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ドブネズミ  作者: 山口 にま
第七章 補陀落
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もう一人のお友達

住職が本堂にやって来た。

「ねぇもう一人お友達がいらしているんだけど」

多香絵は訝しげに蛍を見る。蛍は言った。

「実は駒木洋平さんにも声をかけたんです」

蛍の口から洋平の名前が出ると、多香絵は急に狼狽し始めた。

「勝手な事をしないで下さい!」

蛍は自分の本意を説明する。

「ご住職からご連絡を受けた時、三峰さんがどう言う状態か分からなかったので、私一人の手には負えないと思いまして。わざわざ駒木さんにも来て頂いたので会ってみたらいかがでしょう」

「嫌よ、私。あーもう死んじゃいたい」

「さっきは命まで取られるわけじゃないとおっしゃっていたのに。何で加害者の金本さんとは対峙できるのに、お友達の駒木さんとはお会いできないんですか」

此の期に及んで駒木さんから逃げ回って。蛍は煮え切らない多香絵に呆れ顔だ。

「だって私、散々洋平君に迷惑をかけて、今回だってこんな恥ずかしい騒動を起こして。どの面下げて会えると言うのよ」

「あんまり待たせると失礼だよ。すぐに庫裏に行きなさい」

住職はそう多香絵に命じた。多香絵は雑巾を片付けた後、渋々と言った様子で寺務所に向かう。


洋平は先ほど蛍が通された、中庭が見える寺務所で多香絵を待っていた。多香絵の姿を認めると、椅子から立ち上がり、

「多香絵ちゃん!」

と呼びかけて駆け寄って来た。

「元気だった?全然変わっていないじゃないか」

懐かしさに笑顔を見せる洋平とは対照的に、多香絵は自分の不義理を恥じ入った。

「本当にごめんなさい。洋平君があんなに私の為に証拠を集めたり大学と掛け合ってくれたのに、私ったら自分から絶縁するような事をしちゃって」

「そんな事、俺は気にしていないのに」

洋平は多香絵の背後にいる蛍に気がつくと、険しい顔をして蛍を責め立てた。

「あなたが三峰さんを追い詰めた。その自覚はあるんですか?」

「はい、責任は重々感じております」

蛍は頭を下げた。

「大体僕は最初から根津さんの事を危なっかしいと思っていましたよ」

なおも蛍を非難する洋平に対し、多香絵は割って入る。

「ちょっとやめてよ。根津さんは悪くないから!私が根津さんに記事にしてくれって頼んだの」

「それでも記事の書き方が・・・・。世間の批判が多香絵ちゃんに向くようになってしまったじゃないか」

洋平の抗議に蛍は弁解する。

「確かにもう少し第三者の証言を集めるべきでした。あの時は急いでいて。と言いますのも三峰さんが書類・・・・」

住職とその妻の前で書類送検と言いそうになって、蛍は口を噤む。そんな物騒な言葉は僧侶には聞かせられない。

「ここじゃ何ですから、帰りの車の中で話しませんか。三峰さんのご自宅までお送りしますので」


三人は住職とその妻に深く礼をして寺を辞した。

蛍は運転席、多香絵と洋平は後部座席で、三人は多香絵の住む船橋へ向けて出発だ。


後部座席で多香絵はぽつりぽつりと今までの事を話している。

「去年の秋頃金本と会っちゃって、どうしても許せなくってネットで金本を告発したら、その時点で根津さんから取材の申し込みを受けたの。金本からは警察に名誉毀損で被害届けを出されちゃって、だから根津さんに相談したんだ」

「そうか・・・・、でもこれからどうするの?」

洋平は心配そうに聞いた。多香絵は不安げに

「とにかく裁判所に呼び出された以上出廷するしかないかなぁ」

「大丈夫?」

「・・・うん」

多香絵はそう返事をしながらも憂鬱そうにため息をつく。蛍はルームミラーで二人を見ながら、

「四月三十日の第一回口頭弁論は三峰さんは行く必要はありませんよ。その日は弁護人さんにお任せして大丈夫です。具体的な審議は次回以降です。私は最初から傍聴するつもりですが」

「え、来て頂けるんですか?」

多香絵は身を乗り出す。

「勿論です。最後まで傍聴します。途中で三峰さんを放り投げるようなことは絶対にしません」

蛍はハンドルを握ったまま言う。

「僕だってそうだ。多香絵ちゃんを一人になんかさせるもんか」

と洋平。

「ありがとう」

多香絵は声を詰まらせて言った。そして思いついたように蛍に尋ねた。

「どうして根津さんは私なんかに関わりを持ってくれるんですか?」

蛍は考え考え、

「三峰さんのネットでの告発を見つけた時、これは大騒ぎになると分かりました。きっと世間の人たちが事件のあらましを知りたがると考え世間のニーズに先回りして三峰さんに取材を申し込んだのが最初です。今は違う気持ちで関わらせて頂いていますが」

「違う気持ち?」

多香絵と洋平は同時に聞いた。

「今は、犯罪被害者の気持ちとか、事件のその後を報道したいと思っています。私も多少の被害には遭った事がありますし」

「新聞に出ていましたよね。大丈夫だったんですか?」

洋平は聞いた。

「え、どう言う事?」

多香絵は蛍が遭った被害を知らなかった。蛍は説明した。

「男が家に押し入って来て、顔を二発拳骨で殴られて、首を絞められました」

「いつですか?」

「今年の三月です」

蛍がそう答えると多香絵は口を手で覆い、

「まさか、金本の報復じゃ」

「私もそう思ったんですけれど、実際に犯人を捕まえて調べても金本さんとの関りが掴めませんでした。警察が言うには政治犯気取りの無職ニートの犯行だと」

「そうだったんですか」

多香絵はそう相槌を打ちつつ、警察の見立てに納得せず金本を疑っているようだった。

「さっきお堂で三峰さんはおっしゃっていましたよね。自分がこの世に存在したから事件が起きてしまったと。私はそうは思いません。小さな偶然が重なって、落とし穴かエアポケットに入り込むように、犯罪被害者になるんじゃないでしょうか。私の場合はその日が自分の誕生日で、友達からプレゼントを郵送したと言うメールが来ていました。男がうちに来た時、てっきりプレゼントを持った宅配業者だと思ってドアチェーンを外してドアを開けてしまったんですよ」

「そんな・・・・・」

「もしかしたら犯人は私の誕生日を知っていて、その日はガードが緩くなると分かっていたのかなぁ、なんて。それとも黒幕が犯人に私の誕生日を教えたか」

「その黒幕に心当たりはあるんですか?」

洋平は聞いた。

「なんとなくは。でも確証はありません」

蛍は中国人諜報員・李朱亜の関係者だと思っている。多香絵は沈鬱な面持ちで黙り込んでしまう。

「至る所に落とし穴がある。本当にこの世は薄汚い世界ですよ」

蛍は諦めきった口調だ。

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