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ドブネズミ  作者: 山口 にま
第七章 補陀落
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長谷川一騎に関する報道の件

蛍は未明に自分の記事をインターネットに公表した。


「『ジャーナリスト・長谷川一騎氏 その死その報道』


三月二十一日未明、パキスタン北西辺境州、部族地域においてJNP通信社員、長谷川一騎氏は部族兵に襲撃されて命を落とした。享年三十九歳だった。


大変残念な事に、その死の直後から長谷川氏に就いて悪意に基づいた真実ではない情報が流され、長谷川氏の報道に対する姿勢を常に身近で見ていた記者を始め同僚達は非常に胸を痛めてきた。


既に報道された通り、無許可で部族地域に入域した外国人により地域内の軍事情報がネットで拡散されると言う事件があり、部族会議にて地域内の外国人ジャーナリストは全員粛清という決定が下された。粛清は即日実行されて、長谷川一騎氏は銃殺されたのだ。


その際部族兵はカメラ、タブレット、SDカードなど報道に関する機材は全て没収した。しかしそこは紛争地での取材に慣れた長谷川氏である。撮影された画像映像は日々ウェブ上で管理され、JNP通信の社員がCD等に保存していたのだ。記者が把握している限りにおいてパキスタンで撮影された映像の殆どは没収を免れたはずである。

その映像はJNP通信によって近日中に放映される準備がある。


長谷川氏が撮影した映像の他に、記者とのビデオ通話でのやりとりの録画も多数残されている。その録画は長谷川氏の取材日誌代わりになされたものであり、後に公表する事を前提としていた。一部の業務連絡以外はそのやりとり全ては録画され、時に記者が録画を忘れると長谷川氏から「録画をするように」との叱責を受けた事もあった。


長谷川氏に関する誤った情報は数点ある。その誤りを正すため、そして氏の報道に対する姿勢を今一度世間に知って頂くため、記者と交わしたビデオ通話の録画三点をここに公開したいと思う。


なお誤った情報とは

①長谷川氏は部族地域の入域許可を取らなかった。


②部族地域内で「軍事施設を撮影した外国人」とは長谷川氏自身だった。


③長谷川氏の部族地域入域はアヘンや武器など密輸品の取材ではなく購入が目的だった。


④諜報員として外国政府に部族地域内の機密情報を提供していた。


である。


かつて故人の手紙を公表する事を著作権侵害とみなした裁判の判決があった。もしビデオ通話の録画を手紙と同一に見なすならば著作権上の問題が生じ、記者は著作権侵害のそしりを受けることとなろう。しかしこのビデオ通話は長谷川氏自身が公表する事を前提としていた事、公表によって長谷川氏の尊厳を徒らに損わない事などを鑑み、著作権侵害には該当ないと記者は考えている。なおビデオ通話の録画に編集は加えていない」


《三月七日のビデオ通話》

それは蛍が会社のパソコンで対応した物だ。画面の背後にはJNP通信の社員達が写り込んでいる。


「根津さん、今晩は。パキスタンのペシャワールよりお届けします。アッサラマレークン」

満面の笑みでムスリム式の挨拶をする一騎。日に焼けて眼窩が落ちくぼんでいる。出国前から伸ばし始めた髭がより一層濃くなった。彼は民族衣装のシャワルカミーズ姿だ。

「アッサラーム」

そう挨拶を返す蛍。一騎は

「遂に部族地域への入域が許可されました」

と上機嫌で報告する。そして画面いっぱいに北西辺境州政府が発行したと思われる書類を映し出すのだ。蛍の後ろから香山が画面を覗き込んだ。

「あ、香山君、元気ですか?」

一騎は香山に向かって手を振る。

「長谷川さん、パキスタン取材お疲れ様です。意外とお元気そうで」

香山は画面にかじりついて一騎を労う。

「僕は夢にまで見たパキスタンの部族地域に明日から行きます。日本のメディアがほとんど入った事がないアフガン国境付近で取材します」

「頑張って下さい。全社をあげて応援しています」

香山も録画を意識して上司思いの部下を演じる。

「ありがとう!君たちも頑張ってスクープを取ってきてくれ。ではさよなら。ご機嫌よう」

一騎の笑顔でビデオ通話は終わった。


「長谷川氏は確かに部族地域への入域許可を得ていた。これから密かに部族地域に潜伏を試みたり、武器やドラッグの購入を考えている者がわざわざ勤務先に入域を知らせるだろうか?」

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