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ドブネズミ  作者: 山口 にま
第三章 困った時のマスコミ頼み
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それは報復

数度のメールのやり取りで、蛍は平日の夕方に多香絵と約束を取り付けることに成功した。JNP通信そばのホテルのロビーで二人は待ち合わせた。人前では話しづらい内容なので社内の応接室に多香絵を導くつもりだ。

待ち合わせ場所で蛍はすぐに多香絵を見つけることが出来た。うちの会社の経理にいそうな人、それが蛍の多香絵への第一印象だった。蛍を認めると多香絵は椅子から立ち上がって頭を下げた。ほんの少し蛍よりも背が高い。肩にかかる髪はパーマもヘアカラーも施されていない。四十歳らしい四十歳といったところか。ネットで人の悪口を書き散らすような人物には見えなかった。肩はいかり肩。眉毛も鼻梁も若干太めで、器量は決して悪くはなかったが、どこか骨太で、女性らしさに欠けていた。

「本日はわざわざありがとうございます」

そう言って蛍も頭を下げた。

「他社さんからも取材の申し込みはありましたか?」

蛍の問いに多香絵はいいえと答える。やっぱり私が一番乗り。蛍は内心ほくそ笑む。

蛍が多香絵を社内の会議室に案内しても多香絵は中々口を開こうとはしなかった。握りしめた拳が彼女の緊張を物語る。

「先方が名誉毀損で被害届けを出してきたようですが」

蛍がそう水を向けると多香絵は大きなため息をつき、暗い顔で頷いた。

「こっちは犯罪被害者なのに、私が金本の前科を公にしたら彼の名誉を損なったって警察に呼ばれて・・・・。犯罪者なのに名誉が守られるって・・・・。私の名誉は誰も守ってくれなかったくせに」

多香絵の眼のふちに涙が溜まる。


蛍はこんなに拗れるのならばネットで金本の告発などせずに、最初からマスコミを使えば良いのにと思う。報道機関ならばよっぽどの誤報でもない限り名誉毀損の謗りを受けることはない。報道機関は公器であり、憲法で謳われている報道の自由を錦の御旗に掲げ、もはややりたい放題である。

会議室には多香絵のすすり泣きの声だけが聞こえる。その重い空気の中蛍は語りかけた。

「たとえ事実であっても、他人の前科を言いふらすのは名誉毀損です。そう言う判例があります」

蛍の言葉を多香絵は唇を噛み締めて聞いていた。蛍は続けた。

「一方でこう言う判例もあります。どんなに不名誉な事であっても、それが事実で、かつ公表する事で公の利益が守られるのならば、それは名誉毀損にならないと」

「えっ?」

多香絵は顔を上げた。蛍は身を乗り出し、

「ですから三峰さん、金本さんと争ってみる価値は十分あると思いますよ」

多香絵は安堵の表情を見せた。

「金本さんは女性向けフィットネスクラブの取締役ですよね。清廉潔白であるべきとは言いませんが、性犯罪の前科があるというのは普通は許されないですよ」

そう言って蛍は厳しい顔をする。多香絵も厳しい顔で頷いた。


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