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「お助けいただき、ありがとうございました」
「いいえ、皆さん――無事、とは言えなさそうですが、大事に至る前で良かったです」
メイド服姿のダークエルフは、頭を上げると真っ直ぐに彼女を見た。
アーモンド形の茶色の瞳に、人間では為し得ない造形の美貌のダークエルフ。チョコレート色の肌は匂い立つかのようで、しゃなりと彼女の黒髪は揺れた。
「私はシャーリーと申します。貴女様のお名前をお伺いしてもよろしいでしょうか」
「はい、ボク――私はクリスティーナと申します」
「畏まらなくても構いません。命の恩人に押しつけるような無粋は申しません」
ここで相手の申し出を断ることこそ失礼だろう。
「それならば、――そのように」
姫騎士クリスティーナは柔らかく微笑んだ。
「――善い」
「はい?」
「いえ、なんでもございません」
ダークエルフの女性、シャーリーは本当になんでもないことのように、
その時、カチャリと馬車のドアが開いた。
「お助けいただきありがとうございますわ、クリス様」
ピクリ、
とクリスティーナは反応を示した。が、そこには、絵に描いたような美しい貴族令嬢が、彼女へと柔らかく微笑んでいるのであった。
ゆったりと膨らんだ艶めく金糸の髪。その緑の瞳は透き通るようで、直視をすればその向こうに自分自身が映っているかのよう。柔和な顔立ちにつんとピンク色の唇が座して、愛らしくも美しい彼女は十五歳のクリスティーナよりも少し年上に見えた。そして、上質なピンクを基調とした衣装を、豊かな胸元が大きく押し上げていた。
それを直視しないようにしつつもクリスティーナは周辺視でしっかりと眼に収めていた。
「――クスリ」
と貴族令嬢は微笑んでいた。
「この度はお救いいただきありがとうございました。わたくしはアネッサ。ここラスティアの地を治めるラスティア伯爵の長女、アネッサ・ラスティアと申しますわ。以後お見知りおきを、クリス様」
クリスティーナはぴくぴくと反応しそうになってはしまったのだったが、それを押し殺し、
「クリスティーナと申します、ラスティア伯爵令嬢」
「アネッサですわ。クリス様にはそう呼んでいただきたいですの。その代わり、わたくしにもクリス様と呼ばせてくださいませ」
そう呼ばれるとひくりと来るものがあったのだったが、貴族令嬢、しかもこれから自分が世話になる領地の領主である伯爵令嬢だ。駄目とは言えまい。
「分かりました、でしたら、アネッサ様。私――「それも畏まらなくてよろしいですわ」……ボクは平民ですので、様付けはお許しください」
「分かりましたわ」
少しだけホッとしたクリスティーナではあったのだが、まだホッとするのは早かった。
「クリス様は、この方角だとラスティアの街へと向かっておられるように見受けられましたが――」
「はい、ボクはこれからラスティアの街で冒険者になろうと思い、向かっておりました」
「ああ、それでしたら、どうぞ、このまま馬車にお乗りくださいませ。お送りいたしますわ。わたくし、クリス様のお話も聞かせていただきたいですの」
えっと……、とクリスティーナはシャーリーを見、美貌のダークエルフメイドは、
「是非、むしろ伏してお願いしたいくらいです」
えぇえっ! と言いそうになるのはなんとか堪えた。
「問題ありませんわ」
「…………では、お世話になります」
「はい、悦んでですの」
少しばかりではなく字が違った気がしたのであったが、クリスティーナは、アネッサの提案に乗ることにしたのであった。
これが囲われる第一歩となるとは露知らずに。……
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