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ドブネズミ  作者: 山口 にま
第二章 一人になっても
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被害届け受理

一週間後、警察から電話がかかって来た。出頭要請だ。多香絵は例によってリクルートスーツで署に向かう。少しでも警察の心証を良くするためだ。


被害届けは既に用意されていた。あたかも多香絵自身が検察にあてた手紙を書き、その手紙の中で彼等に処罰を求めるような体裁だった。

長い文章の中で、金本と木村がやったことがもれなく記載されている。多香絵は刑事に促されて文末に自分の名前と、今日の日付を書いた。

「これで逮捕してくれるんですね?」

多香絵が聞くと、刑事は

「まず任意で出頭して貰う」

「彼等が出頭を拒んだら?」

「そんな先のことまで考えなくていいよ」

刑事は明言を避けた。

「彼等は刑務所に入るのでしょうか?」

その問いに対しても、刑事はうーんと唸った後、

「それは検察と裁判所の判断だから。私達の仕事は検察に書類を送ったら終わりだし」

と何とも心許ない返答だった。そしてこう付け加えた。

「こう言う場合は、加害者が何か形に残る物で謝罪の気持ちを表して、それで検察には書類が行かないってこともあるよ」

多香絵は刑事の言っている意味が分からず、

「形に残る物って何ですか?」

と聞いてみた。刑事は言いにくそうに、

「お金、とか」

つまり刑事は示談を示唆したということだ。

「加害者に前科をつけることが、私が望む『形に残る』ことなのですが」

とだけ多香絵は言い返した。


被害届けの提出はあっさり終わり、多香絵は午後の早い時間に警察を出されてしまう。起訴されなかったらどうしよう、あいつらが刑務所に入らなかったらどうしよう。私だけが辛くて恥ずかしい目に遭って、あいつらの生活は何にも変わらないわけ?思えばあいつらのした事は痴漢のようなものだった。痴漢が刑務所に入ったなんて聞いたことがなかった。


多香絵は金本達の大学に向かった。刑務所行きが無理ならばせめて退学になって欲しかった。

金本の大学は新宿から私鉄で行けた。郊外の小さな大学だった。スーツ姿の多香絵が校門をくぐっても誰も咎めなかった。こういう告げ口の場合どこに行けばいいのか。とりあえず学生部か。多香絵は左右を見渡しながら敷地内に進んで行った。

ちょうど午後の授業が終わった時間らしく校舎から学生が吐き出されて来た。

学生の中に金本がいた。とっさに多香絵は身を隠す場所を探したが、今後は金本と裁判所で対峙することもあり得る。今こいつから逃げてどうするんだと多香絵は勇気を振り絞って金本の前に立った。

多香絵の姿を認めると金本と木村は顔を強張らせた。多香絵が歩を進め彼等との距離を縮めると見ると金本は顔いっぱいに笑顔を作り、

「これはこれは多香絵ちゃん、珍しい所で。この間はどうしたの?随分酔っ払ったみたいだけど」

と言った。金本の隣で木村は、お前なんか怖くないんだと言わんばかりに不敵な笑顔を浮かべている。多香絵は肩で息をしながら言った。

「あんた達最低だよね。責任を取らせてやるから覚悟しておきなさいよ」

金本は大袈裟に驚いた表情を作り、

「ちょっとちょっと、何かを誤解しない?勝手に酔っ払って、勝手に自滅したの多香絵ちゃんじゃん。ゲロまで吐いちゃってさ」

「へぇいろんな人の話を聞くと、そうじゃないらしいけれど」

多香絵が言い返すと金本は声色を変えて

「おい、言いがかりも大概にしろ」

と詰め寄った。金本は更に

「お前が酔っ払って俺達を誘ったくせに」

「そうそう、多香絵ちゃんって硬そうに見えて案外だよね」

木村は下品に笑いながら合いの手を入れる。多香絵はせせら笑いながら

「さっきと言っていることが変わっているわよ。ゲロしたと言ったり、誘って来たと言ったり。一体どっちが本当なのよ」

そして

「まあいいわ。あんたらの教授にでも話を聞いて貰うわ」

と付け加えた。金本は口を歪めて、

「この女、ばっかじゃねぇの。誰もお前の妄想なんて信じねぇよ」

「学生部はどちらかしら」

多香絵は辺りを見渡した。金本は脅すように

「お前さ、自分の置かれている立場を考えて物を言えよ。騒ぎ立てると就職も結婚も出来ねぇぞ。自分で恥を自ら広める馬鹿はいねぇや」

「恥ずかしくって世間に顔向けできないのはあんたでしょう」

「後悔させてやろうか」

「写真でもばらまくつもり?」

多香絵が言うと、金本は多香絵の誘導尋問に引っかからないように口をつぐんだ。

動画は警察に提出済みだと言ってやりたかったが下手に相手に情報を与えて証拠隠滅を図られるのも嫌で、多香絵も黙った。

その時金本の携帯電話がバイブモードで鳴った。金本は多香絵の存在を無視するように電話に出た。

「あ、はい。そうですけど。え、そんな、僕そんなつもりじゃ…。え、今からですか?これからちょっと用があって・・・・。あ、いえ、今から行きます。僕どこに行けば…」

金本は周囲に会話を聞かれることを恐れて受話器を手で覆う。多分電話の向こうは警察だ。

金本はみるみる青ざめて行った。電話を切った後も呆然と立ち尽くしている金本と、心配そうに見つめる木村に多香絵は冷たい一瞥を投げかけた。


多香絵は案内板を頼りに学生部にたどり着いた。窓口の職員によく通る声で来意を告げる。

「経済学部三年の金本謙也と、同じく木村祐に対して警察に被害届けを提出して来ました。それをご報告するために参りました」

居合わせた学生が多香絵を見る。洋平はガラス越しに多香絵の姿を認めた。こんなに無茶して多香絵ちゃん磨耗しないかな、洋平は祈るように気持ちで多香絵を見守った。

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