溺れる犬には
数日後、一騎からビデオ通話がかか ってきた。蛍は自分のタブレットで受信する。
「よお蛍。少しは良くなったか?」
砕けた口調で話しかけてくる一騎。この会話は私用で録画不要と言う事か。蛍も勤務時間外の態度で
「うん良くなった」
「そうか、顔の腫れも引いてきたな。目は?まだ痛むか?」
「もう平気」
蛍は未だ一騎のマンションだ。
「ごめんね、まだ居座っていて」
そうは言うが、彼女は自分のシャンプーを既に風呂場に置いていた。
「私、自分のマンションを引き払おうと思う。また誰か襲撃しそうな気がして気持ちが悪い」
「そうだな」
「だから新しい部屋を探しているんだ」
「引越しったらまとまった金が必要だろう」
「仕方ないよ。安全には代えられない。それに少しぐらいは貯金もあるし」
「今すぐ新しい家を探さなくっても良いだろうが。俺の家にいろ」
「良いのかしら?」
「いつまでもいろ。何なら一生居座っても良いんだぞ」
一生?結婚という意味か?蛍は返答に詰まり黙ってしまう。一騎も急に恥ずかしくなったのか、
「おい、重く取るなよ」
と焦って言う。一騎は居ずまいを正し、改まった口調で、
「これからの事は、俺が帰国したら色々話そうよ」
と蛍の顔を覗き込みながら言った。
「そうだね」
「だから今は引越しとか考えなくて良いよ。とりあえず君の部屋はそのままにしておけ」
「うん。ありがとう。そうそう、一騎さんが撮って来た映像を見たよ。すごいよあんな・・・・」
蛍がそう急き込んで言うと、一騎は自分の唇に人差し指を当てた。
「しー傍受されているかも知れないし」
「あ、ごめんなさい」
「俺もそこまで気にしているわけじゃないけどな。まあ念の為」
「それから三峰さんのことなんだけど」
「どうなった?」
「不起訴だって」
「良かったな」
一騎は笑顔を見せる。
「報道の事で三峰さんを随分傷つけてしまったから、起訴だけは勘弁してもらいたかった。これ以上は可哀想過ぎる」
蛍は一度言葉を区切って、
「なんで世間は被害者にばかり注目するのかなぁ。どう考えても悪いのは金本なのに」
一騎は心配そうな顔で蛍を見る。
「君こそ大丈夫か?メンタルやられていないか心配なんだけれど」
「その辺は平気。ジャーナリストとして残酷な事は慣れている。それに他人の不幸は蜜に味じゃない?溺れている犬には石を投げないまでもみんなで見に行くわけよ。まあ私も他人の不幸を飯の種にしていたところもあったから、それの焼きが回って来たってところかしら」
蛍は自嘲気味に言ってみた。
「蛍の報道はそんなんじゃないよ」
一騎はいささか怒った顔で蛍の言葉を否定する。