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ドブネズミ  作者: 山口 にま
第四章 スクープを求めてパキスタン辺境州
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渡航前夜

翌日の夕方、蛍は会社から、長谷川一騎は出先から待ち合わせ場所の神保町に向かった。日が落ちるとさらに気温はさがり、二人ともコートの前ボタンを全てはめている。

「刺身が食いたい」

会うなり一騎は言い、蛍を寿司屋に導いた。

「あー寒いな。俺はひれ酒にするけれど、君は?」

「私も同じもので」

一騎はひれ酒を一口啜ると器を置き、蛍の方を向いた。

「酔っ払う前に仕事の話をしたいんだけど」

「どうぞ」

蛍も居ずまいを正す。

「俺は明日成田を出て、夜にはパキスタンの首都のイスラマバードに着く。向こうで現地のコーディネーターと落ち合って、ペシャワール経由でアフガン国境付近の部族地域を取材をする」

「アフガンには入るんですか?」

「多分入らない。ビザも下りないだろうし」

「ふうん」

蛍はひれ酒を啜る。

「撮影した写真や映像は没収の危険があるから、まめにウェブ上で保管する。君はウェブにアクセスし、極力早くCDなどに画像を落とし込んでくれ。それから取材報告と称して頻繁に君にビデオ電話する。俺たちのビデオ通話を全部録画しておいてくれないか」

「そのぐらいならばお安い御用です」

「ビデオ通話での電話はそうだな、日本時間の午後十時ぐらいにして良いか?パキスタンだと午後六時だ」

「良いですよ」

「ウェブに保管した画像やビデオ通話での通話の録画は、俺が指示するまで公表しないでくれ。万が一俺が帰国出来ない事態になったら、画像は全部剣崎さんに渡してくれ。剣崎さんにも言ってある」

「はい」

「現地では武藤さんにコーディネートしてもらう」

「武藤さん?」

「アリって覚えているか?俺の家に居候していたパキスタンの男の子」

「ああ、あの美青年ですね」

「美青年かどうかは議論が分かれるところだが、あいつのお母さんが武藤さんって言う日本人で、イスラマバードで旅行代理店をやっているんだ。これが武藤さんの名刺だ」

一騎は自分の名刺入れから武藤照子と書かれた名刺を取り出して蛍に渡した。

「何かあったら武藤さんと連絡を取れ」

「分かりました」蛍はその名刺を手帳に挟んだ。

二人の前におきまりで握って貰った寿司が並ぶ。蛍は寿司を食いながら、グラスに注がれた冷酒を飲んだ。蛍の口数は少ない。口を開いたら、そんなところに行って大丈夫なんですかと、部下として余計な事を言ってしまいそうだ。アフガンに近い部族地域はパキスタン国内でありながら国道とその周辺三十メートルしかパキスタンの法律は通じない。かの地を自治しているアフガニスタン系民族パシュート人が部族会議ですべてを決める。事実上の無法地帯だ。


寿司下駄の寿司が大方なくなった頃、

「どうする?何か頼むか?」

と一騎が聞いてきた。

「いえ、もうお腹いっぱい」

蛍がそう答えると、一騎は徳利の中身を猪口に注いで、飲み干した。

一騎が勘定を済ませ、二人は店を出る。

「雪が降っている」

白いものが舞い落ちる夜空を見上げて蛍は言う。

「君にお願いがあるんだけど、うちに来るか?」

一騎の問いかけに蛍は何でもない事のように頷いた。一騎は空車のタクシーを見つけると手を上げて呼び寄せる。一騎に続いて蛍もタクシーに乗り込んだ。

「取材前の大事な体。何かあったら大変だ」

と一騎は大げさに自分の体を撫で摩る。

「部族地域に行くような人が何を言っているんですか?」

蛍は呆れて言った

「何だ、心配か?」

一騎は揶揄するような口調で聞いたが、蛍は笑わずに頷いた。



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