被疑者出頭
数日して多香絵の元に警察から電話がかかってきた。
「今日被疑者達が出頭していますので、本人か確認してもらえませんか?」
多香絵も出頭しろと言うことだった。多香絵はいつもの一枚だけ持っている紺のスーツで警察に向かった。
多香絵から調書を取った女性刑事が言う。
「あなたの供述通りのことを概ね彼等は認めていたわ」
「やっぱり薬物を使ったんですか?」
多香絵の問いには刑事は残念そうに首を横に振る。
「薬物の使用は認められなかった。それに関しては証拠がないし、立件は難しいと思う」
多香絵はため息をついた。
刑事は多香絵を取調室に導いた。壁にカーテンがかかった窓があり、カーテンをめくると隣室にいる金本が見えた、マジックミラーで金本からはこちらは見えないようだ。金本は椅子に座って、両手で顔を覆っていた。大きく息をつき、肩が一度上下した。その後手を腿に置いて、眉間に皺を寄せて俯いた。
刑事は多香絵を見る。多香絵はあの男だと言わんばかりに大きく頷いた。次いで刑事は反対側の壁のカーテンを開けた。木村佑の面通しだ。木村はうなだれて座っていた。目が腫れて泣きはらしたような顔をしている。多香絵は再び頷いた。刑事はカーテンを閉め、多香絵を席に座らせた。
「彼等に間違いはない?」
刑事は聞いた。
「間違いありません。彼等です」
「次は検察の取調になるけれど、ここで穏便に済ますつもりはありますか」
刑事は慇懃な口調で聞いた。
「全くありません」
多香絵は即答した。
「罰して下さい。刑務所に入れて下さい」
刑事は困惑の表情を浮かべて
「彼等は刑務所に入ることはないと思う。初犯だし、起訴されたら執行猶予がついて、せいぜい罰金刑かなぁ」
「それだけですか?」
多香絵は愕然とする。
「彼等のやったことは許しがたいことだよ。あなたとしたら一生刑務所に入っていて欲しいでしょうよ。でも刑には相場と言うものがあって、日本の場合は性犯罪の刑量がとても軽いの」
多香絵が黙っていると刑事は更に言葉を継いだ。
「向こうも充分反省しているようだし、この先検察に書類送検しても同じような取調が続くだけ。あなたも何度も検察に呼ばれるし、もし裁判になれば多くの人に動画を見られて、あなた自身が辛くなる」
刑事は一度言葉を切って多香絵の表情を読み取るかのように彼女の顔を覗き込んだ。
「どうでしょう、ここで終わらせては」
「終わらせるって何にも始まってはいないではありませんか」
多香絵は反論した。
「そんなことはない。警察には彼等の犯行の書類が残るし、彼等には前科がついたと言える。今だったらあなたの望む慰謝料も払って貰える。これで後になって民事訴訟を起こして慰謝料を取ろうとしたら、時間も弁護士費用もとてもかかる」
「示談にするか、いつまでに決めるんですか?」
多香絵の問いに刑事は
「出来れば今日」
と答えた。
「今日は彼等は出頭しているし、向こうの弁護士も親御さんも来ている。実際送致されても起訴されるかもわからない。不起訴の事件で損害賠償するのは大変よ。だったら今日、相手が犯行を認めている場で慰謝料を取った方がいい。先方はあなたに謝罪したいと言っているから、とりあえず会ってみたら?ここに呼ぶから」
今日ここであいつらと対決するの?あいつらには弁護士も親もついていて、私は一人きり。絶対に負ける。多香絵の足は震えだす。
「帰って家族と相談します」
多香絵はそう言うのがやっとだった。勿論両親が多香絵の相談に乗ってくれるとは露とも期待していなかった。彼等は今すぐ被害届を取り下げろと言うに決まっている。