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ドブネズミ  作者: 山口 にま
第五章 根津さん、聞こえますか?
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メディア集結

磨りガラスの自動ドアが開いた途端、由紀子は幾千もの稲光を見る。しかしそれは稲光ではなく、由紀子と剣崎に対して焚かれた数多ものフラッシュだった。彼等を待ち受けていたのはJNP通信だけではない。日本中のメディアが集結したのかと思われるような数だった。由紀子は足がすくんで歩けない。しかし到着ロビーに出て来る他の旅行者に押し出されるようにしてカメラの前に出た。打ち合わせをしていたのかJNP通信の社員が出て来て剣崎からカートを引き取った。剣崎は軽く由紀の腰を押して由紀子を前へと導く。そして落ち着いた様子でカメラをゆっくりと見渡し、各社に撮影の時間を与える。メディアスクラムの最前列に陣取っているのは蛍と香山である。香山は泣き疲れて最早魂が抜けたような顔をしている。蛍は顔面蒼白だ。その姿は蛍を一層色白に見せて、由紀子は蛍への憎しみを新たにする。

一頻りフラッシュの礫がやむと、剣崎は口を開いた。

「本日無事に弊社社員、長谷川一騎の遺体を日本に連れて帰る事が出来ました。外務省を始め、パキスタンの日本大使館、関係省庁、その他ご協力頂いた全ての方にこの場をお借りして篤く御礼申し上げます。誠にありがとうございました」

剣崎は深くこうべを垂れた。それに倣って由紀子も頭を下げる。再びフラッシュが雷鳴のように焚かれる。蛍は何の光もない目でシャッターを切り、香山は肩にテレビカメラを担いで撮影を続ける。浅い女だと由紀子は蛍を軽蔑する。二三度一騎の家に泊まっただけで一騎の全てを知った気持ちになって。

「長谷川が銃で襲撃されたと聞き、遺体の損傷、特に身元確認に重要な顔の損傷が激しいのではと危惧しましたが、実際にペシャワールの警察で遺体と対面すると、顔に銃創はほとんどなく、非常に綺麗な状態でした。また苦しんだ様子もなく死に顔はまるで眠っているみたいで、私は奇跡を願って起きろよと声をかけ、でもやはり奇跡は起こらず、失礼・・・」

剣崎は言葉を続ける事が出来なかった。彼はカメラから背を向けて涙を堪えた。その背中にもシャッターは切られた。由紀子一人がカメラに顔を向けている形となる。

「奥様にご質問です。ご主人のご遺体に何とお声がけしましたか?」

「あ、あの、お帰りなさいと」

質問に答えた由紀子に遠慮なくフラッシュが焚かれる。由紀子は思わず目を閉じた。

「一騎さんがパキスタンに旅立つ前にどのような会話を交わしたか覚えていらっしゃいますか?」

離婚しましょうと言った、とカメラの前で答えられるはずはない。由紀子は黙って頭を下げ続けるしかなかった。犯罪を犯したわけでもないのになんで私が尋問を受けて撮影されるのかと由紀子は悔しく思った。逆に不倫という罪を犯した根津蛍は裁く側にいるかのように由紀子の姿をさらし者にしているのだ。

 気持ちを持ち直した剣崎は、メディアと由紀の間に割って入り、

「奥様は長旅で疲れてらっしゃいますので、個別の質問はちょっと」

と報道陣を牽制した。

「今後長谷川の遺体は司法解剖に回されます。告別式の日取りなど今後の事は追ってアナウンスいたします。これから警察や外務省との打ち合わせ等がございますので、手短な報告だけで本日のところは失礼いたします」

剣崎は再び頭を下げた。JNP通信の男性社員が二人の前に立ち塞がり、剣崎と由紀子をメディアから遮断した。社員は二人を空港外へと誘導し、会社が用意した車に乗せた。報道陣は二人を追って来る事はなかった。

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