空模様
目覚めてから数日が立ち。自分の周りについては少しずつ分かってきた気がする。
両親にも迷惑をかけてばかりだが、少しは違和感なく話せているだろか。
だが問題は自分の消えた記憶ではなく、目の前にいる「彼女」だ
「ねえ~なんでそんな暗い顔してるわけ?ほら笑って笑って!」
「一応僕は病人だし、君が元気すぎるの。」
「ふふっ、そうかなぁ?」褒めてるわけじゃないのに・・彼女は満足そうに笑う。
「そういえば、本ありがとう。読み終わったから返すよ」
「返すって、それは昴のだよ。返すついでに持ってきたの。」
この本は僕のだったのか。意外だな。暗い僕と明るい君という点では、なんだか親近感がわく。やはり彼女は明るく笑顔が絶えない。
わからないな少しも。
「昴はいつ退院なの?」
「正確にはわからないけど、検査も終わったしすぐ退院するよ。」
「そっか~そしたら絶対教えてね!」
「わかったよ」
「じゃ、もう行かなくちゃ バイバイ」彼女は病室を出ようとする。
「まって!」
「ん?どうしたの急に。」
「君の名前は・・」
そう言うと、彼女は待っていたかのような表情をする。
「私の名前は星凛・・だよ。」
「じゃあね。」
そう言うと彼女は複雑な表情を見せ、病室を出た。
彼女から名前を聞けたというのに僕の心には濃い靄がかかる。
あの悲しそうな不安そうななんとも言い表せないあの表情。
あんなに明るいからこそ勘ぐってしまう。
灰色に濁る曇天の空は僕の心のようだった。
このまま雨が降らないことを願う。ただひたすらに。
僅か二日間の出来事にもかかわらず、僕には二日のようには思えなかった。
例えば数年いや数か月のように・・・
突然激しい頭痛に襲われ、目の前がぼやける。
そこで意識は途絶えた。
まだ寒い夜、家を出ていつもの通学路を通る。
事前と早足になり、道を進む。
見慣れた公園につくと、僕は一人夜空を見上げる。
感傷に浸っていると、どうやら「来た」みたいだ。
そこで目が覚める。体は鉛みたいだ。
そんなに時間もたっていない、しかし何だったんだろうか。
夢にしては生々しい、だからと言って現実ではないが。
なぜ見たこともないのに通学路だと思ったのか、あの公園は・・
「ううっ」また頭痛だ。
考えるのはやめておこう、疲れてるんだ、色々と。
検査もない今日は、多々ぼんやりと残りの一日和過ごした。
ただ一つ、雨が降ったが。
今日は土曜日だ。今日はいつもより早く起きた。
それは、いつものようにあの騒々しい声に起こされる自信がなかったからだ。
わずか数日の日々では彼女が「来る」という確信が持てなかった。
それなのに彼女のことを考える僕は多分・・・
いや、本当に馬鹿だ。
本当の関係を知らない僕には、何も言いようがなかった。
どんなことを言おうと、今の僕は君と仲が良かった「昴」ではない。
それでも僕は「昴」。どうこれから過ごそうか。
・・・・・ドアの外から話し声が聞こえる。
聞き慣れた看護師さんの声と活発そうな女性の声。
そしてドアが開く。かなり強めにドアを開いたので反動で少しドアが戻る。
彼女が着ている制服と同じ物を着た女子が僕を睨む。
睨まれることをした覚えはない。もしくは記憶が無くなる前の出来事なのか。
「ちょっとあんた何のつもりなの!」
「何のつもりって言われても、そもそも僕は君が誰かも知らないんだ。」
「は?何ふざけたこと言ってるのよ。」
「僕は記憶喪失になったんだ。だから君が誰か僕は知らない。」
「・・・・・でもあんたには言わなきゃいけないことがある。」
場が緊張感に包まれる。僕は気を確かに持つことが最優先だ。
「星凛は泣いてたよ。私には全然わかんなかったけど、星凛が悩んで辛いことぐらいはわかる。」
僕は驚いた。彼女が泣いていたこと。あの表情の心理がそれなのかもしれない。
「ああ、僕にも心当たりがある。」
「やっぱりね、あんたしか居ないと思ったんだ。」
「それはどうゆう事?」
「そんなのは後、さっさと話しなさい。」
気の強い彼女に流されるまま僕はこの数日間のことを嘘偽りなく話した。
「・・・・・・」僕が話したあと彼女は深く考え込んだ。その間沈黙が続く。
「あんたはさ、ほんとに記憶がないわけ? 」
「無いよ、君が誰かも分からない。さっき話したように彼女と僕の関係もイマイチ分からないまま過ごしてるんだ。」
「星凛はその事は知ってるの?」
「もちろん知ってるよ」
彼女は随分と納得した表情で僕を見る。僕は目を逸らさなかった。
「わかった。じゃあ星凛と時間を過ごす。これしかない。」
「急にどうしたの?」
「あんたと星凛がなんで一緒にいるかは、私にはわからない。でも、星凛があんたのことを大切にしてるから悩むの。」
「・・・・・」
「だからあんたが失った時間と思いは自分で取り戻すしかない。それは星凛も一緒。
過ごした時間を失ったと思い込んでるあんたが取り戻しなさい。」
「君はどうしてそこまで考えてくれるの?」
「勘違いしないで。これは星凛が悲しまないためだから。」
「わかった。もう迷ったりしない。」
彼女は、誇らしげな顔をした。
「星凛になんかしたら許さないから。」
言葉で反応せず、目を見て微笑んだ。そのまま彼女は病室を出る。
僕は初めて知った。僕は僕で変わりないことを。
記憶が消えようとも「日常」は消えてないこと。
嬉しかった、自分を大切に思い、悩んでいること。
自分に笑いかけてくれること。自分と過ごそうとしてくれること。
自分が築き上げていた「日常」を過ごせること。
だからこそ自分を別の人間として「日常」を捨て去ろうとしていたことに気づく。
仲が良いと言ってくれた彼女に疑問を感じ、大切に思う気持ちを無視した。
まだまだ自分を知らない僕だけど自分の「日常」の続きを描こうと思えた。
退院が楽しみになった。