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ドブネズミ  作者: 山口 にま
第四章 スクープを求めてパキスタン辺境州
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蛍は嫌われ者

犯人はあっけないほどすぐに捕まった。男には建造物放火の前科があった。やった事は神社への放火だ。本人は自らを「政治犯」と名乗っていた。

蛍は取調室隣室からマジックミラー越しに面通しをした。小太りのその男は襟元が伸びきった長袖Tシャツを着ていた。彫刻刀で一刀彫りしたような細い目は確かにあの男だ。

「この男で間違いありませんよ」

蛍は男を顎でしゃくりながら横にいる私服警察官に言った。警察官は男性だった。犯人は政治犯を名乗るだけあって取締室では大きく足を広げて座り、犯罪者として堂に入った様子だった。

逮捕した者が間違いなく犯人だと分かると、警察官は蛍に男の名前から年齢、住所の番地、電話番号まで教えた。福本隆一。二十六歳、無職、職歴なし、千葉県在住。あの男がなぜ私を?蛍は男の背景を探る。

「私はあの男と接点がありましたか?」

「いえ。彼があなたに一方的に不満を募らせていただけです」

「不満?」

「あなたが最近書いた性犯罪の記事に対してけしかんらんと思ったと」

金本の記事の件か。蛍は警察官の調査を信じることが出来ず、

「私は以前中国人の産業スパイについて記事を書いたことがあり、そっちの怨恨だと思っているのですが。何か大きな組織が犯人の背後にいるんじゃないでしょうか」

蛍の憶測については、警察官は首を傾げつつ、

「うーん、職歴もないような、引きこもりの男ですからね、誰かの指示で動くかどうか・・・。外国人との接点も今の所は確認できていません」

「金本謙也という男とは関係ありますか?犯人は私が書いた性犯罪に関する記事をけしかんらんと思ったんですよね。実は金本謙也の犯罪を告発する内容でした。金本が犯人を操っているんじゃないかと」

「その線に関しては調べてみる価値がありそうですが、さっきも言った通りコミュニケーション能力が著しく欠落していて、何かを他人と協力し合うことが難しいと思われますよ」

と警察官は困ったように答えた。

「コミュニケーションが出来ないって、緘黙ってことですか?」

蛍が聞くと警察官は、

「いや、その逆。一方的に自分の言いたいことだけを喋っているような男で」

「千葉県在住らしいですけれど、震災被災地の出身ですか?」

「いえ、千葉県から出たことはないような男です。何でですか?」

警察官は不思議そうに質問を返した。被災者から牛の糞を投げつけられたからと答えたら警察官はどれだけこの女は人から恨みを買っているんだと驚くだろう。

「彼は犯行を認めているんですか?」

「はい概ね。ただ猥褻目的ではなかったと言っていますけれど」

「どう考えても猥褻目的でしょうよ」

蛍は興奮して大声を出す。

「宅配業者からはあなたの衣服に乱れがあったという証言が取れているから、我々警察としても性犯罪として扱いますよ。あなたは彼の処分をどう望みますか?」

「あんな悪い奴、ずっと刑務所に入れておいて下さいよ」

蛍は強く言った。

「厳罰を望むということですね」

「そう告訴状に書いて下さい」

「勿論です。告訴状にはあなたの署名が必ず必要ですから、あなたの意に反した文面にはならないのでご安心ください」

「それならばいいんですけど。でも、犯人の動機がどうしても分からなくって」

蛍は何度も首を横に振る。向かい合う警察官は言いにくそうに、

「こう言うとあなたを傷つけてしまうかも知れませんが、犯人の主張としては、あなたならば、根津さんならばどうなってもいいんだと」

「どう言う意味ですか」

警察官は言葉を選びつつ、

「根津さんは社会問題を扱った記事を多く扱っているそうですね。その記事が問題提起になって色んな意見が出ると。それであなたを嫌う人も多くいて、だから根津さんには何をやっても良いんだと。それが犯人の言い分です」

「私が嫌われているから犯罪に遭っても良いって事ですか?」

蛍は警察官に食ってかかる。そして自分が思いの外傷ついている事に気がついた。嫌われているから何をされてもいい、その供述は犯人の、そして世間のあけすけ過ぎる本音だった。涙を浮かべて黙ってしまった蛍を見て警察官は哀れに思ったのか、優しい声で

「これから女性警察官と変わりますので、彼女と一緒に告訴状を書いて下さい。あなたの辛かった気持ちをそのまま書けば良いのですから」

と言い残して取調室から出て行った。


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