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ドブネズミ  作者: 山口 にま
第二章 一人になっても
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金本と木村の処分

七月二日に金本と木村の処分を決める教授会が開催された。多香絵はその日何度も携帯を覗いては彼らの大学から連絡がないか確かめる。結局夜になっても電話がかかってこなかった。もしかして退学にならなかったのかも。まさかとは思うが、冤罪被害者の男子学生を大学が救援するなんて展開になっていたりして。いやそれはあり得る。大学としては自分たちの学生が可愛いもん。今度は私は金本達の大学とも闘うのか。でもそんな事はもう私には無理だ。次から次へと現れる敵と戦い続ける気力は最早多香絵には残っていない。   

 多香絵は眠れないまま朝を迎える。居ても立っても居られずに金本達の大学に向かった。彼等に何らかの処分が下っているのならば掲示板に彼らの事が出ているはずだ。七月だと言うのにまだ梅雨は明けておらず、冷たい雨が降っていた。多香絵は水色のカーディガンを着て、灰色の空の下を歩いた。不安で押しつぶされそうな気持ちで、傘を持つ手は震えている。学生の振りをして校門を潜り、辺りを見渡して学内掲示板を探した。

掲示板はすぐに見つかった。掲示板には模造紙サイズの紙が貼られ、太い字でこう記されていた。


「経済学部三年 金本謙也 商学部三年 木村佑

右の者、学則五十一条により、次の通りに処分を決定した。

金本謙也 退学 

  木村佑 退学」


退学。その言葉を反芻すると多香絵は安堵のあまり涙が出そうになる。私の被害を大学は認め、そして彼等は罰を受けたのだ。これは私の勝利。

私の勝ち?勝ちなのかなぁ。色んなものを失った。かりんともダメになって、大学では自分の居場所を失くし、親からの連日の泣き寝入れという説得で自分が全く親から愛されていなかった事を知った。


ちょうど一限が終わった時間だった。学生達が校舎から出て来た。笑いながら隣の校舎に移動するグループの中に洋平がいた。洋平も多香絵もすぐにお互いの存在に気がついた。洋平は一瞬歩調を緩め、多香絵に小さく頷いた。多香絵も傘の下で頷き返した。洋平は仲間と共に校舎に入って行く。この人だけは優しかったけれど、もうおしまいだ。犯罪で繋がった私達。もう続けられない。この人はどれだけ私の事を軽蔑していただろう。酒に酔って男にいたずらされて、動画まで撮られて。もうこの人の前から消えたい。金本等に処分が下された。この人を頼り続ける理由はもはや無い。この人のそばにいてはいけない。

多香絵は講義を受けるために自分の大学に急いだ。二限目の途中で教室に滑り込めた。

授業が終わると教室の隅で買って来たパンを齧って簡単な昼食にする。多香絵はあからさまにかりんから避けられ、今までの仲良しグループにいられずいつも一人だ。

トイレに行くと、かりんが化粧を直しているところだった。かりんは多香絵に気づかない振りをしている。多香絵もいつものように無視していたが、かりんがトイレから出て行く刹那に声をかけた。

「かりん」

かりんはつまらない物でも見るように多香絵を見たが、内心は動揺しているらしくさっと顔全体を紅潮させた。多香絵は続けた。

「金本と木村は退学させられたって」

かりんは目を見開き、

「何でそんな事を知っているの?」

「さっき彼等の大学の掲示板を見に行った」

「そう」

かりんは目を伏せてトイレから出て行った。目の縁が赤らんで涙ぐんでいるようにも見えたし、喜びでほんの一瞬顔を綻ばせたようにも見えた。とまれ、それが多香絵とかりんが言葉を交わす最後の時となった。


金本と木村に退学処分が下された後は、刑事裁判が続いていた。多香絵は検察庁から一度出頭を命じられ、それで終わりである。その年の初冬に彼等に対し禁固三年、執行猶予五年の判決が出た。つまり多香絵が三年生の内に一応の決着をみたと言うわけだ。彼女の就職活動には何ら支障をきたさなかった。金本側の弁護士の言葉を鵜呑みにして示談交渉の席に着かなくて本当に良かったと思った。執行猶予がついたとは言え、金本等に有罪判決がついて多香絵は満足だ。溜飲を下げる気持ちと共に、洋平にきちんと礼を言っていない後ろめたさが胸を刺す。それでももう洋平には会えない。男のおもちゃにされた自分は洋平と会う資格はないと思った。多香絵はスーパーのアルバイトを辞めた。多香絵にとっても性犯罪に遭うことはとても恥ずかしい事だった。何もなかった時のように友達として洋平の前で笑う事はもう出来なかった。

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