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ドブネズミ  作者: 山口 にま
第六章 君のいないJNP通信
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ねぇどう思うよ、長谷川さん

 剣崎はあくまで由紀子の意に沿うつもりらしい。蛍は姿勢を正して、不吉な予言を聞くような気持ちで剣崎の次の言葉を待った。剣崎はテーブルに両手をついて、頭を下げた。

「根津、すまん!身を引いてくれ!」

「身を引くって・・・・・」

蛍は驚きで立ち上がった。

「根津が長谷川のパキスタン取材に多大に貢献して来たのは知っている。長谷川が撮影した画像をお前が結構な時間を割いて管理していたよな?長谷川が頻繁にお前にビデオ通話して来て、お前は深夜の残業中も、それこそプライベートな自宅でもキャスターさながら受け答えをして、それを録画していた。あの録画は長谷川の取材日誌として第一級の価値がある。そもそも長谷川への襲撃を誰よりも早く感知したのはお前だった」

「じゃあ何で私が身を引かなきゃいけないんですか?今長谷川さんの映像を編集している所なのに。最後まで私にやらせて下さいよ」

蛍は上から剣崎に言葉を浴びせる。剣崎は蛍を見上げるようにして、

「このままじゃ長谷川の映像が放映できないんだ」

「じゃあ奥さんが要求していることって私の解雇ですか?」

「解雇じゃない。ただ先方が色んな事を言っていてな」

「色んな事?」

「俺は社員のプライベートに口を挟まないぞ。奥さんとしては長谷川の家庭問題を報道された事を気にしてな。つまり自分が浮気されたと。それで子どもが好奇の目に晒されているのが辛いんだと」

「知りませんよ、私は」

蛍は目を三角にして剣崎を睨みつける。

「お前がJNP通信にいるとそう言う噂がいつまでも消えないし、お前の縁談にも差し障りがあると、こうだ」

「そんな心配、して下さらなくって結構ですよ!」

あの奥さんポルポトか?イメルダ夫人か?

ねえどう思うよ、長谷川さん。

こんな時なのに、蛍は未だに一騎に話しかける癖が抜けない。仕事で迷いが生じるとつい一騎の姿を探してしまうのだ。

一騎が命と引き換えに撮ってきた映像だ。放映して世界に一騎を再評価させたいと言う気持ちはもちろんある。しかし評価された所で一騎はいない。死後の評価などなんの意味があると言うのだろうか。一騎が評価されなくてもいい、世界中から蔑まれてもこの世にいて貰いたかった。

蛍の中で放映に対する熱意が急速に萎んでいった。日々会社に来て、一騎がいた席の隣に座り、一騎の撮って来た映像を編集する。こんな稀有な映像を残したのに何故肝心の一騎はいないんだろう。その疑問だけが蛍の中に駆け巡る。こんな事を続けていたらいつまで経っても一騎を忘れならない。

「さっきも言ったけれど、解雇じゃないんだ」

剣崎は蛍の気持ちが収まったのを見て取り、

「一度座れ」

と席を勧める。剣崎に言われて蛍は再び席に着く。

「週刊誌の方に移籍してはどうだろう?お前は今後もお得意のスクープを発表するならば雑誌のウェブ版に特化した会社の方が向いていないか?知り合いの編集長にお前のことを話したんだ。上司が殉職して仕事が少なくなりそうな社員がいると。実際長谷川がいなくなってうちの業務はかなり減ると思うぞ。その話をしたら是非こっちに来いと。待遇は今と同じだ。移籍するならばこっちは規定の退職金を出す。どうだ?」

週刊誌か。もうこの世に一騎はいない。どこに行った所で同じ事だ。

「まあ良いですよ」

蛍はぶっきらぼうに答えた。

「済まんな」

剣崎はこうべを垂れて指の腹で目頭の涙を押さえる。

「随分有給が残っているそうじゃないか。有給消化をして、そうだな来月ぐらいから移籍したらどうだ」

「そうですね」

「じゃあ明日にでも移籍先と話をして来い。よっぽどの事がなければ内定を出すと言っているし」

「引き継ぎは?」

「夕方香山が戻って来る。後は香山に任せろ」

六年も勤め、夜討ち朝駆けで取材に明け暮れ、盆暮れ正月も関係ない。そこまで尽くした会社にいともあっさり追い出されるのか。しかも撮影者の遺族という、報道とは無関係な人間の一存で。

とはいえ蛍に怒りも悲しみも何も湧き上がって来なかった。ここは思い出が多すぎる。蛍はもはや会社に何の未練もなかった。

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