神戸の教会
JNP通信の車は大阪市街地を目指した。由紀子の手足は震えている。
「驚かせてしまって申し訳ございません。メディアの取材は大概こんな物なんですよ」
剣崎は言った。
「あの、葬儀式もこんな風になるんですか?」
由紀子は声も震わせて聞いた。
「はい、ものすごい数のメディアがお葬式に来ると思いますよ」
剣崎の答えは由紀子を怯えさせた。由紀子の震えはいつまでも止まらなかった。
剣崎は切り出した。
「お葬式のことなんですけどね。本当に教会でやって大丈夫なんですか」
「カトリックが家の宗教ですし、長谷川家の墓自体がカトリックなので」
それしか選択肢がないと言わんばかりに由紀子は答えた。剣崎は難しい顔で黙り込む。そして意を決して
「ご主人の改宗のこと、結構みんなに知られてしまっているのですよ。武藤さんまで知っているのには驚きました」
「そうですか」
「それでですね、もしご主人本人とは違う宗教でお葬式をした場合、マスコミから奥様に問い合わせが来ると思いますが、対応できますか?」
「そんなことまで?」
由紀子は愕然とする。
「マスコミは記事になると思えば色んなことを調べますよ」
「でも、家の宗教で葬儀式をするのは一般的で」
由紀子は反論する。
「ええ、分かります。ところで長谷川家のお墓ってどんなお墓なんですか」
「どんなって、宗教を問わない霊園にあって、墓石だけがカトリックの」
「火葬ですよね?」
「ええそうです」
由紀子がそう答えると剣崎は困った顔で、
「ご存知かもしれませんが、ムスリムは最後の審判の日の蘇りを信じていて、その日に遺体がないことは信仰が成立しないのですよ」
「それって・・・・」
「火葬だけは許されないのです。実は昨日パキスタンからご主人の親御さんとお電話でお話をさせて頂きました。本人が改宗してしまったのならばもうカトリックの葬式には拘らない、自分たちが式に参列できて墓参りが出来たらそれでいい、そう親御さんはおっしゃっていました」
「でも私たち、イスラム教の方とお付き合いが無いのでどうしたら・・・」
後から後からトラブルが湧いて出る。由紀子は泣きそうだ。
「ご安心ください。ムスリムのお葬式を扱う葬儀社が大阪にありますし、和歌山にムスリムの方を受け入れる霊園もあります。そこは土葬なんですよ。一騎さんがどの程度イスラムに信心していたか分かりませんよ。でも少しでも世間から疑問を持たれることは避けた方が賢明かと。自分の業界を悪く言うわけじゃないですけれど、マスコミは結構意地悪ですよ。取材のためならば家にも職場にも来ますからね」
由紀は武藤親子のことを考えた。彼らはパキスタンで由紀子の気持ちを慰めるようにそれはそれは心を砕いてくれた。しかしその優しさは一騎をムスリムの同胞だと思ったからではないだろうか。それなのに日本で違う宗教で弔われたと知ったら?彼らは黙ってはいないだろう。照子はエネルギーの塊のような女性だ。そのエネルギーを怒りに変えられたら堪らない。
小さな頃から通った神戸の教会。そこで一騎と知り合い、結婚式もそこ。多くの教会仲間が駆けつけてくれた、小さいけれど温かい結婚パーティー。一騎が行方不明になってからは仲間達は教会に集って一騎の為に祈っているという。あの教会こそ一騎と自分を繋ぐ唯一の絆だったと言うのに。その絆を由紀から断ち切れと言うのか。




