金本謙也をどうしたい?
一週間後、蛍は再び上越新幹線に乗り、高崎に向かった。午前中に高崎に着き、レンタカーを調達して花梨の家へ。花梨が玄関から出て来た。花梨は自転車に跨り走り出す。蛍も車を発進させて花梨の後を追った。花梨は近くのコンビニエンスストアの裏で自転車を停め、中に入って行った。レジに立って接客をしている。コンビニでアルバイトか。蛍はコンビニ前に車を止めて花梨の勤務が終わるのを気長に待った。昼頃に色付きの眼鏡と目深にかぶった帽子で変装をしてコンビニで昼食を買った。花梨は笑顔を絶やす事なく接客をし続ける。若い頃は可愛らしい人だったんだろうなと蛍は思う。そして金本と木村は何の落ち度もない二人の乙女の将来を、汚らしい色の絵の具でぐちゃぐちゃに塗りたくった。
午後三時、やっと花梨はアルバイトを終えた。蛍はにわかに緊張して花梨の自転車を尾行する。花梨はすぐそばのスーパーの駐輪場に自転車を停めた。今度は仕事ではなく純粋に客として来ているらしい。蛍もスーパーの駐車場に車を停めた。まだ花梨は戻ってこないだろう。蛍は車を降りると、花梨の自転車に隣の自転車を密着させ、その場を離れた。
花梨は両手に買い物袋をぶら下げて自転車に戻って来た。よその自転車のハンドルと自分の自転車のハンドルが絡まり合って、容易に自分の自転車を引き出せない。花梨は嫌な顔をする。なんとか買い物袋を前かごに入れ、隣の自転車をずらして自分の自転車をバックさせようとするも、隣の自転車が傾いてしまい、そのままその隣の自転車も倒れそうになる。自転車の将棋倒しだ。
「きゃ」
花梨は年に似合わぬ短い悲鳴をあげた。頃合いを見計らって蛍は駆け寄る。
「大丈夫ですか?」
そう蛍は言って自転車の将棋倒しを途中でせき止めた。蛍が横転しかけた自転車を押さえていることをいい事に、花梨は一台一台自転車を起こして行った。
「ありがとうございます」
花梨は何度も頭を下げながら自分の自転車を後進させた。彼女が自分の自転車を引き出せた所で、
「佐原花梨さんですね?」
と蛍は声を掛けた。花梨は自転車のハンドルを強く握って、禍々しい知らせを聞くような顔で蛍を見た。
「わたくし、日本ニュース配信社の根津と申します」
蛍はそう言って名刺を差し出した。反射的に花梨は片手で名刺を受け取る。
「三峰多香絵さんの事でお聞きしたいことがありますが、お時間頂けないでしょうか?」
三峰多香絵、その名を聞いた途端、花梨はあの事を聞きに来たんだと察する。花梨は一切蛍の方を見ず、自転車に跨った。しかし蛍が真横にいて、自転車を発進させられない。
「三峰さんが最近ネットで金本謙也さんの前科を拡散したってご存知ですか?」
蛍の問いかけに花梨は一瞬目を見開いたが、それはあくまで一瞬で、蛍の問いに答えようとはしなかった。
「金本さんも大変みたいですよ。お父さんの経営する会社の次期社長だったのに、前科が明るみに出たおかげで次期社長の話もなくなって。その会社も倒産寸前なんですって」
蛍はわざと嬉しそうに花梨に伝えた。花梨の横顔にちらりと歓喜の色が浮かぶのを蛍は見逃さなかった。
「佐原さんは金本さん達に対してどういうお気持ちなんですか?」
普通に聞いても勿論答えなど帰ってくるはずもない。そこで蛍は一言付け加えた。
「もう昔の事なので、許す、とか」
「許す?」
花梨は憎悪のこもった眼差しで蛍を見た。その後は我関せずと言った体で前だけを向いている。無表情ながら、こめかみにうっすらと汗を浮かべて。蛍は更に
「金本さん、三峰さんを名誉毀損で刑事告発したそうですよ。その事に関しては三峰さんは本当に困っているみたいですね」
何とか佐原花梨からコメントを引き出せないものか。蛍はもう一度聞いた。
「金本謙也をどうしてやりたいですか?」
しかし花梨は何も答えなかった。金本謙也を憎んで憎んで余りある人物が多香絵の他にもいる事実を証明したかったのだが。そこで蛍は質問を変えた。
「三峰さんは金本さん達が薬物を使ったと主張していますが、警察は薬物を検出する事が出来ませんでした。佐原さんはどう思いましたか?被害者が摂取させられたのがアルコールと薬物では、犯人達の行為の悪質さがまるで違うのですが」
花梨はあくまで聞こえないふりだ。蛍はもう一つ爆弾を投げ込む。
「木村さんのご実家があった場所に行ってみました。彼もそのご家族も住んではいませんでしたが、親族の方が経営している調剤薬局がありましたよ。木村さん、他の人よりも薬物が手に入りやすい立場だったんじゃないですか」
花梨は前を向いたままだが、蛍の言葉に耳をそばだてている。蛍は引き下がった。
「お時間を取らせて申し訳ございませんでした」
蛍は一歩花梨の自転車から離れる。花梨はその刹那急発進だ。蛍はその背中に向かって
「三峰さんを助けられるのは佐原さんしかいません。ご連絡お待ちしております」
と声を投げかけた。




