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ドブネズミ  作者: 山口 にま
第四章 スクープを求めてパキスタン辺境州
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蛍、取材を受ける

「ジャーナリスト根津蛍さん暴行される。

JNP通信所属の根津蛍さん(三十四)が今月十日午後八時ごろ、宅配業者を装って家に押し入った男に殴る首を絞められるなどの暴行を受け、全治一週間の怪我を負った。

傷害の疑いで逮捕されたのは千葉県千葉市在住、無職福本隆一容疑者(二十六)。警察の調べに対して福本容疑者は『根津さんが書いた記事の内容をけしからんと思った。根津さんにならば何をしても良いと思った』と話し容疑を認めていると言う。 福本容疑者は千葉市内の神社にライターで放火をした前科がある。」

 犯人逮捕の翌日、事件が新聞に載った。蛍は震える手で新聞を持ち、何度も読み返した。性犯罪であったことと、犯人の「根津蛍は嫌われているから何をしてもいい」と言う供述は書いておらず、蛍は心底安堵した。


その日埼玉県内で強盗事件があり、蛍は取材のために香山と現場に駆けつけた。濃い化粧と色付きレンズの眼鏡で顔の痣を隠して。

現場は他社の記者も集まりメディアスクラムが組まれていた。一通りの取材を終え、香山が社用車を取りに場を離れたところで、蛍は顔見知りの女性記者に話しかけられた。

「ご自宅で暴行を受けたと言うお話ですが」

その声を合図にするように、数台のカメラが蛍に向けられる。この女余計な事を聞きやがってと蛍は内心舌打ちするも、囲み会見が始まってしまった以上世間の思うところのドブネズミ振りを見せてやらねばならない。蛍は怒りを露わにした顔で答えた。

「そうなんですよ。宅配業者を装う男に押入られて」

女性記者は質問を続ける。

「犯人は根津さんの記事を読んでけしからんと思ったとのことですが、具体的にどの記事か心当たりはありますか?」

「今月の始めに書いた、性犯罪に関する記事だと思います。かなり反響がありましたので」

「犯人に対してどう言うお気持ちですか?」

「けしからんの一言です」

蛍は犯人の供述をそっくりそのまま返し、周囲から笑いが起こる。蛍は自分を奮い立たせて、周囲のカメラを見渡すようにして喋り続ける。

「今回の事件は言論に対するテロだと思っています。暴力で口を塞ぐなどあってはならないことですし、報道に携わる者として今回のことは決して容認できることではございません」

香山が他社のカメラの間から、そろそろ行きましょうと言うジェスチャーをする。蛍は香山に頷いてカメラの前から離れようとする。しかし蛍に対する質問は続いた。

「お顔にお怪我をなさったようですね」

「事件から一週間近く経ちますので少しは腫れも引きましたが、目と口を殴られましてずっと痛みが続きました」

襲撃された時のことを思い出すと恐怖で体が震えた。しかし蛍はこんな怪我かすり傷だと言わんばかりの態度を取る。カメラの列の後方から質問が飛ぶ。

「その暴行には性的な物も含まれるのでしょうか?」

「キャハ」

質問に被って笑い声が聞こえた。蛍は笑った人間を見つけ出そうと自分を取り囲んだ記者達を見渡した。

蛍にはそこにいる、香山を除いた全員が笑っているように見えた。


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