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ドブネズミ  作者: 山口 にま
第四章 スクープを求めてパキスタン辺境州
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ただの部下

 午後十時、蛍のパソコンにビデオ通話の着信があった。自宅にいた蛍は髪を整えてパソコンの前に座る。

「根津さんこんばんは」

ポロシャツ姿の一騎が微笑む。 海外からの通信に拘わらず映像は鮮明だ。

「一騎さん・・・」

やっと連絡をくれた。蛍は胸がいっぱいになり、言葉が出てこない。

「あ、録画モードになっていますか」

一騎は聞いた。その問いかけで蛍は画面上の録画ボタンをクリックする。一騎は目も口も三日月型にして満面の笑みだ。しかし蛍は知っている。この笑みは視聴者に向けられたものだと。笑わぬ目で、これは仕事なんだからなと蛍を恫喝する。録画モードになっている事を確認して、一騎は実況を始めた。

「今晩は。今日は三月四日、午後六時、私はパキスタンの首都、イスラマバードにおります。まだ三月の始めだと言うのに大変暑いです。明日の朝、北西辺境州に向かいます。州都ペシャワールで部族地域への入域許可証を取るべく現地政府と交渉します。部族地域に入りますとアフガニスタン国境は目と鼻の先です」

「北西辺境州とは有名なカイバル峠がある場所でしょうか?」

一騎の話しを広げるべく蛍は問いかける。

「その通りです。南アジア世界と中央ユーラシア世界を結ぶ交通の要衝であったカイバル峠。カイバル峠は今は部族地域にありますので入域許可が必要です。また現地に到着したら詳しくレポートいたします。では失礼します」

一騎はまた目と口を三日月型にする笑顔を見せて頭を下げた。そこでビデオ通話は切れた。

 

蛍はパソコンの画面を見つめる。これだけ?私の事を何も聞いてくれないの?私への気持ちを何も言ってくれないの?今日本では多香絵と蛍への中傷が渦巻いている。一騎の言った通りになった。蛍はその話しもしたかったのに。蛍はブラウスからマリアのメダイを引き出した。特別な気持ちがあるから渡されたと思っていたけれど、一騎の気持ちは違っていたのだろうか。彼女の期待と緊張、胸の高鳴り、一騎は何一つ応えてくれなかった。蛍はパソコンを閉じようとすると、一騎からメールが届いている事に気がついた。蛍の胸は再びときめく。優しい言葉を期待しながらメールを開けた。

「パキスタン国内で撮影した写真や動画はネット上で保存している。添付したURLにアクセスしてそれらを取り出して欲しい。取り出した後はCDなどで保管のこと。動画を取り出す際のパスワードはパソコンのパスワードと同一。動画などは三日でウェブから削除されるので、お急ぎ保存を」

蛍は言われた通りにURLにアクセスする。大量の画像と映像が保管されていた。それらをCDに取り込みながら私は一騎さんにとってこき使える部下なんだと寂しく感じた。


翌々日一騎から再びビデオ通話で着信があった。質素なホテルの一室にいるらしい。一騎は例の視聴者用笑顔を顔に貼り付けて、

「今晩は。長谷川です。私は北西辺境州の州都、ペシャワールに来ております。人々の顔立ちはイスラマバードとは若干違います。ペシャワールとはペルシャ人の土地と言う意味です。ここはパキスタン世界とは明らかに違います。いわばアフガン世界への入口です。ここまでは入域許可証を得ることなく入れます」

とレポートする。一騎は詰襟のようなシャツを着ていた。

「変わったお洋服ですが、そちらの民族衣装でしょうか」

蛍が聞くと、

「はいそうです。シャワルカミーズと呼ばれる丈の長いシャツに、同じ布で作られたズボンを合わせてあります。薄手の綿なのでとても快適です。日本から持って来たジーンズなどはとても暑くて着ていられません。またこのような民族衣装で歩いているとさらに辺境から来たパキスタン人だと思われるのか、あまり注目されません」

「外国人の方はいますか」

「殆ど見かけません。ペシャワールでも自爆テロがあるので観光客は来ません。私も用がない限りあまり出歩かないようにしております」

といたく物騒なことを口にするのだった。

「そんな・・・・大丈夫なのですか?」

「ここにいても取材活動がままなりませんので、許可が取れ次第部族地域に入りたいと思っております。入域許可が取れたらまたビデオ通話いたします」

「分かりました。どうぞお気をつけて」

「ありがとうございます。ではまた」

一騎は慇懃に頭を下げて、そこでビデオ通話は切れた。

一騎さんは私と話してドキドキしないのかな。視聴者ではなく、私にだけ伝えたい話ってないのかな。一騎さんは私と寝た事をどう思っているのだろう。蛍は考え込んでしまう。

ビデオ通話の録画を切った後に、一言どうしている?と聞いてくれればいいのに。ビデオ通話で話せば話すほど一騎との距離を感じるばかりだった。


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