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ドブネズミ  作者: 山口 にま
第四章 スクープを求めてパキスタン辺境州
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全て想定内

夜になって、蛍は三峰多香絵に電話をかけた。

「個人を特定されてしまうような事は起きていないですよね?」

多香絵は蛍の問いかけに

「別にありませんけれど」

と明らかに怒気を含んだ声で返事をした。

「何か困ったことでもありましたか?」

蛍が更に聞くと

「困ったことと言うか・・・・、不本意な意見ばかりで、悔しいと言うか・・・…」

「ああ、ネットの匿名の意見ですよね。そんなのは無学で無教養な人達の遠吠えなのでまともに受ける必要はございません。私の所に来る問い合わせは三峰さんに同情的な意見ばかりなので安心して下さい」

蛍はそう多香絵を元気付けた。しかし多香絵の気持ちは乱れたままだった。

「でも私に落ち度があったとか金目当てだとか色々書かれて、これが世間の見方かと思うと、何だか怖い」

蛍は迷った後、

「これを言うと三峰さんに怒られるかも知れませんが、世間の反応は想定内でしたよ」

「え、分かっていて記事を書いたんですか?」

尖った声の多香絵。

「三峰さん、書類送検されていますよね。このままだったら検察の判断だけで起訴される可能性があります。起訴されたらかなりの確率で有罪判決が出ます。会社を解雇されても文句は言えません。でも記事にしたら世間にこの事件の概要を知ってもらえます。世間の意見が検察の判断に影響を及ぼす事を考えて、私はこのタイミングで記事を公表しました」

「でも肝心の世間の意見が、私が悪い私が悪いばっかりで」

「うーん、そうですかねぇ。体感レベルだと、七割から八割の意見が三峰さん寄りですよ。 三峰さんにインタビューしたいと言うメディアもありますが、受けますか?」

「いえ、結構です」

多香絵は即答する。

「惜しむらくは、花梨さんの証言を取れなかった事です。被害者が一人と複数ではまるで世間の反応が違います。私、もう一度高崎に行こうかしら」

「もうやめて下さいよ」

多香絵は噛みつくようにと言った。

「花梨ちゃんが嫌がっているんでしょう?」

「半々なんじゃないですか。自分の被害を隠したい気持ちと、金本さん達を告発したい気持ちと」

「もういい。もう沢山です」

「三峰さん、今が正念場です。起訴されるかどうかの瀬戸際なんです」

「そうだけど・・・・」

「とりあえずやるだけやったんだから、後は検察庁に預けましょう。またご連絡します」

蛍はそう言って電話を切った。


蛍が書いた記事は花梨の目にも止まることとなった。私のことまで書いてある。花梨は血が凍るような恐怖心を覚える。

そして多香絵に対する罵詈雑言の数々。男を求めて合コンに行ったとか、はしたなく酔いつぶれたとか。違う、私と多香絵は金本と木村しかいない飲み会だと知らなかったのに。お酒に酔って眠ったんじゃないのに。何で?何で私達が責められるの?

読んだ人がここに書かれているのが私だと気がついたらどうしよう。旦那の親戚からは軽蔑される。旦那からは離婚されるかも。ご近所では噂になって。

根津蛍のせいだ。彼女の悪口はネットで湧き上がるように出て来る。特に彼女の悪質さを物語るのが原発のエピソードだ。震災で原発が爆発することを期待して、原発そばでカメラを抱えて待っていたと言うではないか。あの女は自分の記事を売り、名を上げたいがために私を嵌めた。そもそもあの女、何で私のパート先を知っているの?まさか自宅も知られているのか?

花梨は財布から蛍の名刺を二枚引き出して、破り捨てた。パソコンを立ち上げ、送信していなかった蛍へのメールを、一瞬ためらった後に削除した。

永遠にさようならよ、多香絵。私はあなたを怨んでいる。あなたと知り合わなければよかった。せいぜい起訴されて前科者になればいい。



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