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ドブネズミ  作者: 山口 にま
第一章 だからみんなに嫌われる
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原発特需

蛍達が撮影して来た映像はテレビ局に買い取られ、夕方のニュース番組で全国に放送された。


「これ以上は危険です。原発には近づかないで下さい」

防御服を着た長谷川は乗用車の運転席に身を乗り入れる様に警告を発している。

「患者さんに安定ヨウ素を服用させる予定はあるのでしょうか」

医師に嫌な顔をされながらも詰め寄る長谷川。


「すごい!長谷川一騎オンステージよ、オンステージ!」

会社で番組を観ていた蛍が茶化す。長谷川もまんざらでもなく、

「ま、俺の生き様やジャーナリスト魂が滲み出て来るようなレポートだっただろう?これが俺の実力よ」

と胸を張る。蛍は今度は剣崎に向かい、媚びを含んだ口調で言った。

「ねぇ剣崎さん、私ここ数年まともなボーナスを頂いていないんですけれど」

剣崎は

「今度のボーナスは期待しとけ」

と満面の笑みで応じる。

剣崎は自社が大手メディアを出し抜いて原発爆発の現場を押さえて来たことが嬉しくってたまらない。


「来週も被災地に取材に行けよ」

剣崎は言った。えーまたですかぁと香山は露骨に嫌な顔をする。

「行ってもいいですけれど、今はメディアが被災地に殺到していますから、目新しい記事は書けないと思いますよ」

長谷川は気乗りしない顔で答える。

「目新しくなくてもいい。俺達は原発事故の取材に一番乗りしたんだ。取材を続けない訳には行かないだろうがよ」

これが剣崎の言い分だ。

「一年後には本でも出すんですか?ジャーナリストからみた原発事故の一年、とか銘打って」

からかい半分に蛍が言うと、

「お、それはいいアイディアだ。お前達だけが撮った写真もいっぱいあるんだろう。よし、オールカラーで未公開写真をバンバン載せるぞ。お前ら、来週と言わず明日にでもまた被災地に戻って写真を撮りまくってこい!」

降って湧いた原発特需に剣崎は乗っかるつもりだった。

また車内泊か。体力ばかりが消耗される被災地取材を思うと蛍は気が重くなるのだった。


 被災地には様々な人種が集まって来る。横並び意識の強い日本メディア、スクープ狙いの自称フリージャーナリスト、ボランティア、土建屋、そして政治家。蛍は剣崎に命じられたまま数度の被災地取材を重ねた。しかし長谷川が言う通り、目新しい事件など何も起きはしない。蛍達がすることはと言えば、政府や電力会社からの公的発表を記事にするぐらいだ。


そんな折、被災地に経済産業大臣が視察に訪れるとの情報が入った。大臣の視察など単なるセレモニーである。珍しい写真が撮れるとは思わなかったが他のメディアが取材に行っている以上、蛍の会社も追随しない訳には行かない。蛍達JNP通信の社員は視察の舞台となる被災地の村役場に向かい、カメラを構えて大臣の登場を待った。

予定より早く大臣を乗せた大型ジープが到着した。蛍はカメラを構える。ジープから降りて来た男の姿をファインダー越しに見て、蛍は目を疑った。ジープから続けて降りてきた経済産業省職員が集まったメディアに説明するように声をあげた。

「本日は小森谷経済産業大臣が視察に訪れる予定でしたが、急用のため上条大臣政務官が代理として視察いたします」

上条大臣政務官、そう、蛍が色仕掛けで情報を得ようとした男だ。その名を聞いた彼女は上条昇の唇の感触を思い出し、背中がぞわぞわとした。改めて手の甲で唇を拭うと、被っていた帽子を更に目深に被り直した。役所前で大仰に出迎える村長と、それに応じる上条。集まったメディアに撮影の機会を与えるために二人の男達は動きを止めた。上条がメディアを見渡した時、上条は蛍を認めた。やはり秘書の言う通りだ。恋人だと思っていた女はジャーナリストだったのか。

 彼は一瞬驚愕の表情を見せ、その後こわばった顔でそそくさと役場に入った行った。蛍の姿を認めたのは上条だけではなく、上条の秘書もだった。今日は秘書一人が同行のようだ。秘書は射抜くような眼差しで蛍を睨みつける。


最悪だ。蛍は舌打ちをする。一番怖いのは上条がメディアの動きを警戒して李 朱亜との接触を断つことだ。なんとか上条と朱亜の密会現場を写真に収めなくては。蛍はなんの実入りのない被災地取材など放り出して上条を追跡したいと強く思った。

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