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ドブネズミ  作者: 山口 にま
第三章 困った時のマスコミ頼み
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金本への直撃取材

 翌日、蛍は客を装って金本の勤務先に電話をかけた。今日も金本は出勤しているようだ。社員が金本に電話を取り継ぐ前に蛍は電話を切った。

午後六時に金本は会社から出て来た。「金本退社」蛍は素早く長谷川にメールをする。長谷川は金本の自宅最寄りの私鉄駅前で待機しているのだ。蛍は目深にハンティング帽を被り、金本を追う。金本はカフェで時間潰しである。ネットゲームに興じている。外から金本のスマホ画面が丸見えだ。過去の逮捕もバレたし、家に居場所がないのだろう。一時間ほどで金本は席を立つ。蛍は尾行を続けた。金本は自宅に向かう電車に乗る。

「金本間も無く永福町駅着の模様」

蛍は長谷川にメールを打つ。

金本はこれ以上の寄り道はせず、おとなしく永福町駅で降りた。金本に続き蛍も改札を出る。蛍は駅前で待っていた長谷川と目配せをする。金本の後を蛍が、蛍の後をカメラを首からぶら下げた長谷川が続く。

金本は住宅街に入った。彼が住む閑静な住宅街は夜には人通りが疎らになる。直撃取材を敢行するにはもってこいだ。

 蛍は足音を忍ばせて金本に近づき、彼と横に並んでから、

「金本謙也さんですね」

と声をかけた。金本は返事をせず、嫌な顔をして蛍を見やった。

「私は日本ニュース配信社の・・・・」

そう蛍が会社名を告げるが早いか、金本は前を向き早歩きでその場を立ち去ろうとした。

「名誉毀損で被害届けを出されたそうですが、加害女性に何かおっしゃりたいことはありますか?」

蛍の質問に対して、金本は勿論無視だ。

「加害女性は、金本さんと木村佑さんから薬物を用いて猥褻行為をされたと主張していますが、その主張に対して反論はありますか?」

蛍も金本に合わせて早足になる。

「当時を知る関係者数人に取材し、金本さんに検挙歴があるとか大学を中退したなどの情報をお聞きしましたが、それは真実なのでしょうか?」

無礼極まりない質問を矢継ぎ早に投げかける蛍。

「今回の名誉毀損事件に関してご家族は何とおっしゃっていますか。愛里学園小学校に通うお嬢さんがいらっしゃるようですが」

家族の事まで調べられて遂に腹に据えかねたのか、金本は細い目を最大限に釣り上がらせ、低い声で、

「てめぇいい加減にしろよ」

と蛍を恫喝した。その瞬間フラッシュが二度焚かれる。金本は怯えた顔をし、フラッシュの源と思われる方向を見つめた。長谷川はカメラから手を離し、

「金本さん、名誉毀損で被害届けを出されたそうですが、特に被害を被った事案は何でしょうか」

と質問を投げかける。金本は長谷川から目を逸らした。

「解決済みの二十年前の事件を蒸し返して、ネットで拡散する。当該女性のやり方には大いに疑問を呈する所ですよ」

と長谷川は男同士金本の肩を持つ。

「被害届けを出されたのは、よほどご立腹でしたのでしょう。加害女性に対して何を望みますか」

長谷川は親身な相談員さながら優しい声を出して金本に歩み寄り、続けた。

「金本さんにも何か主張がおありなんじゃないですか。実は私どもは当該女性に既に取材をしておりまして、このままでは当該女性の言い分だけが記事になってしまいますが、大丈夫ですか」

最後の一言は金本に打撃を与えたらしく、彼は恐怖で唇をわななかせた。その後一瞬何を言いかけたが、すぐに俯いて自宅方向へ駆けて行った。しかしこのままでは記者たちに自宅を知られてしまうと思ったのか、横道に入ると駅に戻り、タクシーを拾って何処かへ消えて行った。蛍達はこれ以上金本を追わなかった。

「気の弱そうな人ですね」

それが蛍の金本謙也に対する印象だった。


長谷川は駅まで車で来ていた。長谷川は蛍を助手席に乗せ途中まで送った。運転席の長谷川は

「根津さん、君、本当にこの事を記事にする気?」

と聞いた。思いもよらぬその問いかけに蛍は

「そのつもりですけれど。被害女性もそれを望んでいますし」

と答える。長谷川は前方を注視したまま、

「彼女が望んでいるような結果にならないかも知れないぞ」

「どう言うことですか?」

赤信号で車は止まった。長谷川は蛍の方を向いて、

「彼女が望んでいるのは自分の正当性を世間に訴えることだろうけれど、客観的には彼女に多大なる落ち度があって被害に遭い、二十年後、加害者が社会的に成功したから金目当てで因縁を吹っかけているようにも見える」

と悪意に満ちた憶測を口にする。

「えっ、決して彼女はそんな人じゃ・・・・」

と蛍は急いた口調で否定した。長谷川は蛍の言葉を遮り、

「そりゃ君が彼女にインタビューをしたから君の主観が入っているんだろう。俺は彼女と話していないもん。世間の人達と同じ目線だ」

と意地悪な言い方をする。蛍は上司への反駁をやめ、腕を組んで、

「性犯罪被害者には必ずその手の中傷が付きまといますよね」

と認めた。長谷川は蛍が書こうとしている記事の隙を突くように、

「サークルの集まりだと騙されて知り合いの飲み屋に連れ込まれて、更に一服盛られたって彼女は主張しているけれど、それを裏付ける証拠は得られなかったんだろう?」

「加害者の親族が薬局を経営していまして」

「それじゃ証拠にならないぞ」

「もう一人の被害者が取材に応じてくれないんですよ」

蛍は泣き言を言った。

「そりゃあそうだろうな。もう一人は平凡な主婦に収まっている。過去を蒸し返されたら家庭が崩壊しかねない。警察に被害届けを出したのは三峰さんだけだ。もう一人は泣き寝入り。泣き寝入りをするような女性が、二十年後に被害を告発するわけないもんな」

蛍は記事の発表を急ぐ理由を説明した。

「実は三峰さん、既に書類送検されているんですよ。金本への名誉毀損で」

長谷川は顔をしかめ

「送致か。楽観視はできないな」

「起訴される前に記事を公開しておけば三峰さんを援護する世論が起きるのではないかと思って。少なくともニュースになっているような事件ならば、検察も多少は丁寧に判断するんじゃないですかね」

蛍は自分の考えを長谷川に訴える。長谷川は聞いた。

「いつ記事を出すつもりだ」

「二、三日後」

「まあ勝手にしろ。その頃俺はもうパキスタンだ。あ、渋谷で降ろしていいか?」

良いです、と蛍が答えると長谷川は路肩に車を止めた。そして言う。

「明後日の夜空けておいてくれ。君に頼みたいことがある」

「分かりました」

蛍は取材同行の礼を言って車を降りる。蛍が車のドアを閉める刹那、長谷川は蛍の顔を下から覗き込んで、

「じゃあ明後日」

と念を押した。

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