焼死体が上がった現場
「そろそろ出掛けませんか?」
香山は記事をアップし終わった蛍に声を掛ける。社用のライトバンに機材を積み込み、香山は運転席、蛍は助手席にそれぞれ座った。
「長谷川さんは四月いっぱいいないんですよね、仕事が回るかなぁ」
香山は不安そうに言う。香山の口から唐突に長谷川の名前が出て、蛍はどきりとする。
「そう、そうよね、心配よね」
動揺を悟られぬように適当に相槌を打った。
社用車を現場近くのコインパーキングに停めた。蛍が脚立とカメラを担いで現場に向かう途中、ショルダーバッグの中で携帯が鳴っている事に気がついた。この時間、長谷川は成田空港で出国ゲートをくぐっている頃だろう。脚立をその場に放り投げて電話を取りたい気持ちになるが、いや、色恋に惑って仕事を放擲するなど一騎が嫌がる事だと蛍は電話を無視する。しかしここで待てよと思う。勤務時間中の電話ならばこれは単に仕事の話なんじゃないかと。電話に出なかったら出なかったで怒られる。蛍が脚立を抱えていて迷っているうちに電話が切れた。
着信記録を見ると案の定一騎からの電話だった。
蛍と香山が向かっているのは火事の焼け跡だ。高齢の夫婦の住まいから出火したのだ。妻の遺体は寝室から発見されたが夫の行方は未だ不明である。警察は失火と放火両方の線で捜査している。
日差しはあるが風が冷たい。路肩に昨夜の雪がまだ残っていた。現場の写真を撮っている間二度蛍の携帯が鳴る。画面を見なくとも分かる。一騎が空港から電話をかけているのだ。
気もそぞろに取材を終えた蛍は香山と共に社用車に戻った。
「電話をかけて来る」
蛍は香山をライトバンに残して一人車から離れた。胸の高鳴りを抑えつつ一騎に電話をかける。一騎はすぐに出た。
「根津です」
「おう、俺はこれから搭乗だ」
「さっきは電話を取れずにすみません」
焼死体が一体上がった火事現場を見ながら蛍は一騎と話す。
「例の件どうなった?」
「例の件?」
「金本の件だ」
「さっき記事をあげました」
「ふうん。反響は?」
「まだ分かりません。すぐに私も出掛けてしまったし」
「あはは君も三峰さんもせいぜい夜道には気を付けるんだな。あの手の記事は噛み付かれやすいからな。被害者に同調する人間ばかりじゃない」
「そうでしょうね」
「近くに香山はいるか?」
「近くと言えば近くです。呼んできましょうか?」
「まあ良いや。後でメールを見ろと言っておけ」
「はい」
「じゃあ俺、行くわ」
「お気をつけて」
昨日恋人同士になったのに仕事の話ばかりだ。蛍はため息をつきそうになる。
「そうだ、あれはどうする?」
一騎は聞いた。
「あれって何ですか?」
「指輪」
「欲しいです」
蛍は即答する。
「サイズは?」
「七号です」
「よし、分かった」
「あの、私」
昨日の気持ちに嘘はありません、そう蛍は言いたかった。
「あ、もう搭乗しなきゃ。じゃあな」
一騎は電話を切った。暫く会えなくなるのにこれだけか。蛍とも呼んでくれない。好きだとも言ってくれない。唯一の救いは指輪の約束を覚えていた事だけ。これだから離婚されるんだ。蛍は携帯電話を憎々しい気持ちで睨みつけた。




