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ドブネズミ  作者: 山口 にま
第二章 一人になっても
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弁護人前へ

翌日は多香絵のスーパーでのアルバイトだ。夕刻仕事を終えて駐輪場から自転車を出そうとしている時に携帯電話が鳴った。見慣れない番号だったが多香絵は出てみた。電話口の男は金本謙也の弁護士だと名乗った上で、話し出した。

「金本は非常に反省しております。多香絵さんにもご両親にもお詫びがしたいと申しておりますので一度ご自宅にご挨拶に伺ってよろしいでしょうか?」

お詫びなんて口実で、報復の為に来るに決まっている、多香絵は思った。

「家に来て頂かなくても結構です。謝って済むことではありませんし」

多香絵は嫌味を言ったが、弁護士は淀みなく続けた。

「多香絵さんのお怒りはごもっともです。それで、今後の事なのですが、書類送検、起訴、裁判になりますと金本のみならず多香絵さんにも将来に傷が残りますので、ご両親を交えて話し合いをさせて頂ければと思っております」

「話し合い?何の?」

「裁判外で何か償いが出来ればと」

「いや、私は裁判でやりたいですね」

「でもそれで本当に良いんですか?」

弁護士は急に高圧的な口調になった。

「多香絵さん、今何年生なんですか?失礼ですけれど」

「三年です」

「そろそろ就職活動も視野に入れる時ですよね」

「まあそうですね」

「就職活動中に検察や裁判所からの呼び出しに応じられるんですか?」

多香絵は答えることが出来なかった。就職活動も裁判も、多香絵にとっては未知の世界だった。

「親御さんと良くご相談して、その上で今後の事を決めて頂ければ。また改めてご連絡いたします」

弁護士は自分の言いたいことだけ言って電話を切った。

なんで?私は被害者なのに何で私が責められるの?なんで示談にするかどうかは私が決めずに金本が決めるの?

多香絵は携帯電話を握りしめたまま暗い駐輪場で泣いていた。一番恐ろしいのは金本の弁護士が多香絵を通り越して、多香絵の親と示談交渉することだ。あの二人だったら弁護士が出て来たと言うだけで萎縮して、相手の言い値で示談を成立させるだろう。

私、何か悪い事をした?新宿で居酒屋に入ったことがそんなに悪いの?


向こうは悪人の癖に弁護士に守ってもらえて、警察まで示談の口添えをして、そして私は?法に則ってやっているのに親からも見放され、警察も味方になれず、かりんからも無視されて。


バイトを終えて通用口から出て来た洋平は隣接する駐輪所に佇む多香絵を認めた。こちらに背中を向けて泣いているようだった。洋平は躊躇った後、多香絵に声をかけた。多香絵は飛び上がらんばかりに驚いて濡れた目を見開いた。洋平は聞く。

「何かあったの?」

多香絵は涙を拭いて、

「警察からも金本の弁護士からも示談を迫られているの。それが辛くて・・・・」

「多香絵ちゃんの親御さんは何て?」

「親は被害届けを出すこと自体大反対だった。だから示談の事なんて相談できないよ」

洋平は宙に視線を彷徨わせ、考え考え、

「今は多香絵ちゃんは精神的に磨り減っているから重大な決断は避けた方がいいよ」

と助言する。多香絵は噛みつくように反駁した。

「でも弁護士は裁判と就職活動の両立は無理だって」

洋平は首を捻りつつ、

「被告席に座る金本達はそりゃ裁判と就活の両立は無理だろうけどな。遅くなると親御さんも心配するから歩きながら話そうよ」

洋平は徒歩で、多香絵は自転車を引きずりながら駐輪所を出た。


二人が通りに出ると多香絵の携帯電話が鳴った。顔を硬ばらせる多香絵。

「やだなぁ。でも出ないと・・・・・」

彼女はそうひとりごちてバッグを探り携帯を取った。

「もしもし、はい、私です。あ、この間はありがとうございました。はい、はい、あ、そうなんですか。分かりました。えーそうなんですかぁ。はい、はい、ありがとうございます、失礼します」

多香絵の表情は安堵のそれへと変わっている。

「警察?」

洋平が聞くと、多香絵は首を横に振って

「洋平君の大学の職員。渡辺さんって人。私、この前洋平君の大学に行ったんだ。金本達を退学にしてもらいたくって」

「大学は何て言っていた?」

「金本と木村のことを教授会にかけるって。七月二日に教授会があるからそれ以降彼等の処分を大学掲示板に張り出すって」

「良かったじゃん」

「大学でも彼等から聴取をして、やったことを認めさせたって言っていたよ」

「そりゃそうだろう。薬物の使用については?」

「それは認めなかったって」

「まあな、証拠が残っていないからな」

二人は歩いた。多香絵は

「彼等が刑務所に入る可能性は低いから、せめて退学になってもらわないと」

「学校からの処分が出てから示談のことは決めたら?」

「うん、そうだね」

二人は交差点に着いた。

「あ、俺電車で帰るから。多香絵ちゃんはやるべきことはやったんだから、あんまり考えすぎないように」

「分かった。ありがとう」

多香絵の涙はすっかり乾いている。多香絵は笑顔で洋平に手を振った。多香絵の頬に梅雨の雨が一粒当たった。多香絵は自転車にまたがり家路を急いだ。

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