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なろうラジオ大賞3短編集

加賀美奈子の鏡

作者: ミント

 加賀美奈子は美しい少女だ。


 本当に、幼馴染である私がぞっとするほど……美奈子は美しい少女だった。


「美奈子、何してるの?」


 幼稚園の時。美奈子が一人、蹲っているのを見て私は軽い気持ちでそう尋ねた。


「真理には特別に教えてあげる」

 言いながら美奈子はそっと、手に握っていたものを私に見せる。


 それは、少女趣味な装飾をされた小さな鏡だった。その可愛らしさに私は「わぁ」と感嘆の声を上げる。


「これは魔法の鏡なの。この鏡に向かって『美奈子、綺麗になぁれ』って言い続けていたら、私はずっと綺麗でいられるのよ……」


 自惚れにまみれた、荒唐無稽な話。だが幼い私がそれを信じてしまうくらい、美奈子は美しい少女だった。


 そうして私と美奈子は共に成長していき……中学生に入ってから、美奈子はその美しさから瞬く間に学校の女王へと君臨した。学年や性別を問わず、学校中が美奈子の美貌を褒め称える……そんな日々の中で美奈子がまだあの鏡を持っていることに気がついたのは、修学旅行の時だった。


 考えてみれば思春期の少女が、幼稚園の時のものを未だに持ち歩いているなんて異常だと思うのだが……私は1人、「あの鏡は美奈子にとって子どもの頃からの宝物で肌身離せない、お守りのようなものなのだな」などと考えていた。


 そんな美奈子がおかしくなったのは、クラスメートの1人である村田が杏子という少女と付き合い始めてからだった。


 杏子は可愛らしいけれど、その美しさは美奈子より圧倒的に下……だが異性を惹きつける要素は何も容姿だけではない。美奈子は美しすぎるあまり恋愛対象として見てもらえないタイプで、反対に杏子は可愛らしく男子生徒に好まれるのも必然と思えるような少女だった。


 しかし美奈子はその事実を受け入れることができなかったらしく……嫉妬のあまりクラスを扇動し、杏子が孤立するように仕向けたがその頃から美奈子の容姿は徐々に崩れ始めていった。成長に伴って変わったわけではなく、その変化は極めて不可解で……例えるなら粘土細工を少しずつ床に押しつけていくように、ぐにゃぐにゃと顔面が潰れていくようになったのである……。


 ◇


「美奈子、私よ。学校のプリント、持ってきたよ」


 登校拒否になった美奈子の元を訪れ、私は部屋のドアをノックする。

 美奈子からの返事はないが、耳を澄ますと一心不乱に何かを唱えるような声が聞こえてきた。


 私はそっとドアを開け、部屋の中を覗く。


「私は美しい私は綺麗なのになんで私がなんで憎い憎い憎い……」


 美奈子があの鏡に向かって延々と怨嗟の言葉を口にしている。その光景にひっ、と悲鳴を上げると美奈子がゆっくりとこちらの方を向いた。


 美奈子の目——かつては見た目麗しかったそれは今や肉に沈み、辛うじて黒目がわかる程度になっているそれが、私の姿を捉える。


「見たわね」


 その途端、美奈子は憤怒の表情で部屋から飛び出し私に馬乗りになった。


「嫌っ! 美奈子、やめてっ!」


 美奈子は凄まじい形相で、ギリギリと私の首を締め上げる。私はそんな美奈子の手からなんとか逃れようと、必死でのたうち回った。その最中、バリンという音がして床に綺麗な破片が散らばる。


 あの鏡が私と揉み合いになっている最中に床に落ち、割れてしまったのだ。そう、理解した瞬間。


「ああああああああああ!!!!!!!!!!」


 美奈子は狂ったような悲鳴を上げて私を突き飛ばし、そのまま部屋に閉じこもってしまった……。


 ◇


 あれから、美奈子の姿を見た者は1人もいない。


 村田も杏子もまるで最初から美奈子などいなかったかのように、平然と振る舞っている。


 美奈子……彼女は鏡の世界だけで生きる、虚像のような存在だったのだろうか?


 そんなことを考えながら私は、洗面所の鏡を覗く。


 鏡の向こうで、私の顔をした美奈子がにたにたと笑っているような気がした……。


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