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ドブネズミ  作者: 山口 にま
第一章 だからみんなに嫌われる
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会社の名前が全国区に

長谷川と蛍は原発から十キロ地点の総合病院に取材に訪れた。入院患者達の取材にかこつけて原発の様子を撮影するつもりだった。香山は病院近くの小学校を訪れ、屋上からドローンを飛ばし上空から原発を撮影する。小学校は原発の緊急停止をうけて休校になっていた。香山は防御服を着たまま小学校に入り込み、非常階段から屋上へ登った。

長谷川と蛍は病院の前で防御服を脱ぎ、フルフェイスの防塵マスクを外した。鼻と口だけを覆う紙フィルターの防塵マスクに替えて取材名目で病院に足を踏み入れる。病室の五階の窓から遥か彼方に原発が見えた。屋内の線量は若干低く、それでも四マイクロシーベルトはあった。

「うちに帰りたいっぺ」

蛍のインタビューに老女は答える。

「でんも原発が今危ないから・・・・」

老人達は今の状況を驚くほど理解していた。蛍は窓辺に設置したビデオカメラを原発側に向ける。通り一遍入院患者への質問をしつつ窓の外に度々目を光らせた。次の瞬間、視界の隅で白煙を捉えた。

原発爆発の瞬間だった。


「今原発が爆発しました」

蛍の耳に刺したイヤホンから無線越しに香山の絶叫が聞こえる。蛍は耳を押さえつつ、

「こちらでも白煙を確認しました」

と答えた。別の病室の取材をしている長谷川は無線を通じて蛍に問いかける。

「根津さん、根津さん、五階の病室の様子はいかかでしょうか」

蛍は

「特に騒ぎにはなっていません。誰も気づいていないようで」

「こちらもです。今は屋内にいた方が良さそうですね。病院の方からの指示を待ちます。香山君、聴こえますか?」

「聴こえます」

と香山は応じた。長谷川は

「香山君はドローンを回収したら画像を東京の事務所に送って。その後車でこちらの病院に向かうように。被曝しないように気をつけて」

と部下に指示を与える。

「あんれ、原発じゃねえの」

患者の一人が声を挙げるとそれに続くように小さな悲鳴が上がった。蛍はカメラを回しつつ、

「皆さんおちついて。マスクのある方はマスクをしてください。絶対に窓を開けないで」

と患者達に呼びかけた。

「根津さん」

無線から長谷川の声が聞こえた。

「私は今三階のナースステーションにいます。カメラを回したまま来てください」

おやおや何か特ダネを掴んだか。蛍は業務用の大砲のようなビデオカメラを担いで階段を駆け下りる。


蛍がナースステーションに到着するタイミングを見計らっていたかのように長谷川は医者に問いかけた。

「原発から噴煙が上がっていますし、屋外の放射線量も異常な高さです。こちらには小学生の患者さんもいるようなので、ヨウ素剤の投与をお考えでしょうか?」

医者は困惑した顔で、

「原発事故のことは町役場からも電力会社からも報告が来ていませんので今の時点ではなんとも・・・・」

「報告が来てからじゃ遅いと思いますよ。甲状腺被ばくは放射能放出から二十四時間以内にヨウ素剤を服用すればかなりの抑制効果があると言われているではありませんか。医師としての裁量で患者さん達に投与するわけにはいかないのでしょうか?」

医師は首を横に振りつつ

「ヨウ素剤の服用を決めるには原子力規制委員会だから医者の裁量には馴染まない」

「ではヨウ素剤の投与は考えていないと?」

長谷川が重ねて聞くと、医師は

「あくまで県や原子力規制委員会からの通達を待って」

「でもどうですかねぇ。地震と原発事故で役所は大混乱だと思いますよ。指示系統だって無茶苦茶でしょうよ。仮にヨウ素剤が必要になっても投与せよと指示が与えられますかね」

「仮の話ばかりしても仕方ないだろう。それにヨウ素剤はここにはない。町役場に備蓄している。もういいかな?みんな忙しいんだよ」

医師は苛立った口調で言った。長谷川と蛍は追い出されるようにナースステーションから出た。

蛍はカメラを回したまま、

「しかし全く国からも県からも避難指示が出ませんね。原発から白煙が上がってから二十分も経っていますよ」

と言って壁の時計を映した。ここで香山からの無線が入った。

「長谷川さん、今病院前に着きました。例の画像は既にネット配信されています」

「お、さすがJNP、仕事が早えな。では香山君も病院に来て下さい」

「防御服は?」

「着て来て下さいよ、勿論」

香山を待つ間、長谷川と蛍は手持ちのタブレットで自社のサイトを観た。

「原発から噴煙。爆発か?」

との見出しで記事が載り、香山がドローンから撮影したと思われる爆発の瞬間の映像が貼り付けてあった。

「うちが一番早く報じているな」

長谷川は未曾有の惨事だというのに喜びを隠せない。


長谷川の言葉通り、香山は防御服でやって来た。その大げさとも言える姿で業務用ビデオカメラを抱える香山を入院患者は不安げに見つめた。

「午後の回診が始まりますので、もうお引き取り下さい」

看護師長らしい中年の女性看護師が毅然とした口調で言った。

「今後患者さん達をどうするか等方針は決まりましたか?」

退出を命じられたにも関わらす、長谷部は質問を投げかけた。

「方針?今は県から屋内退避指示が出ていますので、それを守るだけです」

「この病院は原発から非常に近いのですが、原発事故の際の対策などは予め決まっているのですか?」

「これ以上の取材には応じられません。お帰り下さい」

看護師はうるさそうに三人を追いやった。三人は廊下の隅に寄る。ナースステーションのカウンターは大きく、廊下から中が丸見えだ。

ナースステーション内のテレビの画像が一瞬乱れ、その後ニュース番組に切り替わった。

「速報です。今入って来た情報によりますと、M県の原発が爆発した模様です。繰り返します。M県の原発が爆発した模様です」

アナウンサーの声に続き、香山が撮影した原発爆発の瞬間の映像が流れた。映像の 右端には「JNP通信(日本ニュース通信社)提供」のテロップが見えた。蛍達の会社が全国区になった瞬間だ。三人は笑みをこぼさないようにマスクのまま頷き合った。



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