嫌われ者、上等
昼過ぎに蛍達はJNP通信に戻った。蛍は農民のデモを夕方のニュースの流すための編集に取り掛かる。上司の長谷川一騎は蛍の隣のデスクに着いて言った。
「おい、そのジャケット臭うぞ」
「まだ臭いますか?さっき濡れタオルで拭いたんですけど」
蛍は改めてジャケットに顔を近づける。
「私達なんであんなに嫌われるんですかね」
「しつこいからじゃないか」
「長谷川さんが一番嫌われているのになんで私が牛のフンを浴びるかな」
「油断するお前が悪い」
あんたがドブネズミの親玉の癖に。そう蛍は心の中で突っ込んだ。
長谷川は無遠慮に蛍の顔を覗き込み、言う。
「そう言えば君、顔から毒が抜けたな」
「あ、元に戻したんですよ。あの顔と体じゃ目立ちすぎて取材に差し障りがありますので」
「人造人間感半端なかったもんな」
長谷川はそう言ってせせら笑う。
「そうですか?私としては楊貴妃もかくやの美女になったつもりだったんですけれど」
「それはそうと、君、上条昇の件はどうなった?」
長谷川は聞いた。
「進んでいません。震災取材が入ったので」
蛍は弁解する。
「急がないとあの中国女、国際指名手配されるぞ。手配がかかる予感がしたら秒速で国外逃亡されるからな」
「そうですよねー。分かっているんですけれど。実は私、自分の正体を見破られて」
「上条に?」
「上条にも上条の秘書達にも」
言いにくそうに蛍は言った。
「やっちまったか。しかしお前も有名人になったな」
「有名人なんかになりたくありません。一応彼の自宅は押さえたから張り込んでおけば写真が撮れるかなぁ」
蛍が上条のマンションに上がり込もうとしたのには二つの理由があった。まず、上条の自宅に盗聴機が仕掛けられていないか調べるため。そして、上条の周辺にどの程度の機密が転がっているか確かめる為だった。
「上条になんかされたか?」
長谷川は聞いた。
「まだホテルとか行っていないから大丈夫です。それに・・・・」
「それに?」
「いえ、何でもないです」
蛍は言葉を飲み込む。上条は降圧剤を飲んでいるから男性としての機能が働かないとの噂があった。勿論そんな破廉恥な話はクリスチャンの長谷川には言えないが。
「日々の業務を免除して君を上条の案件に集中させてやってんだから、李朱亜に逃げられましたじゃすまねぇんだからな」
長谷川は蛍に念を押した。