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ドブネズミ  作者: 山口 にま
第六章 君のいないJNP通信
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由紀子のカード

 由紀子は自分の主張が何の法的根拠がないと分かっている。でも言わない訳にはいかない。娘を守るためだ。

「根津さんは長谷川が死んでも長谷川の部下のままですか?」

「部下というか、一騎さんの残務整理ぐらいはやらせるつもりですが」

「根津さんは長谷川の交際相手だったと世間からずっと言われるんですね」

「根津自身も困っていると思いますよ。否定してくれるはずの一騎さんは亡くなっていて」

「火消しはしないんですか?根津さんだっていいお年ですよね?長年上司と不倫関係であったと言われ続けたら彼女の縁談に差し障りがあるんじゃないんですか?」

「それはごもっとで」

「根津さんが交際相手で、私ども家族は何と言われ続けるんですか?私は浮気された妻だとずっと言われるのですか?」

「会社としても本当に困惑しております。一騎さんが亡くなって社の存続さえ危ぶまれている中で、何で根津が交際相手だと報道されるのか。もちろん一番胸を痛めてらっしゃるのはご遺族だと重々承知しております。このような浮ついた噂が出てしまうのは、私の監督不行き届きが原因です。誠に申し訳ございません」

剣崎は頭を下げた。

由紀子は思う。私は長谷川一騎の妻であり遺族だ。一騎の権利も意思も今や全て私の中にある。遺族として遺体を引き取り嫌な目にも沢山遭って来た。それなのに遺族としての権利主張は許されないなどそんな事はあるものか。

由紀子は剣崎を見据えながら言った。

「根津さんが御社にいる以上、御社を信用して映像を託す事は出来かねます」

これは指輪の呪いだと剣崎は思った。彼は上目遣いで由紀子を見て、

「その結果、一騎さんの撮影した映像が日の目を見なくなることになっても?」

それは剣崎からの脅迫だった。しかし受け取る由紀子は脅迫とは思っていない。一騎の映像が日の目を見ないこと、そのような結末は由紀子にとって願ったり叶ったりだ。彼女は剣崎のカードに自分のカードを重ねて出すようにして、言った。

「子どもを世間の目から守る、これ以上に大事な事があるとでも?」


 絶対に負けられないと思っている剣崎と、いつでもゲームから降りてもいいと思っている由紀子、闘いは当然由紀の有利に進む。劣勢になったら由紀子はゲームの終了を宣言してしまえばいいのだから。ゲームが終わったら映像の使用許可の交渉はストップだ。

僅差であっても勝ちたい、もし負けであっても失点を抑えた負け方をしたい。今や剣崎は勝ち方ではなく負け方にこだわる様になって行った。

「分かりました」

剣崎は手持ちの札を全て表に向けてさらけ出す。

「今の話、一度持ち帰らせて頂いても良いでしょうか?」

「もちろんです」

由紀子は既に勝者の笑みを浮かべている。

根津蛍の首を差し出すか、一騎の映像の放映を諦めるか、剣崎が選ぶのは二つに一つだ。剣崎は最後に由紀子を見つめて確かめる。

「由紀子さん、ご主人の最後の仕事ですよ。是非放映したいですよね?」

「長谷川が命と引き換えに撮った映像ですから」

由紀子はその感動的なセリフを平坦な口調で言った。

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