馬鹿大学のお仲間
洋平からすぐに画像が届いた。いったい何人がこの画像を見たのだろう。もしかしてサークルの人全員?多香絵は見たくないと思う。でも見なくては。自分が受けた被害を把握しなければ警察に訴えられない。多香絵は震える手で動画をクリックし、あの夜撮影された映像を見た。薄暗く画像が粗かったが、そこに映っているのは確かにかりんだ。柵にもたれ掛かり、両胸を露わにされている。そこが突如アップになった。次いで下着を穿いていない下半身も。カメラは撮影対象を変え、仰向けになった多香絵を捉える。多香絵は足を大きく広げて深く眠っている。彼女は既に下着を剥ぎ取られて男の指がスカートの中を探っている。
「おい、すげーな」
木村の声で画像は終わった。
多香絵は携帯を閉じた。あいつらを殺してやりたいと思った。あの日新宿に行ってしまった自分を激しく責めた。自分を罰する為分厚い辞書で自分の頭を何度も叩いた。急所に当たったのか一瞬意識が遠のき、床に倒れ込んだ。
「何をバタンバタンしているのよ」
物音を聞きつけて母親が多香絵の部屋を覗き込んだ。
「私、もう死にたいの!」
母親を前にして多香絵は涙を止めることはできなかった。号泣しながら母親に自分がされた事、動画まで取られた事を話した。
「可哀想に。我が子がこんな酷い目に遭うなんて」
母親は強く多香絵抱きしめた。
「私、明日警察に行く。あいつらを逮捕してもらう」
多香絵は母親の胸で言った。母親は多香絵を自分から引き剥がし、
「それだけはやめなさい!」
と強い口調で言った。
「なんで?あいつらがやった事は犯罪だよ。刑務所に入るような事だよ」
「多香絵、落ち着きなさい。あんたがそんな馬鹿大学のサークルに入ったんでしょう?あんたが夜遅くまで男と飲んでいたんでしょ?警察に聞かれたらなんて答えるつもり?」
「え、私が悪いの?」
「あんたにも落ち度がある。それにいやらしい写真まで撮られたんでしょう?相手を怒らせたらその写真をばら撒かれるんだからね」
何故か母親は加害者の肩を持つばかりだ。
「あいつらが撮った動画にはあいつらの声も入っている。これ以上の証拠はないんだから。絶対に逮捕して貰う」
多香絵は動画を受信した携帯電話を振りかざして言った。
「携帯を寄越しなさい」
母親は手を多香絵の前に突き出した。多香絵は母親の意図がわからないまま携帯を渡した。母親は携帯を開いてボタンをいじっている。
「ねぇ何しているの?」
多香絵が聞くと、
「こんな動画は消しなさい。犯人はあんたが動画を手に入れたって知らないんでしょ?相手を刺激する事はやめなさい。もう忘れなさい。あんただって悪いんだから」
「やめてよ」
多香絵は母親の手から携帯を奪い返した。機械慣れしていない母親は動画を削除する事は出来なかった。
「あんたはまだ子供で世間を知らないんだから。おおごとにしたら就職も結婚も出来なくなるんだから。さぁ多香絵、動画を消しなさい。あんたの未来のためよ。あんたにも夢があるんでしょ?警察なんかに関わってみなさい。絶対にあんたがあばずれ扱いされて終わりなんだから」
母親の言っている事はもっともだ。多香絵は母親に言われた通りに携帯を開いた。あんな奴らと関わりあって自分が消耗するのは馬鹿馬鹿しい。こんな動画、知らない人が見たら私だと気がつかない。私さえ忘れればなかった事になる。
多香絵は動画の削除ボタンを押した。
「削除しますか?」の表示が出る。答えはYES だ。
ここで多香絵の指は止まる。洋平の声は震えていた。泣いていたのかも知れない。洋平がどんな大変な思いをしてこの動画を手に入れたか、そして、動画を多香絵に送るまでにどんな葛藤があったか。多香絵は携帯を閉じて、母親に言った。
「友達がこの動画を犯人から取り上げたんだ。すごい大変だったと思う。だからお母さんに言われたからって削除する事は出来ない」
「友達?」
母親は嫌な顔をして言った。
「どうせ馬鹿大学に行っているお仲間の男でしょ?彼もグルなんじゃないの?」
多香絵は最早反論する気にもなれず
「そうかもね。それも含めて警察に調べて貰う」
多香絵は静かに言った。
「バッカみたい。親の言う事を聞かないで、世間知らずの子ども同士で警察だの逮捕だの言って。そんなに世間は甘くないんだからね」
母親は音を立ててドアを閉めて出て行った。動画を見た時とは違う涙が出て来た。元々母親とは気が合わないと思っていたけれど、ここまで私の気持ちを無視出来るとは思わなかった。私は誰からも粗末に扱われる運命なんだな、母親からさえも。だからあいつらに一服盛られて裸にされて笑い者にされるんだな。
こんな風に軽んじられて、辱められて、おもちゃにされるのが私に一番相応しい生き方なんだな。
もう死のうかな。