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呪われし勇者の伝説シリーズ/ガーランドのモンスター図鑑「マッド・サンタクロース」~勇者の見る夢2・闇の王より~

作者: 田中円

呪われし勇者の伝説シリーズ

ガーランドのモンスター図鑑「マッド・サンタクロース」

〜勇者の見る夢2・闇の王より〜


前章プリクエル


魔王は漆黒の鎧を着て、エンジ色のマントを羽織り、宙に浮かんで笑いながら、世界各地へ稲妻を落とし続けていた。配下のバケモノ、モンスター達には、町や村を襲わせて、それらを塵と灰に変えてしまう。世界を恐怖と絶望という闇で支配することに意味など無かった。ただ彼は全てをメチャメチャにしたかったのだ。赤子が駄々を捏ねるように。


と、一匹の剛毛のゴリラに悪魔の翼を生やしたようなモンスターが魔王の元へやってくる。槍を抱えている。彼は北方の砦が勇者によって守られた、と伝えると、息絶えた。


「くそっ!」


魔王は怒りから、黒い球体の稲妻を産み、北へと投げつける。戦況は一進一退。闇の魔王と光の勇者は、いつも争いを続けている。もう、忘れられた遠い時代から。


「力が足りん!もっと、もっと力を!」


勇者が倒されれば、しばらくの間、暗黒の時代が続き、またいつしか勇者が現れ、魔王が倒されればつかの間の平和が訪れた。



魔王は、魔王城の中庭で、歴史書を紐解きながら、人は本当に戦いが好きなのだと、ニコリと笑った。そして思った。ただ人は退屈が嫌いで、笑うにせよ、嘆くにせよ、燃えたいだけなのだと。だから、生きるという暇つぶしにゲームをしているのだと。善と悪、光と闇の戦いを。

そして出来る事なら、結末はハッピーエンドで、それがしばらく続いて、また状況が変わり、乗り越えられるギリギリの壁を作って、燃え上がり、悦び、いつか登れず、後に託し、力尽きたいのだと。


白いひげをはやした老紳士が紅茶を運んでくる。それに口をつける魔王。


だから、僕の天命は、全てを滅ぼすことなのさ。そして、誰にも越えさせない。かかってくるが良い。絶望という諦めの命乞いの中で、お前の人生に結末を与えてやろう。


その魔王の姿を、タキシード姿をした老紳士が見つめている。そして笑う魔王に、心を読んだかのように話しかける。


「それには、力が必要ですな。もっと、モンスターの力が。」



地下壕の粗末な鉄の椅子に、勇者がくくりつけられている。白銀の鎧に、汚れた濃い青のマント。両手足は鎖で縛られ、胴にはベルトがされている。


「うあーっ!うおーっ!あーっ!」


彼は、夢を見ている。その夢の中で、彼は魔王だった。いくつものモンスターを使って、人間を殺していく。何より残虐な方法を使って。


助けてと命乞いをする子供の目の前で、母親をレイプし、母親を殺す。彼女の大切にしている人形を引き裂く。


「お嬢ちゃん、絶望の良い目をしている。お前に地獄を与えよう。それは生きるという地獄だ。生き抜いて、いつか私を殺しにおいで。その時私はお前を殺す。その時のお前の嘆きの目こそが、最高の料理だから。」


少女は、魔王を見つめて、目に炎を燃え上がらせる。


「なーんてね。嘘だよーん。」


彼は剣で少女の腹を突き刺す。


「希望なんてものは、この世には無いのさ。残念ながらな。お前はゴミだ。」


と、魔王は少女の首を持ち上げて、つぶやく。そしてキスをする。と、走り出す。また別の獲物を探して。



「ハァッ!」


勇者は目を醒まし、黄色の痰ばかりのゲロを吐く。カツン、カツン、カツン。音がする。


「目が醒めたようですな。」


地下壕の入り口の鉄階段を、杖を突いた老人が下りてくる。黒のコートにかばん、クラウンのマリオネットを抱えている。老人はマリオネットを投げ上げると、それはクルッと回ってぴょこりと立ち、走りながら、部屋のランタンに明りを灯す。そうして勇者のゲロを、臭そうに雑巾で掃除する。


「おはよう、アース。」


アース、それがその勇者の名だった。老人はかちゃり、かちゃりとアースの拘束具をはずしていく。クラウンがピョンと、アースのひざの上に飛び乗り、腹に顔をうずめる。


「また、いつもの魔王になる夢を見たよ、ガーランド。早く呪いが解けるのを、僕は祈ってる。」


ガーランドと呼ばれた老人は、かばんから一冊の茶色の本を取り出し、ページをめくると、アースに渡した。クラウンが身を乗り出して、そのページをながめる。


「お前の魔王にかけられた呪いは、その本に書かれている108匹のモンスターを倒すことで、解けるだろうよ。」



黒曜石の原野を抜け、どくろの階段を昇り、魔王城の最上階へ辿り着いた俺は、魔王をこの手で倒したはずだった。けれど、あの死の刻、俺は魔王に呪いをかけられたのだ。


「アースよ。私はこの命と引き換えに、お前を呪う。お前は闇の暗黒大陸で、途方も無い悪夢の中を、永遠に彷徨い続けるのだ。」


そうして、黒い霧に包まれて、気がつくとここにいた。



一つのランプといくつもの墓の下に、この地下壕はある。俺はこの墓地の守り人である老人、ガーランドに出会って、呪いについての説明を受けた。


「ここは、モンスターの産まれる暗黒大陸だ。良いかね、アース。お前はここへ来る間に、永遠の闇の森を抜けて来た。そこで全ての記憶を失くしたはずだ。ここに一冊の本がある。魔王の力の源である108匹のモンスターを記したモンスター図鑑さ。ここにいる全てのモンスターを倒した時、お前の記憶は蘇り、お前の呪いは解ける。」


始まりの日の、ガーランドの説明が、頭をぐるぐると回っている。でも、良くわからない。ここはどこだ?私は誰だ・・・?本当に私は、アース・ヘイワードなのか。何も思い出せない。わからない。あの日に全てを失ったのか、それとも、初めから何も持っていなかったのか。僕はからっぽで、どの方角へ進めば良いのか、何をすればいいのか、何がしたいのかもわからずに、道に迷っている。


「私はお前の道標、ガーランド・アルベルト。いつかお前が自分の道を見つけるまで、私がお前に道を指し示そう。」



二人とマリオネットは外へ出て、月の無い墓地に立っている。ガーランドが杖を振ると、真っ白な扉が現れる。


「さぁ、この先に、お前の倒すべきモンスターが待っている。お前が一つ、一つそれを倒すことで、お前はお前を縛っている呪いを解くことになる。お前は力を手に入れるのだ。」


___力・・・?力なんていらない。


「行くべき道は、クラウンが教えてくれる。さぁ行け、クラウンと共に。お前の呪いを葬りに。」


クラウンがアースのほっぺたにキスをして、ぺこりとお辞儀をして、先へ進む。


___だけど、目の前が全て闇なら、進むしかない。悩んだり、嘆きながら、一つ、一つクリアーしていくしかない。


アースは剣を手に、歩き出す。


___いつか、何もかもうまくいくと、信じて。


本編・序章


静かに雪が降っている。クリスマスツリーの電飾と、暖炉の小さな灯りだけが照らし出す室内で、子供はサンタクロースを待ち切れずに、夢を見ている。

そっと枕元に置かれたプレゼント。ゆれる炎の灯りに、吊られた白いソックスがゆらめいて見える。

と、ふっと暖炉の火が消える。雪が止み、室内を満月の青い光が窓越しに差す。

その光に照らされて、モンスターはにやりと笑っている。


「メリークリスマス。白い靴下は用意したかな。僕が君に、死というプレゼントを持って来てあげたよ。」


彼はサンタクロースの仮装をして、エタノールを染みこませたハンカチを、その少年の口に当てて、彼を気絶させる。


「うっ!」


そうして、壁にかけられた白いソックスをひきちぎると、少年の足にはかせて、持ち込んだボロボロの麻のズタ袋の中に、少年をつめこんで、そこを立ち去った。



手足を縛られて、何度も少年は哀願したのだった。助けてくれと、何でもするからと、泣きながら。その姿を、その偽のサンタクロースはビデオに録画し、ICレコーダーで録音をする。また口をふさいで、少年を窒息させると、気絶させ目覚める度、それを何度も、何度も繰り返す。


やがて、力尽き、息を吹き返さないようになると、サンタは、少年を雪原に埋めた。

真っ白い雪原に突き出た少年の力無く垂れた腕を、満月が照らすあまりの美しさに、サンタは息を呑んだ。


そうして彼は自宅に帰り、そのビデオを見、ICレコーダーを再生して、何度もマスターベーションに励むのだった。


第一章


白い扉を抜けて、霧の中を進むと、やがて吹雪が二人を襲う。クラウンが、きゃっと、アースの胸へと飛びこんでくる。

目的地の方角はわかっている。道があるのだから、進めば着くに違いない・・・。

丸い明かりが見える。二人はそこへ辿り着くと、中へ入る。


「お待ちしておりました。」


白衣を着た男が、ブラシで勇者とクラウンの雪を払いながら言う。クラウンはきゃっきゃと笑いながらそれを受けている。白衣の男の後ろで、ベレー帽を被った少年が、興味深そうに、それを見ている。


「外はとても寒かったでしょう。どうぞ体を温めて下さい。」


花柄のエプロンをした女が、じゃがいものポタージュを二人に運んでくる。二人は良く燃える暖炉の前のテーブルで、それにありつく。


「私はシラノ・ヴィンセント。そしてこいつが息子のユペール・ヴィンセントです。本日は遠くから、良くぞ来て頂いた。」


白衣の男は長い背もたれのある黒い椅子に腰掛けて、息子の頭を撫でながら語った。勇者アースは部屋を見渡し、ここが村の診療所なのだと分かった。聴診器に、薬棚、黒いベッドに、ステンレスの手洗いボウル。


「ヴィンセント。冒険者ギルドのモンスター討伐について依頼をしたのはお前だな。私が勇者アース・ヘイワードだ。手紙は受け取っているだろう?」


シラノ・ヴィンセントが答える。


「はい。予定の通り、勇者様はいらっしゃった。この世界では冒険者にしか、モンスターを殺す権利はありませんからな。助かります。」



この世界において、モンスターとは、人としての未来を捨て、力を望むことで化け物へと変ぼうした人間のことを言う。

罪を犯した人間を捕らえるのが警察であるように、モンスターを倒すのは、主に勇者の役目だった。


「早速ですが、あなたに倒して頂きたいモンスター、マッドサンタクロースについて、お話します。」


モンスターは様々な原因で産まれる。世界を呪うことで、遺伝子が変化し、鬼や魔女、巨人や怪物へと姿を変えるもの。満たされぬ欲望を叶える為、善き心を捨て、魔の力を得るもの。様々であった。


「彼は快楽殺人犯で、サンタクロースの姿をして子供をさらい、白いソックスをはかせ、何度も窒息行為を繰り返して殺すという、残虐行為を繰り返しています。既に何十人もの子供を窒息させ、三人を殺している。」


アースはうなった。


「それだけではモンスターとは言い切れない。警察の領域では無いのか。それに、何故そこまで犯罪行為について、お前は知っている。」


白衣の男は、答えた。


「その男は、かつて私の患者だったからだ。」


第二章


「先生、僕を研究材料にして下さい。そして二度と僕のような人間が、この世に産まれないようにして下さい。」


留置所の牢獄で、彼は私にそう言いましたよ。彼の名はジェラート・トランジーノ。一人目の少年を殺して、私に精神鑑定が依頼されたんです。



彼の裁判が行われている。


「人が窒息して、苦しむ姿を見て、興奮するのか。」


痩せて頬のこけた無精ひげの男が、黒髪を落としてうつむいている。


「はい。」


弁護人が追求を続ける。


「いつごろからそうなのか。」

「小さい頃、犯罪小説に、薬品を染み込ませたハンカチで、口を塞いで失神させて誘拐するシーンがあって、とても興奮した。」



ヴィンセントが、牢獄で問いかける。


「どうして、そんなことに・・・。」


ジェラート・トランジーノが答える。


「中学の時、友達がエロ本を見て興奮していて、その時に、自分は人と違うということを知って、愕然としました。」


ジェラートが横縞の囚人服を着て、パイプ椅子に座り、鉄格子越しのヴィンセントを見ている。


「女の人の裸で、興奮したことは?」


ジェラートが目を見る。


「一度もありません。」



ヴィンセントの子である少年ユペールが、クラウンと遊んでいるのを横目に、アースはヴィンセントの話を聞いている。


「子供に聞かせても、良いのか?」

「ええ。彼には、手伝いをして貰わなくてはなりません。」



ジェラートには、白い靴下に対する強い執着があった。彼は殺害する前に、必ず被害者に白い靴下をはかせていた。どうして、窒息させて殺すこと以外にも、彼はそんなものに執着を持つのか。


「子供の頃のことを、何でも良いから教えて下さい。」



裁判で見たジェラートの父は足をひきずり、杖で歩く初老の男だった。どうしてそんなことをしたのかと、裁判中にも関わらず、強い声で子をなじった。彼は元警官で、事故で足に障害を負い、引退したということだった。


被害者に対して、真摯に謝罪する父の姿は、警官らしい強く良き父を思わせた。


「父が大好きでした。」


ジェラートは語り始める。


「父は白バイ隊員で、いつも家にいなかったけれど、白いヘルメットをかぶって、悪い人を捕まえに行く父が、自慢でした。」


小さいジェラートが、一緒に遊ぶ子供達に向かって声をあげている。


「父ちゃんは正義の味方なんだよ。悪いやつをこらしめるんだ。」


ジェラートは思い出しながら語り続ける。


「いつもいつも父が自慢でした。父の白いヘルメットを借りて被っては、何度も父さんにキスをした。」


ヴィンセントはじっと、ジェラートの瞳を見つめる。


「幼稚園が休みの日には、憧れの白ヘルメットを探して、町中を歩きました。郵便屋さんの白いヘルメットに興奮して、町中をついて回ったり、担任の先生の白いスニーカーに興奮して、ずっとそばについて回っていました。」


___父さんは、正義の味方なんだ。


父はとても真面目でした。僕がいたずらをすると、殴りつけて、罵り、反省させました。


___痛いよ、お父さん。痛いよ・・・。


口答えは許されませんでした。


「あれは、小学校四年の時です。父が足を骨折して帰って来ました。」



若いジェラートの父がいる。足を骨折している。


「父さん、どうしたの!その足。」


父は、ジェラートを突き飛ばすと、その体の上に馬乗りになる。


「父さん、飲酒運転で事故を起こしてな。警察を首になっちまった。」


ジェラートの父は、少年ジェラートの首を両手でつかむ。


「父さん、何をするの。やめて・・・。」

「畜生!」


___そうして、父は僕の首を締め上げた。強く、強く!

あれ、お父さんは正義の味方だったのに、犯罪者だったんだ。あれ、あれ・・・?


「父さんは、血の気の無い能面のような顔をしていた。やがて手をゆるめられて、僕は呆然と横たわっていた。」


___その時、何かが壊れてしまった。



「結局、ジェラートは死刑にはなりませんでね。五年程、刑務所で過ごして、最近出所して来まして、そうして、二人殺された。だから、あなたにモンスター退治を依頼したのですよ。」


アースは、返す。


「しかし、今の話だけでは、彼はモンスターではない。」

「いいえ。」


ヴィンセントは目を細める。


「彼はモンスターなのですよ。なぜなら・・・。」



あの時、何度も死刑にしてくれと、懇願する彼に対して、私は悔い改めて、生きるようにと伝えた。と、ジェラートは言った。


「先生。先生はもし、女を抱いたら、犯罪という世界に産まれたら、それを抑えられる?私は、ずっと抑え続けてきた。そういうビデオを見ることで、時には欲求を抑える為に、興奮を抑えるホルモンを処方してほしいって、病院に、訴えたこともある。

でも少数派の普通じゃない人間に、社会は厳しい。児童ポルノのビデオも、SMクラブも、どんどん取り締まりは厳しくなる。自分達は風俗やAVでしたい放題楽しみ放題なのに。まるで目の敵のように、私達を抑圧する。

昔好きだった女の子にキスをして、ほっぺたで鼻を塞いで窒息させようとした時の、彼女の怯えた顔が忘れられない。彼女は、私を、狂ってると言った。ねぇ先生?」


ジェラートは顔を手で覆って言う。


「道に迷ってしまった。そして、諦めてしまった。希望なんて、ずっと、ずっと無かった。先生だけが希望だった。僕を研究してくれた。先生は僕がこんな風になったことが、父さんみたいになりたかったからだって、つきとめてくれた。だから、先生にだけ教えてあげる。本当の僕を。」



ヴィンセントはアースに伝える。


「私は、この目で、見たのです。彼がモンスターとなる姿を。」


牢獄で、ジェラートは続ける。


「僕が刑を終えて、表へ出たら、僕はもう止められないよ。あの子を殺した日、僕は諦めて、悪魔に魂を売ったんだもん。戦うことをやめて、夢や幸せな未来を捨てて、欲求を満たす為に、この世界を、呪ったんだ。」


ヴィンセントは続ける。


「私はこの目で見たんだ。ジェラートが悪魔のサンタクロースへと、姿を変えるのを、この目で。」


第三章


「教えた通りにやるんだよ、良いね。」


ヴィンセントは息子ユペールのベレー帽をポンと叩くと、白いソックスを履かせた。んしょ、んしょ、と靴下を履くユペール。クラウンが、彼の胸の中にぽんと飛び込む。アースが言う。


「良いのか。もしもユペールになにかあったら」

「その為に、君がいるんだ。奴に、マッド・サンタクロースの本性を現して貰う為には、この方法以外にない。白いソックスの少年が隣にいて、欲求を示さないあいつじゃないさ。あいつは性欲が強いからな。」

「絶倫・・・か。」


アースは苦笑すると、クラウンを撫でた。


「少年を守ってやってくれ、クラウン。」


クラウンがケタケタと笑う。


「どうしようかなあ。」


と、ユペールがクラウンを抱きしめる。そして顔をクラウンとつきあわせる。


「僕、お前なんかいなくたって大丈夫だよ。でも、どうしてもっていうなら、一緒に連れてってあげる。」

「な、なにぃ!」


クラウンが少年にガンをつける。


「だって考えてごらんよ。僕達モンスター退治のお手伝いが出来るんだよ。ちゃんとやったら学校で自慢できる。それに、ドキドキ、ワクワクしないかい?いつもおもちゃ遊びばかりじゃつまらないもん。だから、どうしてもって言うなら、一緒に連れてってあげる。」

「ふんっ!」


クラウンがそっぽを向く。


「仕方ない。お前はまだ小さいからな。私が助けてやらないと、そんな重大な任務は果たせないだろうからな。」


ユペールは、またクラウンを抱きしめた。ヴィンセントとアースはそんなやりとりを見て、笑う。


「では、行くぞ。皆計画通りにな。」


ヴィンセントがそう告げて、アースと少年、クラウンがうなずく。



雪の降る、その小さな山間の村の一番高い場所に、ジェラートの工房はあった。彼は木工おもちゃの職人で、様々なおもちゃを器用に組み立てては、町で売って、生計を立てていた。


アースは剣の束を握りしめている。もうすぐまた一匹のモンスターを殺すことになる。確かに、その罪は重い。けれど、彼という命は憎めない。命乞いをするモンスターを、もう何匹殺してきたかわからない。所詮この世は弱肉強食なのだ。数や力で勝るものがルールを作る。けれどそのルールは所詮、誰かが作ったルールなのだ。私達は自由なのだ。罪を犯すのも、自由。そもそも何かを殺して食わねば、人は生きてさえいけぬ。けれど、弱い僕はそのルールから、今は逃れられない。どこかに、真実があることは分かっているのに、迷っている。



トントン。


木作りの扉を叩くヴィンセント。


「どうぞ。鍵はかかっていません。今、手が放せないのです。」


窓から、暖かな室内の灯りが、降る雪を照らしている。

中へ入ると、ジェラートが、無精ひげに痩せた体で、木工細工の汽車を組み立てている。


「ようこそ、先生。もうすぐいらっしゃるころだと思っていました。」

「わあっ!」


ボンドで組み立てているであろう、それ、に、興味深々でユペール少年は駆け出す。ジェラートは少年を片腕に抱いて、汽車を見せる。


「見るだけにしておくんだよ。まだくっついていないから、ね。」

「うんっ!」


列車大好き少年は、置かれたそれにランランと目を輝かせて、胸元のクラウンは人形のままじっと息を殺している。ジェラートは、客車作りにとりかかりながら、二人を見る。


「この方は?」


ジェラートが問う。


「彼は、」

「私は、アースヘイワード。勇者をやっている。今日はこの地方でモンスターが現れたらしいのでね、家々を回って話を聞いているのだ。」

「そうですか。」


ジェラートは下を向いて、客車に手をかけるふりをして、ちらりとユペールの白い靴下を見やる。そして、口を開いた。


「先生、私の約束を叶えてくれるんですね。」



あの最初の牢での接見の日。ジェラートは言った。


「先生、私を研究材料にして、私の心の闇をあきらかにして下さい。そして、僕を死刑にして下さい。先生。」


そして、禁固刑が決まり、最後の接見の日。モンスターとなった彼は私に、泣きながら言ったのだ。


「先生。僕を助けて、助けて。助けて先生。僕の地獄を終わらせて!」


私はこう言ったのを覚えてる。


「私は医者だ。任せておけ。私が君を救う。私が君を助ける。」



ヴィンセントは、ジェラートに答える。


「ジェラート、私はわからないよ。私はわからん。結局何がお前を狂わせたのか、私にはわからん。何もかも私には、わからなかった。」


ヴィンセントは顔を歪ませ、ジェラートから顔をそらす。


「ちっぽけな人の医学の力ではお前一人すら、救えない。うまく羽の伸びきらなかった蝶が、空を舞う仲間を恨めしく思うように、私はお前に正しい羽をあげたかった。私に力が足りなくて、すまないジェラート。」


そこへ、杖をつきながら、茶を持った白髪の父がやってくる。アースとヴィンセント達にそれをくばり、椅子に腰をかける。


「父さん、ありがとう。」

「ああ。」


父がヴィンセントに頭を下げる。


「僕の現実世界での楽しみは、先生と話すことだけでした。先生だけが、僕の話を聞いてくれた。でも僕はあの時、もう一線を越えてしまっていたんです。僕が幸せになることは、もう許されない。けじめをつけなくちゃいけない。でも、弱い僕は自分で自分にけじめをつけることさえ、出来ませんでした。

さあて、役者はそろいました。勇者さん。」


父が、何かを感じ取り、ジェラートに叫ぶ。


「やめろ。ジェラート、やめろ。全部私が悪いんだ。私が、私が、やめろ!」

「違うよ、父さん。僕がこの世に産まれ落ちたのが、間違いだったんだよ。でも、産んでくれてありがとう。父さんは僕の誇りだよ。」


ジェラートの体から、黒いけむりが立ちこめ、その体は姿を変えていく。血の色のコートに、血の色のズボン、三角帽子。ズタ袋を抱えたサンタクロースの姿に。その目は瞳孔が開かれ、口は耳まで裂け、耳は尖り、爪は悪魔のように尖っている。


___僕が道行く小学生の口を塞いで、失神させたりする犯罪を何十件も繰り返していたころ、父さんはいつも頭を床に擦り付けて、被害者に謝ってくれていたね。僕に暴力をふるった後には、いつも自分自身を何度も殴りつけて、お菓子やおもちゃ、何でも買ってくれたね。僕に死ねって怒鳴っては、お前は俺の宝だって、頭を撫でてくれた。


アースは剣に手をかける。ジェラートは宙に浮かび上がり、念動力で家の壁と屋根を吹き飛ばす。アースは手で、ヴィンセントと父親に下がっているように指示する。

ジェラートはぎょろりとした目で、怯えるユペールを見つめる。


「ああ、ゾクゾクする。その瞳が。お前が怯えれば怯えるだけ、私の空虚は満たされる。私の存在意義はお前の命を奪うことで産まれる。助けてって言ってごらん。やめてっていってごらん。じたばたして、絶望して、嘆いて、訴えてごらん。命乞いしてごらん。お前の希望を全部食い尽くして、俺の腹は満たされる。さあ、泣け、わめけ、苦しむが良い。罠に捕らえられたネズミの様に泣いて、俺を悦ばせてくれ!」


ジェラートがユペールの口を手でふさぐ。じたばたするユペール。


「やめろ!」


とヴィンセントが叫ぶ。アースが剣を抜く。


「クラウン!」


そうアースが言うと、クラウンはユペールの胸から飛び出て、じろじろとジェラートをながめる。


「狂ったサンタクロースなんて、君も随分洒落たモンスターだよねぇ。」


そうしてくるっと一回転すると、ぼんっ、と、黒い霧になって爆発する。その目くらましに、ユペールの手を放してしまうジェラート。ユペールの体が雪原へと落ちる。そこへ駆け寄るヴィンセント。



___何故、私が殺さなければならないのだろう。


剣を交えながら、勇者はいつも思うのだった。

マッド・サンタクロースは雪玉をいくつも念動力で浮かせ、勇者へ投げつける。

いつも戦っている時、アースにはモンスターの心の声が聞こえた。


「ねぇ、勇者さん。君も迷っているね。どうして、生きるのかと。僕と同じ。」


アースが雪玉を剣で切り払いながら、答える。


「ああ、まだ私は、お前を殺す理由が見つからないね。」

「どうして?僕は何人も人を殺したよ。みんな泣きながら命乞いをして、それを僕は楽しんだ。殺すには充分じゃないか。」


その隙に、ジェラートはアースに近寄り、アースの首を絞め始める。


「それとも、僕と心中してくれるの。ねぇ、君も知ってるだろ。世界は正しさでなんて出来ちゃいない。弱肉強食だってことを。希望や愛や夢があるように、絶望も、バッドエンドがあることも、君は知ってるだろう。ちょっと前まで全て上手く行っていたのに、飲酒運転で全てを失うこともある。別に何をしても自由なら、俺を殺せよ。」


勇者がジェラートの腹を蹴り上げる。


「うおあーっ!」


勇者は叫ぶとジェラートへ向かっていく。ジェラートはズタ袋の中から、爆弾を取り出すと、それを投げつける。跳び避けるアース。


「めんどくせえな。」


アースは戦う気力を失って、爆弾にやられるまま、雪原へと落ちていく。それを追い、馬乗りになるマッド・サンタクロース。


「どうした、勇者さんよ。諦めたのか。」

「ああ、疲れた。殺せ、俺を。だが、俺と一緒にお前も死ぬんだ。生きるのには疲れた。光なんて、ねーよ。なあ、お前が一番知ってるだろ。」


アースは剣を放し、ジェラートの首をつかむ。ジェラートも、アースの首をつかむ。


「良いのか?」

「ああ。俺は、お前を愛しちまった。」


と、突如アースの顔に、ジェラートの口から溢れ出た血がゴボリとかかる。ゆっくりと後ろを振り向くジェラート。そこには、ジェラートに杖を突き刺す、父の姿があった。


ジェラートはうおおーっ!と唸り声を上げて、父の頭を掴み、それを打ち砕く。べしゃり、と音がして、父の頭部は粉々になる。雪原に肉片が飛び散り、ドサリと胴体が横倒しになる。ジェラートはその父の体に、顔を寄せて、笑う。


「メリークリスマス。父さんはプレゼントをくれた。僕の大好きなおもちゃと、殴る、蹴る。正しいってなんだっけ。悪いってなんだっけ。ここはどこ。何も見えない。真っ暗で何も見えないよ。誰か助けてって、何度も呼んだのに、誰も助けてくれなかった。僕なりに、頑張ったんだけど、だめだった。僕、頑張れなかった。何人もの人を殺してしまった。苦しみ続けた僕と同じように、出来るだけ長く苦しめて、殺してしまった。アース、君は勇者。勇者は人を救う為に生まれた職業なんだろ?」

「ああ、俺は人を愛する。だから、みんなを、苦しむ人を救いたいと思う。それが俺の欲求なんだ。」


どうしてそう願うのかは、俺にもわからねーよ。


「なら、俺を、俺が苦しめた被害者たちと同じように、出来る限り長く、恐怖を感じさせながら殺してくれ。」


ヴィンセントがアースに叫ぶ。


「アース、やめろ!もう良い。やつを、殺さないでくれ!」

「答えなんて、わからんな、ヴィンセント。」


アースは言った。


「だけど男なら、つけなきゃいけないけじめってもんがある。人には、つけなきゃいけない、けじめってもんがある。そうだな、ジェラート。」


アースはジェラートを殴りつける。右頬に決まったそれは、ジェラートを雪原に叩きつける。ヴィンセントと目があうジェラート。


「先生、聞いてくれてありがとう。救ってくれてありがとう先生。」

「うっせぇ!」


アースはそのジェラートの頭を蹴り上げる。血を吐くジェラート。


「やめろ!やめろアース!一思いに殺してやってくれ!」

「嫌だね。」


もう一度アースはジェラートを蹴り上げると、クラウンに声をかけた。


「クラウン。ユペールに魔法をかけろ。こっからは子供には刺激が強すぎる。」

「はーい。」


笑いながらクラウンは、ユペールにキスをして、ユペールを眠らせる。


「明日目が覚めたら、全部今日の出来事は夢で、何もかも君は忘れてしまうよ。」


アースはジェラートに馬乗りになって、左腕を引きちぎる。


「ぎゃあーっ!」


アースは笑みを浮かべながら、右腕を引きちぎる。そして、剣を持つと両足にその剣を振り下ろす。


「ああーっ!」


そうして、ジェラートの首をつかみ、持ち上げて、闇に掲げる。


「怖いか、ジェラート。死ぬのは。」


うなずく、肉だるまとなった、ジェラート。


「うん。」

「ジェラート、そうなら、お前も普通。みんなと同じさ。狂ってなんかないよ。」

「うん。」


ジェラートの姿が、サンタクロースから元のおもちゃ職人の姿へと戻っていく。そしてにこりと笑う。


「迷い続けたお前の闇の迷路の続きは、俺が受け継ぐ。俺が、魂ごと、お前を愛してやる。」

「ああ。」


アースは腕に力を込める。


「救えなくて、すまない。でも、絶対に、忘れないからな。俺が、この世界を救うから。」

「うん。」


ジェラートは、笑顔で、うなずいた。

アースは、一筋の涙を流した。ジェラートはありがとうと口を動かしたように見えた。苦しみながら、ジェラートは死んだ。そうしてそのまま、どうっと、アースは雪原に倒れこんだ。



深い深い闇の迷路を彷徨い続けている自分の姿が見える。出口があるのかも、ここから外に別の世界があるのかも分からない。けれど、一つだけわかるのは、彷徨っているのは俺だけじゃないって事だ。


クラウンが立ち上がり、死んだジェラートのなきがらにふれると、それはゆっくりとその姿を変えていく。そうして一匹の白い蝶となって、どこかへ飛び立っていく。


こうして、モンスター図鑑に一匹、新しいモンスターの死が刻まれる。


アースは雪に手を伸ばす。それは手に触れると一瞬で溶けてしまう。儚いその姿を、アースはただ、見つめていた。

それはまるで人の運命のようだと、この世界を、呪いながら。


   幕


2009/08/12 台風の日の真夜中に 田中亮


この作品は、2009/7/28日に死刑執行された前上博死刑囚が犯した殺人事件を作品の題材としています。けれども、物語は完全なるフィクションです。

事件によって犠牲になられた方、また前上死刑囚のご冥福と、全ての関係者様の心の傷が、一刻も早く癒えますことを、心から願って止みません。

いつか世界が平和になりますように。


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