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ドブネズミ  作者: 山口 にま
第六章 君のいないJNP通信
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Nと言う女

『火宅の人』の内容はこうだった。

「長谷川一騎氏の『出世作』と言えば、フィリピンのスラム住民の日常を追ったドキュメンタリー映画だろう。氏はこの作品を経てJNP通信に入社する。単身で神戸から上京し、逝去まで九年間東京で活動した。


『一応単身赴任で上京と言うことになっていますが、九年間も単身赴任するサラリーマンなんて聞いた事ありませんよ。実際は奥さんとの別居ですよ。九年間殆ど神戸には帰っていなかったようですよ。別居の理由?長谷川氏がフィリピンで現地妻を作ったからですよ』報道関係者は声をひそめる。


『長谷川氏の公私に渡るパートナーはNと言う女性ジャーナリストです。二人は数年前から男女の関係になっており、最近では大っぴらに同棲していましたよ』とは前述の報道関係者の言。


長谷川氏とその妻はかねてから離婚に向けた協議を重ねていた。長谷川氏のパキスタン渡航前には離婚の合意に至り、離婚届まで作成済みだったと言う。結局離婚届を提出しないまま長谷川氏は逝去する。

『そりゃ、死別シングルマザーと離別では経済的恩恵がまるで違いますからね。前者ならば相続権もあるし、遺族年金も貰える。奥さん、最後に粘り勝ちですな』そう言って報道関係者は苦笑した。

長谷川氏には中学生になる娘がいると言う。実態はどうであったにせよ、最後に長谷川氏の遺体をパキスタンまで引き取りに行ったのは離婚に合意した妻である。長谷川氏の逝去をきっかけに家族が再び集結したとすれば皮肉な話である。」


ここでもNについて書かれている。Nとは根津蛍のことだと由紀子は分かる。 記事の根底に流れるのは、一騎とその家族に対する悪意だけである。一番腹立たしいのは、悪意に基づく憶測記事でありながら一部は真実だと言うことだ。これらの記事は数百円で誰でも購入できる。しなのはこれを読んだのだろうか。しなのだけではない。しなのの担任、学校の保護者、由紀子の知り合い、同僚。みんなこれを読んでどう思ったであろうか?

この記事を読んだ知り合い達は、「由紀子さんのとこ、大変だったんじゃなぁ」と思うだろう。ちょっとだけ笑いながら。


『火宅の人』で言う「報道関係者」で心当たりは一人しかいない。

根津蛍だ。


彼女ならば一騎と由紀子の離婚話を知っていてもおかしくはないし、自分の事だからこそ「公私のパートナー」と喧伝したいだろう。第一彼女には由紀子に悪意を持つ動機がある。情報提供者どころか、根津蛍自身がこの記事を書いたとしか思えなかった。


夫がいたのはこんなに恐ろしい世界だったのか。由紀子は改めて一騎の生前に離婚をしておかなかった事を悔やんだ。

由紀子は感情に任せ、一騎の血がついた衣服をまとめてビニール袋に突っ込んだ。明日の可燃ゴミに出すつもりだ。

一騎、これでさようならや。やっとあなたと別れられる。別れるのに九年がかりだったわ。あなたの事はもう忘れる。世界中のみんながあなたを忘れるようにしてあげる。あなたが好き勝手した結果ででしなのが好奇の目に晒されているんや。あなただってしなのを守りたいやろ?


由紀子の気持ちは決まっていた。

 世界中から長谷川一騎の記憶を消し去る、わが子を守るためだ。

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