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ドブネズミ  作者: 山口 にま
第三章 困った時のマスコミ頼み
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幸せな主婦

 翌日蛍は名簿業者を訪ねた。佐原花梨の情報を調べるためだ。多香絵の大学の卒業アルバムには花梨の写真も名前もなかった。多香絵が懸念した通り花梨は卒業しなかったのか。花梨は群馬県安中市の出身だと言う。安中市内の県立高校の卒業生名簿に当たるとすぐに名前を見つけることが出来た。実家の住所も記載されている。今は安中市に戻っているのだろうか?結婚をして姓が変わっていたら探し出すのは容易ではない。とにかく故郷の安中周辺を洗うことだ。


蛍は花梨の同級生名簿を手に、上から順にネットで検索をかけて行った。何らヒットしない人物はインターネットの世界に興味がないと言うことである。

蛍は花梨の同級生になりすます事にした。条件はネットの世界にいないと言う事。宍戸恭子と言う女が最適だと判断し、宍戸恭子の名前でソーシャルネットワークを始めた。プロフィール欄は安中市内の県立高校出身と記載した。その身分で花梨と同級の卒業生グループに加入を申し入れた。実在の宍戸恭子がなりすましに気づくのではないかと蛍は気が気ではない。しかし予想に反して誰も宍戸恭子本人だと疑わずに、すんなりと卒業生グループに入り込む事に成功した。宍戸恭子こと蛍は卒業生グループを足がかりにして同窓生達に接近して行った。

しかし卒業生達は皆四十路で忙しい時分である。そうそうプライベートの時間をソーシャルネットワークに割けるわけでもない。肝心の花梨がウェブ上の卒業生グループに加入しておらず、有力な情報はいつになっても上がって来なかった。

蛍が諦めかけたその時、ある訃報がネットワークに流された。

「かねてから病気療養中であった佐藤広宣先生が昨夜逝去されました。佐藤先生は硬式テニス部顧問として我が校を何度も県大会優勝に導いて下さいました。卒業生の中でも一方ならぬお世話になった方も多いのではないでしょうか。

お通夜は明後日十月三十日午後五時より、告別式は十一月一日午前十一時より安中市内の〇〇寺にて執り行われます。

取り急ぎお知らせまで」


硬式テニス部と言ったら花梨の部活ではないか。通夜に花梨が現れる確率は五分五分だ。もし花梨が現れなくとも花梨の情報は掴めるかも知れない。蛍は早速明後日の高崎行きの新幹線を手配した。

十月三十日午後、蛍は高崎に着いた。駅前でレンタカーを借りて安中市に向かう。風がひどく冷たい町だ。車の中で蛍は栗色のセミロングのかつらを被り、普段よりも化粧を濃くして、更に太いフレームの眼鏡をかけた。


 通夜の会場になっている仏教寺院は直ぐに分かった。生前の職業故だろうか、かなりの参列者だ。 寺院の受付で蛍は鈴木典子というどこにでもいそうな名前を書いた。

「佐原花梨さんと言う方はいらっしゃっていますか?もしかしたら結婚して苗字が変わっているかも知れませんが」

蛍は単刀直入に受付の若い女性に聞いた。受付の女性も県立高校の卒業生のようだった。女性は何の疑いもなく受付の台帳をめくって弔問客を調べる。まだ受付を始めたばかりの時間で、記帳されている数は多くない。受付の女性は済まなそうに

「まだいらっしゃってないようですね」

「もし下のお名前が花梨さんとおっしゃる方がいらっしゃったら声をかけて頂けませんか。わたくし受付のそばで待っていますので。高校を卒業してからもう二十年でしょう?お互いに会っても分からなくなっているんじゃないかと心配なんですよ」

蛍がそう言うと、女性は頷きつつ、「ではお近くでお待ちになって下さい」と受付の横を案内する。

花梨が来るとしたら早い時間だ。蛍はそう踏んでいた。四十といったら普通は結婚して家庭がある。義理はさっさと済ませて帰宅したいだろう。

「失礼ですけれど、旧姓は佐原様でしょうか?」

受付の女性が記帳を済ませたばかりの女性に聞いた。

「はい、そうですが」そう答えた女性は、年の頃は多香絵と同じ四十歳くらい、背が低く太っていた。しかし鼻筋が通り、垂れ目ながらもくっきりとした二重で整った顔立ちだった。蛍は記帳の字を盗み見る。橋本花梨と書いてある。住所は高崎。蛍はスマホを取り出し、盗み見た花梨の住所をメモに取る。受付の女性が目で蛍に合図を送る。蛍は「佐原先輩、お久しぶりです」とありきたりな挨拶をして頭を下げた。花梨は見知らぬ女から話しかけられて当惑している。蛍は自分も四十近くに見られるように落ち着いた声で、

「覚えていらっしゃらないかしら。鈴木典子です。一年下の」

「ごめんなさい。ちょっと・・・」

「私、直ぐに部活を辞めちゃったからお忘れかもしれませんね」

蛍はそう言って花梨と受付の女性に会釈してから焼香へと向かった。


蛍は焼香の列に並びながら目で花梨を追った。花梨はすれ違いざまに二、三の同級生と再会の挨拶を交わす。弔いの席だと言うのに一瞬同窓会のような華やいだ雰囲気になる。特に親しい友人に会ったのか、花梨は祭壇へは向かわずにしばし立ち話だ。既に焼香を済ませた蛍はさりげなく花梨に近づき同級生同士の会話に耳をそばだてる。

「今日、車・・・・うん、そう今高崎・・・・」

花梨は小声で友人に近況を伝えている。


花梨は焼香を済ませると同級生や教師達に別れを告げ、早々と寺を出る。蛍は駐車場に停めておいたレンタカーに素早く乗りこむと、身を屈めて素早くかつらを脱ぎ普段の黒髪のボブに戻った。太ぶちの眼鏡から玉に薄い色のついたサングラスに変える。花梨は軽自動車に乗りすぐに発車だ。蛍は花梨の車が走っていく方向に自分の車を走らせた。花梨の言葉通り軽自動車は高崎市内へと向かって行く。

やがて花梨の車は住宅街に入り、一軒家の前で止まった。蛍の車はさりげなく花梨の車を追い越した。

通り過ぎがてら蛍は花梨の家をつぶさに観察する。表札の字は橋本だった。ここで間違いない。蛍は角を曲がったところで車を止め。徒歩で花梨の家に戻る。近くの電信柱で住所を確かめた。花梨自身が記帳した住所と同じだ。玄関ドアにはドライフラワーで作られたリースが飾られていた。塀は低く、手入れの行き届いた庭が見えた。玄関先に繋がれた犬が激しく吼えたてる。蛍は家から離れた。

花梨は全てを忘れて幸せになったと言うことか。花梨にインタビューするか否か蛍は迷う。彼女は金本達を告発せず、全ての感情に蓋をして、自らが大学を去って、やっと人並みの生活を手に入れた。しかし花梨が三峰多香絵の名前を聞いたら全てを思い出してしまうだろう。蛍は自分が花梨にしようとしている事は酷く残酷だと言うことは分かっている。しかし多香絵に援護射撃できるのは同じ被害を受けた花梨をおいて他にはない。


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