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ドブネズミ  作者: 山口 にま
第一章 だからみんなに嫌われる
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農民の反撃

爆発事故を起こした原発の避難区域は放射能汚染が深刻で、農作物に壊滅的な被害が出た。避難地域の農家が電力会社に経済的な損失を補償させるべく電力会社本社前で抗議活動を行うことになった。被災地取材の一環として長谷川、香山、蛍は電力会社前に向かった。

想像以上に規模の大きいデモ行進だった。数百人のデモ隊は二キロ離れた公園から電力会社まで歩いた。避難地域から連れてきた牛まで列に加わり、沿道の人々のど肝を抜いた。

「電力会社は放射能汚染の責任を取れ!」

「米も売れねぇ、魚も売れねぇ、牛乳は廃棄処分。乳牛は屠殺場行き。俺たちは電力会社を許さねぇ!」

「許さねぇ!」

「ふるさとを失った俺たちの苦しみを思い知れ!」

「思い知れ!」

農民達の呪詛の言葉は続いた。彼らは農民一揆をなぞるように、「怒」と墨書されたむしろを幟代わりに掲げていた。蛍は一眼レフのシャッターを切り、香山は業務用ビデオカメラを回し続けた。長谷川はレポーターよろしくデモの様子を言葉で伝え、時にデモの参加者や沿道の人々にインタビューを試みた。


数百人のデモ行進は電力会社会社に到着し、さらなる抗議のシュプレヒコールが続く。

「電力会社は俺たちを殺す気か!」

「殺す気か!」

その後は代表者の口上を述べた。

「我々の親は満州開拓団の引き上げ組だ。満州から引き揚げ、東北の地に根を張り、田畑ば開墾し、政府や電力会社に懇願されて原発まで引き受け、一所懸命やってきた。それなのに原発事故で先祖代々の苦労も努力も一瞬で駄目になった。全ての責任は電力会社にある。我々はここに、電力会社に強く抗議し、原発事故がもたらした全ての損失を補償することを要求する」

「電力会社は速やかに補償協議のテーブルに着け」

「電力会社社長は今すぐ俺たちに謝罪しろ!」

「謝罪しろ!」

蛍達は抗議団の後方に回り込み、比較的冷静な農民に声をかけた。長谷川は一人の農民にマイクを向ける。

「政府や電力会社に最も訴えたいことは何でしょうか?」

その問いかけに農民は

「先代の時代からこつこつやって来た酪農が一瞬で駄目になった。その悔しさを訴えたい。それだけ」

と朴訥な口調で言った。

「原発事故で一番困っていることは何ですか?」

その問いの返答に農民は考えてあぐね

「まぁ生活の全てが困っているべな。住んでいる所から追い立てられて、すぐに戻れるって思ったらそんなことはなぐって、んで、丹精込めて作った農作物は汚染されてっからって言われ捨てるしかなぐなって。全部が全部困ってる」

インタビューの間、蛍は農民の間を流れる空気が変わって来ている事を感じた。農民達はコソコソと耳打ちし合い険しい顔で長谷川達を見やった。

「こいつ、テレビに出ていた奴だべ」

「俺たちの村に一番乗りした奴らだ」

「原発が爆発するのを待ち構えていた」

「こいつらの報道で俺たちの農作物は風評被害に遭っているんだ」

農民達は明らかに蛍達を敵対している。

街路樹に繋がれて休んでいる牛が臀部を震わせて尻尾を上げた。排便の前兆だ。酪農家と思われる一人の男が牛の尻に大きな塵取りをあてがうと、牛はその上に排便した。男は路傍の麻袋に糞を捨てようとしたが、その手を止めて蛍達の方へ向かった来た。男は忿怒の色を目に宿し、

「俺たちの不幸を金儲けに使いやがって」

と叫んで塵取りの糞を蛍達の方へ放り投げた。まともに糞を食らいそうになった香山は身を翻した。香山の後ろにいた蛍は糞をぶつけられ、カメラを抱えたまま汚れたジャケットを呆然と見つめた。間髪入れず他社のカメラマン達が群がって来た。メディアの食い物にされていた農民は反撃に出たのだ。その反撃をうけた蛍に対して、数多のジャーナリスト達は遠慮なくカメラを向けた。



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