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ドブネズミ  作者: 山口 にま
第五章 根津さん、聞こえますか?
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関西国際空港

午後十一時二十分にタイ国際航空はイスラマバードを出発した。十歳も年上の、夫の上司というだけの縁の男との旅は由紀子を激しく摩耗させた。早朝のバンコクでトランジット。睡眠は細切れになり由紀子は疲れと睡眠不足で死にそうだ。

午後四時に飛行機は関西国際空港に到着した。もう少しで我が家に着くと由紀子は自分を奮い立たせる。


同じ頃報道陣は関西国際空港内の貨物搬出口に集結していた。その中には蛍と香山の姿があった。彼等が待っているのは一騎の棺を搭載しているタイ国際航空機だ。

定刻通りに飛行機は着陸し、コンテナから荷物が搬出された。

蛍はマイクを手にカメラの前に立った。

「タイ国際航空は今関西国際空港に到着しました。JNP通信社員、長谷川一騎の遺体が・・・・」

蛍は一騎を思うだけで膝が崩れそうになる。蛍は強くマイクを握りしめ、

「JNP通信社員、長谷川一騎の遺体が日本に到着しました」

涙を堪えようとすると今度は声が出て来ない。蛍は出て来る涙を止めることなく、実況を続ける。一騎の棺が搬出されて、貨物コンテナローターに乗り、地上に下された。西日の中で十人ほどの空港職員がこうべを垂れて一騎の棺を出迎える。

「長谷川一騎、無言の帰国です。目的半ばにして長谷川一騎の亡骸は日本に帰国いたしました」

涙ながらに実況を続ける蛍と、それを撮影する香山。他社の記者は泣いている二人にカメラを向けた

普段ドブネズミと呼ばれ忌み嫌われている蛍達であったが、仲間の死を悼む彼等の姿は多くのメディアの同情を買い、また涙を誘った。仲間の殉死、それはどのメディアにも無縁の話ではない。全てのメディアが一騎の早すぎる死を惜しんだ。

飛行機の側には既に警察車両が待機している。警察は敬礼をもって一騎を出迎え、その棺を車両に乗せた。

「長谷川一騎の遺体はこれから司法解剖に回されます。長谷川一騎の遺体が警察に渡されました」

蛍は実況を続ける事に精一杯で、滂沱と流れる涙に拘泥しているいとまはない。蛍はカメラを睨みつけながら言った。

「ジャーナリスト長谷川一騎、享年三十九歳、パキスタン北西辺境州で散りました。以上関西国際空港から中継でした」

最後は叫びに近かった。一騎の棺を乗せた警察車両は一度クラクションを鳴らして発進した。


由紀子は自分のスーツケースがベルトコンベアーで運ばれて来るのを待っている。携帯で話を終えた剣崎は由紀子に言った。

「ご主人のご遺体も無事に関空に到着しています」

剣崎からの報告に由紀子は胸をなでおろす。剣崎は続けた。

「到着ロビーで報道が待っています。撮影がありますけれど、良いですか?」

「またですか?」

由紀子は露骨に嫌な顔をする。

「ご主人の遺体を持ち帰る事が出来た事をメディアを通じて報告しなければいけません。同時に協力してくれた関係省庁にお礼を言って、更にお葬式とかお別れ会の予定がまだ立たないので追ってアナウンスする旨も伝えます。全て私が言いますので、奥様はそばにいるだけで良いです」

「必要なんですよねぇ?」

由紀子はため息混じりに聞いた。

「そうなんですよ。やっぱり一騎さんの事がニュースになりましたので、皆さんに報告しないことには」

「お化粧を直して来て良いですか?」

「どうぞ」

由紀子は化粧室へと向かった。日焼けと長時間のフライトで由紀の肌は荒れている。ファンデーションを塗れば塗るほど毛穴の開きと小じわが目立つようだ。最後の悪あがきで太めにアイラインを入れ、艶の出るリップグロスを唇に塗った。

報道と言ってもどうせ一騎のいたJNP通信だけだろう。根津蛍が実況中継するんやろうな、嫌やなぁ。由紀子は頬紅を入れながら思った。


化粧室から出ると、既に由紀子と一騎の荷物は出ていた。剣崎はカートにスーツケースを積んでいる。

「到着ロビーに着いたら、荷物をカートごとうちの社員に預けて下さい。会社の車が迎えに来ています。撮影を終えたら会社の車で帰りましょう」

剣崎は入国後の流れを説明した。

「さあ行きますよ」

剣崎は自らを鼓舞するように言った。随分とこの人はいきり立っている。由紀子は半ば呆れた気持ちでカートを押す剣崎について行った。

税関で形ばかりの質問を受け、やっと旅の終わりが見えて来た。由紀は大きく息をついて、磨りガラスの向こう側の、到着ロビーへと出た。



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