由紀子が一騎を取り戻す時
「しなの、なあ聞いてや」
もうこの子には隠せない、由紀子は思う。
「ちょっと座ろうか」
由紀子は娘をソファーに導いた。
「あなたが言ったこと、本当のこともあれば本当じゃないこともある」
母親の言葉にしなのは固い表情で頷いた。
「お父さんとお母さんがうまく行っていなくて、離婚しようとしていたのは本当や。黙っていてごめんな」
「・・・分かっていた」
「でもお母さんが、お父さんを死ぬのを待っていたなんて絶対に嘘や。それだけは絶対にない!神様に誓って言えるわ。なんでお母さんがお父さんを死ぬのを待つ必要があるん?」
「イサンとかお金の為・・・」
しなのは言いにくそうに言った。ませた同級生の受け売りのような口調だった。
「あのな、お金のことは元々心配ないんやで。例えばこの家。お母さんのジジとババが半分以上お金を出しくれたんやで。残りのお金はお父さんとお母さんで払って、もう払い終わっている。そいでな、お父さんと話し合って持ち主をお母さんにしてもらったんや。勿論役所にもそう届けてある。お父さんが生きていても死んでいても、ここはお母さんの家や。それから、しなのの大学までのお金はずっとお父さんが払うと約束してあった。ただな、お父さん、自分がパキスタンで死んだらしなのの学費を払えんと思ったんやろ。だからな、お父さんはパキスタンに行く前に生命保険をかけて、しなのの大学までの学費を作ってくれたんやで。だからお金の為にお父さんが死ぬのを待っていたなんて大嘘や」
しなのは母親の言葉に嘘はないと感じ取ったか、少しだけ安堵の表情を見せた。由紀子は続ける、
「お母さんも予感はあった。お父さんが生きて帰れないことを。もちろんお父さんが死ぬ事を待っていたなんてことは絶対にあらへんよ。ただな、何て言うか・・・・」
しなのは母親の次の言葉を待っている。由紀子は一句一句区切りながら、
「お母さんな、もしお父さんが死んだら、お父さんがお母さんのところに戻って来てくれると思ったんや。だからお父さんがパキスタンにいる間は夫婦でいたかったんや」
そこまで言って由紀子は目頭を押さえた。
「それでも、お父さんは死んでもお母さんのところには帰って来なかった。遺体だってカトリックのお墓じゃない。お母さんが死んでもお父さんとは違うお墓や。でもな、お父さんはしなのを残してくれた。それだけで十分や」
由紀子は優しくしなのを抱きしめた。しなのは母親に身を預け、その胸の中で涙をぬぐった。由紀子は息を一つ吐くと
「お母さん疲れたわ。もうご飯を作る気になれん。外食でもせえへん?それともお寿司でも取る?」
「外食・・・」
しなのは頬に涙の後を残しながら。答えた
「駅前のイタリアンでええ?しなの、着替えておいで。お父さんの思い出話しをしたいんや」
由紀子は明るい声でしなのを促した。