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ドブネズミ  作者: 山口 にま
第二章 一人になっても
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証拠

「大丈夫だった?途中ではぐれちゃったみたいだったけれど」

昼前に目を覚ました多香絵はそうかりんにメールしてみた。

「うん大丈夫だよ。いつの間にかタクシー乗って帰ってきた」

かりんからはあっけらかんとしたメールが返ってきた。多香絵は続けて、

「金本君達からその後連絡あった?」

「ううん、特には。財布から三千円なくなっていたから、金本君達が飲み代を払ったのかもね」

「そんなに飲んでないのに昨日の記憶がないんだ。なんかおかしくない?」

多香絵のその問いかけに、かりんからの返信はなかった。

午後からの講義に出るために多香絵は電車に乗る。電車の中で再度かりんにメールしてみた。

「もしかして、一服盛られた?私達」

多香絵が大学に着く頃に返信が届いた。

「もしかしてそうかも。でも証拠がないよ」

だけだった。

かりんはパンツを脱がされていやらしいことをされていた、そんなことはメールできなかった。


翌日語学の授業にかりんはやって来た。多香絵はかりんの顔を見たら、非常階段での光景をまざまざと思い出した。柵にもたれかかり、目を閉じていたかりん。木村はかりんの下着を下ろし、彼女の白い腹が露わにしていた。全てがむき出しだ。

授業が終わると、多香絵はかりんを廊下の隅に誘った。

「新宿での事、何か覚えている?」

多香絵の問いにかりんは首を横に振った。多香絵は思い切って、

「多分私達、レイプまがいの事をされているんだと思う」

「そんなことは・・・・」

かりんは即座に否定した。

「でも私、少し覚えているの。非常階段でかりんが・・・・」

「そんな事を今更言ったって仕方がないじゃない!」

かりんは鋭い声を上げた。普段の大人しい彼女からは思いもつかない大きな声だった。

「あんな人達と同席した私達が悪いんだよ」

とかりん。

「そりゃ違うでしょう。向こうがしたことは犯罪じゃん」

「でも証拠は?私達の言うことなんて誰も信じないよ。もう私は忘れる」

かりんはそう言った後に、声を潜めて

「ねぇ知ってる?金本君のおうちって凄い金持ちなんだよ。お父さんはいくつも会社を経営していて。私達が何かを言ったところで揉み消されるよ。下手したら私達が嘘つき呼ばわりされるだけ。もうやめようよ。もう金本君達の大学とも関わらない。あの人達のサークルもやめる。それでいいよね?」

それだけを言い捨てて、かりんは次の講義へと向かって言った。


金本のサークルからは頻繁に告知メールが回ってきた。多くは飲み会や連休を利用した合宿などだ。もしかしてこのサークル、女の子を酔わせて強姦するための集まり?私が黙っていたら他にも被害者が出るんじゃないのかしら。多香絵はこの事を黙っていられないと思った。かりんはと言うととっくに配信を停止し、関わりを拒絶する。


「最近サークル来ないけれど忙しいの?」

バイトの仲間でもありサークルの同期でもある駒木洋平が多香絵に話しかけた。二人は同じスーパーでバイトをしている。今はバイトの休憩時間だ。洋平は体の線が細く、顔も子どものようだ。おまけに声が甲高くとても二十歳過ぎの男には見えない。多香絵は洋平に対して女友達のような気安さを感じていた。

「もう、行きたくないんだよね」

多香絵はため息まじりに言った。

「なんかあったの?」

洋平の問いに答える代わりに、多香絵は

「金本君っていやらしい人?」

と聞いた。

「あいつには色んな噂があるから」

洋平は即答した。

「例えばどんな?」

多香絵は聞いた。洋平は声を潜めて

「盗撮したことがある、とか」

「最低ね」

多香絵は吐き捨てた。

「大丈夫?」

洋平は心配顔だ。

「大丈夫じゃないかも知れない・・・・」

そう言って多香絵は手で顔を覆った。

「やばい話?」

「分からない・・・・。四月頃、サークルの飲み会だと思って集合場所に行ったら金本君と木村君しかいなくて。私とかりんと彼らの四人で飲んだんだ。そうしたら途中で記憶がなくなっちゃって。かりんもそうだった」

「犯罪の匂い、プンプンだな」

洋平は顔をしかめる。腕を組んで考えた後に、

「で、君はどうしたいの?」

「どうしたいのって・・・・・、やっぱり警察?」

多香絵が言うと、

「分かった。実は心当たりがあって。あ、売り場に戻らなきゃ。君は自分では動かないで」

そう言って洋平は休憩室から出て行った。


洋平の言う心当たりとは、金本が放課後の教室で携帯電話を見ながら騒いでいた事だ。

「おい、これマジすごくね?」

金本といつもつるんでいる男がニヤついている。

「お前も来りゃ良かったのによ」

と金本。金本の友人は

「次は俺もやってやる」

金本は洋平が教室に入ってきた事に気がつくと真顔になり携帯を折り畳んだ。

「おい、そろそろ合宿の金を払えよ」

洋平は金本の前で会計ノートを広げた。

「今払うよ。二万だっけ?」

金本はジーパンのポケットから財布を出して、二万円を寄越した。金本に集金をして手持ちがないと断られた事がない。金持ちのボンボンなんだなと洋平は思う。


多分携帯の中に多香絵とかりんの恥ずかしい映像があるのだろう。洋平はその画像を確かめ、出来れば入手もしたかった。


多香絵と話した数日後、洋平はサークルの内輪の飲みに参加した。男だけの席で、金本は最初から下ネタの連発だ。金本の酔いが進んできた頃、洋平は

「この前、エロい動画観ていたんだろう」

と金本に聞いてみた。金本は木村と顔を見合わせて、

「そんなにエロくねぇぞ。本番はないし」

と言って、意味深に笑うだけだった。金本がトイレに立っている間、洋平は先日携帯を覗いで騒いでいた男に、

「どんな画像だった?」

と聞いた。男は

「金本が好きそうな奴」

「何?鬼畜系とか?」

「鬼畜っていうか、ちょっとアブノーマル入っているよな」

「俺も見たい」

と洋平。

「金本に直接頼めよ」

「もしかして俺達の知ってる女子が映っているか」

洋平の問いに、男は言いにくそうに

「まあな。でも俺はその場にいなかったぞ」

「誰が映っていた?」

洋平が男にそう聞いたところで金本が戻って来た。洋平はさりげなく話を終わらせる。


金本の携帯を盗むか?いやいや、それはさすがに犯罪だろう。俺が捕まる。金本に合わせてエロい話をし続けたら金本もこっちに気を許すか。それとも木村の方が落ちやすいか。洋平は木村に照準を合わせる。洋平は普段は決して見せない女性への欲望を口にする。

「このサークルで女の子をお持ち帰りとか出来ねぇかな」

「そういう話はちらほら聞くよな。酒に弱い子は弱いじゃん」

「この前凄いエロいの撮ったんだって」

「あんまり大きい声じゃ言えねぇけれどな」

「別にいいんじゃん。女の子ベロベロだったんだろう。どうせ覚えていないって」

「まあな」

「俺も見たい」

洋平がそう所望すると

「えー。それはちょっと・・・・」

木村は拒み、タバコの箱を手に取った。タバコは既になくなっていた。木村は店員を呼び、

「マルボロメンソール」

と命じた。店員がマルボロを手に席に戻ってくると、洋平は素早く財布を出してタバコ代を払う。

「いいよ、悪いよ」

木村は突然の奢りを断った。

「いいからいいから。その代わり、例の画像、俺の携帯に送ってくれよ」

洋平の申し出に木村は暫く考えていたが、

「拡散するなよ」

と念を押して洋平の携帯に画像を送って来た。

「サンキュー。お前こそ、俺がこの手のエロ画像を見たがったって言うなよ」

意外にあっさり陥落したな。ミッション終了。しかしこんな画像、多香絵ちゃんに送って大丈夫だろうか?第一関門が画像の入手だとしたら、第二関門はどう多香絵に見せるかだ。


洋平は二次会のカラオケを断り、早々と帰路に着いた。電車の中で両手で画面を隠して画像を確認した。暗がりに中で目を閉じたかりんが映っている。洋平は急いで画像を止めた。知らぬが仏という言葉が思い浮かぶ。多分目を覆いたくなるような陵辱の画像が続くのだろう。自分たちがされた事を一から十まで知って、彼女達はこれから生きていけるのだろうか。

でも多香絵は言った。警察、と。証拠がなければ警察は動かない。この画像は彼女に必要なんだ。そう洋平は自分に言い聞かせた。

途中の乗り換えの駅で洋平は多香絵に電話をかけた。洋平は酔いと緊張で息が荒くなる。私情を交えず事実だけを淡々と多香絵に伝えた。

「木村が携帯に持っていた動画を手に入れた。最初の方だけチラッと見たらかりんちゃんが映っていた。そこしか俺は見ていない。動画をそのまま多香絵ちゃんに送るから、これを見るかどうかも含めて多香絵ちゃんが決めて」

洋平の声は震えている。これを見て多香絵が変になったり、自殺したらどうしよう。多香絵は洋平が何を恐れているか気づいたのか、

「私は大丈夫。強くなる」

ときっぱりと言った。

「分かった。今から携帯に送るね。送ったら俺はこの画像を削除するからすぐにコピーを取って、パソコンにでも保存しておいてよ」

洋平はそう言って電話を切った。

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