし、昂奮していると同時に昂揚しておりますの。殿方を誘惑するというこの状況に、そして、貴方様のようなお方に出逢えたこの幸運に。わたくし、この瞳のおかげで様々な汚いものを見て来ましたわ。かつて婚約者であった者も、わたくしも相手の汚い部分を見てしまったこともありましたが、わたくしに見透かされていると知って、自ら去ってゆきました。当然、お父様も、お母様も」
「アネッサ様……」
「ふふっ、そう言うところですわ。自分が見透かされて、勝手に視られたと言うのに、貴方様はそれでもわたくしを案じてくださる。――本当に、貴方様のような男性ははじめてですの。絶対に逃したくないと思ったほどには」
「えぇっ!? ンぐぅっ!」
クリスが驚いたのは、裸のアネッサがクリスに跨って来たからだ。そして、その豊満な果実で顔を覆って来た。
「クリス様、このような方法となってしまい申し訳ございませんが、わたくし、既成事実を作らせていただきますの。クリス様をしっかりと繋ぎ止めておくため――むろん、クリス様が絶対に嫌と言えばいたしません が、わたくしの眼は見抜いておりますわ。クリス様、この状況、たいへん昂奮してたいへん悦んでおられますわね」
「んぐむぅうッ!(その通りだけどォッ!)」
〝真実〟が見抜ける瞳など厄介なことこの上ない。だって、
「それに、わたくしがこうも自分を抑えられなくなったのは、クリス様、はじめてわたくしを見た時、一目惚れしてくださいましたわね?」
「ンぅううう~~~~ッ!」
クリスは一目惚れの相手に裸で圧し掛かられ、それどころか裸のおっぱいで顔を覆われてもはや何も言えない。
「だからこそ、わたくしも止められなくなりましたの。それに、止まりたくありませんの。何せ、こうでもして先手を打たなければ、クリス様には、他にも――ふふっ、ご安心くださいませ、わたくしは貴族令嬢です故、側室を持つことには寛容ですの。わたくしを愛してさえいてくだされば――アァ」
悩ましい声を上げた伯爵令嬢は、その一歩を踏み出そうとしていた。
「それではクリス様、はじめての女の味、ご堪能くださいませ。わたくしも、存分に堪能させていただきますので。ふふっ」
ペロッと潤わされたピンク色の唇。
そして、
「アッ、あぁあっ――――」
クリスは、出逢ったばかりの伯爵令嬢に、その日のうちに美味しく食べられた。
館の風呂場には、二種類の嬌声が。――
◇
ひょこっ、ひょこっとアネッサはよくよく見ればぎこちない歩き方をしていた。それをクリスが支えていた。
「…………クリス様の、ケダモノ」
「うぅう……、否定は出来ないけど、釈然としない……」
「わたくし、はじめてでしたのに」
「ぼくだってそうだったよ!」
仲睦まじく寄り添って、気の置けない様子で肌を上気させつつ風呂場から出て来た二人を見て、
――シャーリーがしめやかに死んだ。
「あぁッ! シャーリーさんが死んでいます! いつものように運んでおきますね!」
いつものことではあるらしい。
その後、椅子に座り難そうにしているアネッサに、クリスの方こそ座り心地が悪かったが、伯爵家の夕食をいただいて、用意された客室で眠ろうと――すればアネッサがベッドへと潜り込んで来た。
「ちょっと! 伯爵令嬢がそれでいいのッ!?」
「だってわたくし、クリス様に傷物にされてしまいましたもの。よよよ……」
「ぐぅうッ!」
それは事実だ、事実だったが釈然とはしない。
「……はぁ、分かったよ。じゃあ、一緒に寝ようか」
「ふふっ、そう来なくてはなりませんわ」
「って、どうして服を脱ごうとするのかなぁ!」
「それは当然――じゅるり」
「ちょっ、まだ君、股が痛いんじゃ……」
「そのようなものはもはや大丈夫そうですわ」
「ちょっ、待っ」
「問答無用ですわ」
「うわぁあああああ~~~~~ッ!」
次の日の朝もシャーリーは死ぬことになったに違いない。否、死んだ。
明日からは、一日一回更新になるかな、と。
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