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ドブネズミ  作者: 山口 にま
第二章 一人になっても
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紺のスーツを着た女

翌朝、多香絵は紺色のスーツを着た。

「行ってきます」

多香絵は親と目を合わせずに食卓に声をかけた。正装した娘に母親は何かを言おうとする。父親は立ち上がり多香絵に近づいた。

「お母さんから聞いたよ。お父さん達に任せなさい」

「どうするの?」

力なく多香絵は聞いた。

「お父さん達が多香絵を守るから」

「弁護士でも雇ってくれるの?」

父親は多香絵の問いには答えず、

「馬鹿を相手にしてもしょうがないよ。そんなことよりも目の前の事をしっかりしなさい。夏には語学留学するんだろう。それに気持ちを集中させるんだ」

もううんざりだ。多香絵はため息をついた。母親が後ろから言葉を添える。

「多香絵、お父さんの言う通りにしなさい」

父親は手を出して言った。

「お父さんに携帯電話を渡しなさい」

多香絵は三白眼で両親を睨みつけてダイニングのドアを閉めた。

両親を永遠に分かり合えない異星人のように感じた。


大学でかりんと会った。

「どうしたの?その格好」

かりんはまるで就職活動のような多香絵のスーツ姿に驚いた様子だ。

「警察に行こうと思って」

多香絵は言った。かりんは怯えたように

「警察?」

と聞き返した。多香絵は声を潜め、

「やっぱり金本達は私達にわいせつなことをしていて、おまけにそれを動画に撮っていた」

「嘘・・・・」

かりんは両手で口を覆う。

「その動画見る?」

多香絵が聞くとかりんは激しくかむりを振った。

「証拠もあるから警察に被害届けを出してくる。ねぇかりんも一緒に行こうよ」

「やめてよそんなこと。私達の名前が新聞に出ちゃうじゃない」

かりんは泣き出した。

「そんなことありえないって」

そう多香絵はなだめたがかりんはパニック状態になっており、もはや誰の言葉も耳に入らない様子だった。かりんは言う。

「ねぇもうやめようよ。そんな動画まで撮られて。金本君達を怒らせたら動画を拡散されちゃうんだよ」

「かりんもうちのお母さんと同じ事を言うんだね」

「誰だって言うよ。私はもう関わり合いたくない」

かりんは真っ赤に充血した目で一度多香絵を見やり、そして背を向けた。その背中に向かって、

「かりんを苦しめるつもりはなかった。ただ将来後悔したらかわいそうだなって思って一緒に行こうと言っただけ」

多香絵はそう声をかけたがかりんから返って来たのは

「あんなサークルに入らなきゃ良かった。あの日新宿に行かなきゃ良かった」

だった。サークルも新宿での集まりも誘ったのは多香絵だった。多香絵はごめん、とだけ謝った。謝りつつも、被害者の私がどうして謝るんだろうと思った。金本と木村、あいつら地面に額を擦り付けて土下座させてやる、あいつらの将来全部駄目にしてやる、そう多香絵は思った。


多香絵は事件があった居酒屋の管轄署を訪れた。担当の刑事は中年の女性だ。短髪で声が低く、男のような喋り方をしていた。

取調室に通された多香絵は震える声で、サークルの飲み会を口実に呼び出され、待ち合わせ場所には自分たちの他に男二人しかいなかった事、知り合いの店と称する居酒屋に連れて行かれて非常階段で気絶してしまった事、自分達を辱めている場面を男達は携帯の動画で撮り、友人経由でその動画を入手した事などを話した。

「その動画、今持っている?」

刑事は聞いた。

「はい、この携帯中に」

多香絵は携帯を差し出した。

「見るよ、いい?」

刑事と多香絵は動画を共に見る。多香絵は恥辱で顔から火が吹き出しそうになるが、この恥ずかしさを乗り越えたらあいつらにもっと恥ずかしい目に遭わせられるんだと自分に言い聞かせた。刑事は低く舌打ちし、

「こいつら、どうしようもない奴らだね」

と苦々しく言った。そして

「この携帯を預かっていい?動画をコピーしたいの。勿論あなたが帰る頃には返すよ」

「もちろんです」

多香絵に異論はなかった。

携帯を預かっている間、刑事は金本や木村の連絡先や所属大学とその学部など詳しく聞いた。

「彼等に対してあなたは何を望むの?」

刑事の問いかけに

「罰して欲しい」

多香絵は間髪入れずに答えた。そして

「このサークルは女の子を酔わせて乱暴することが目的のような気がします。他の女の子にも注意喚起したいし、サークル自体なくなって欲しい」

「なるほど、処罰感情ありね」

刑事は手元のノートの何かを書き留めた。

「あなたの供述を元に調書を作って、それから改めて被害届の提出になるわ。もう一度こっちに来て貰うことになるけれど」

刑事の言葉に多香絵は頷いた。携帯の返却を受けて、多香絵は警察を出た。


辺りはすっかり夕暮れだ。多香絵は胸のつかえが一つだけ取れたような気持ちになった。

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