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ドブネズミ  作者: 山口 にま
第七章 補陀落
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補陀落寺

補陀落寺は海の近くにあるさっぱりとした寺だった。寺務所の呼び鈴を押すと、坊主頭の老人が出てきた。蛍が自分の名前を名乗ると、彼も

「住職の安西って言います」

と名乗った。電話で受けた印象通りの好々爺だった。蛍は名刺を出そうとするもJNP通信を辞めた自分には出すべき名刺がないことに気がついた。

 蛍は中に中に通された。

「三峰さんは・・・・?」

「お堂の掃除をしてもらっています」

と住職。

「やはり死に場所を探して?」

蛍の小声での問いに住職は固い顔で頷き、蛍に椅子を勧めた。縁側の窓から池とその奥に整備された墓地が見えた。

「三峰さんはどんな感じで保護されたんですか?」

「平日なのに若い女性が海に来て、変だなぁって気になっていたの。断崖の上を行ったり来たりで、あらこれは放っといちゃいかんと思って話しかけてみたんだわ。寺に来ないって誘ったら来てくれて、泊まってもらったんですよ」

「ご住職はいつも海へ?」

「そうね、時間がある時は。残念だけどこの辺り、自殺する人が多いから」

「じゃあご住職に会えなかったら、今頃三峰さんは…」

「これも仏様のご縁ですよ。ところであなた新聞社の方なの?」

「新聞ではありませんが記事を書いています」

「三峰さんのことも?」

「はい。書きました。三峰さんは記事のことで何か言っていましたか?」

「記事がどうのってことより、犯罪被害者になって今でも加害者と接点があるのが辛いって言っていましたね」

「そうでしょうね」

蛍は深くため息をついた。

「でもどうして私を呼んで頂けたのでしょうか?」

「三峰さんが呼んで下さいと。あなたならば今までの経緯が分かっているからって言ってましてね」

「こんなに私が傷つけてしまったのに」

蛍は唇を噛む。


 住職の案内で本堂に進むと、多香絵は四つん這いになって床を拭いているところだった。多香絵は蛍に気付くと立ち上がり

「わざわざ来てもらってごめんなさい」

済まなそうに詫びた。住職の妻と思わる小柄な女性がそばにいて、

「お友達がいらしたの?良かったわね。じゃあ、掃除が終わったら雑巾を干しておいてね」

と言って本堂から出て行った。

「みんな大袈裟よ」

多香絵は決まり悪く再び床を拭いた。

「別に死にたいとかじゃないですから。でもなーんか考えちゃって」

「金本さんのことですか?」

「金本のこととか色々。私が傷ついて、金本達も人生に汚点がついて、もうお互いに若くはないのに、未だに争って」

「長いですね」

「繰り返して考えるのは、何であの日私とかりんちゃんが被害に遭ったのかって事」

今の多香絵には何を言っても通り一遍の慰めだと思われてしまう。蛍は相槌打つだけで何も言わなかった。

「あの日に時計を巻き戻したいっていつも思っていた。そう考えているうちに、あのサークルに入らなきゃ良かったんじゃないかとか、自分があの女子大に通っていたから金本達と縁が出来てしまったんじゃないかとか考えちゃって、じゃあ、最初から私がいなければ私も被害に遭わなかったし、金本達だって前科者にならずに済んだのにって」

「三峰さん、それは違います。そもそも金本さん達が悪い気持ちを持ったのがいけないのであって・・・・・」

「もう誰のことも傷つけたくない」

多香絵は首を横に振って蛍の言葉を遮る。

「金本から三百万円を請求する訴訟を起こされてもう沢山だ、こんな人生ならもういらないと思った。昔犬吠岬に来たことを思い出して来ちゃったんですよね、会社に行かずに」

多香絵は床の汚れを確かめるように視線を落として、半ば諦め気味に、

「結局人生はつづくんですよ。月曜日には私は会社に出て、そして・・・・・」

「そして?」

蛍は多香絵の次の言葉を待った。多香絵は目を閉じて、苦しい息の下で言う。

「そして、私は四月三十日に、地方裁判所に出廷します」

蛍は多香絵のその決意を驚きを持って聞いた。

「ご住職から何か言われたんですか?」

「いいえ、自分で決めました。ただ、ご住職と話をしているうちに人の縁とか道って既に決まっていて、こうやって金本と争う事が定めだったんじゃないかなと思い至りました。こうなったら命まで取られるわけじゃなし、法廷で正々堂々自分の気持ちを伝えるしかありません」

「じゃあ、私が三峰さんのネット上の告発を見てしまったのも、定められた道だったのかも知れませんね」

「でも、本心では私はとても不安で・・・・・」

多香絵は胸の前で両手を握り締めた。その両手は震えている。多香絵は今にも泣き出しそうだ。

「私、絶対に三峰さんを一人にさせるようなことは・・・・」


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