日常
目の前が光に覆われる。僕は、「死」というものを強制的に覚悟させられた。
星が夜空を埋め尽くす今日、僕は交通事故にあう。
僕の伸長をはるかに超えるトラックは、軽々と僕を跳ね飛ばす。
目を開けると知らない女性が涙を流している。
「ここはどこですか?それに、あなた方は一体・・・」
「何を言ってるの、あなたの母親じゃない」
母親・・・・それに僕は誰だ、一体何をしてるんだ。
「僕は一体・・・何もわからない。」
母親と名乗る女性は、誰かを呼ぶ。
その「誰か」は医者で僕は「記憶喪失」らしい。ただ、僕が失ってしまったのは
「日常」のすべてだった。
僕は一週間ほど意識が戻らなかったらしい。幸い大きな外傷はなく、奇跡としか言いようがないのだが僕は何よりも自分自身がわからない。どんな人間なのかどんな毎日を送ってきたのか。
病室の外は大勢の人々の「日常」がひろがっている。
「僕はこれからどうすればいんだ。」
嘆いたってもちろん答えは返ってこない。
今日は、「新しい僕」としての一日目。ほぼすべてリセットされたにもかかわらず
処理しきれないほどの情報が頭に流れ込む。
消灯時間まで時間はあるらしいが寝るとしよう。
次の日になり、僕はこれからのことを考えていた。その時急に扉が開く。
「昴~久しぶり!」
「・・・君は誰?」目の前には、同い年ぐらいだろうか、女子の姿があった。
「うわ、ほんとに記憶がないんだ、私は君の友達?まあ仲良しだよ。」
「曖昧だなぁ」
「そんなことはどうでもいいの(笑)」
「君が退屈してると思って話しに来たんだよ」
「なら君は、僕仲が良かったなら、僕のこと聞いてもいい?」
僕がそう聞くと、一瞬不満そうな顔をしたが、すぐに笑顔に戻る。
「いいよ、何から聞きたい?」
「そうだな・・・君は何で僕と仲がいいの?」純粋な疑問だった。
昨日親から聞かされた話を要約すると、「本が好きな暗めの子」だったからだ
記憶がない今の僕でも何となくわかる。人との関わりが得意じゃないことぐらい。
それに彼女の口調や雰囲気から伝わってくるものは、まるで僕の反対側のように感じたからだ。
クスッと笑い彼女は答える。
「何だか恥ずかしいこと聞くね(笑)それは昴が自分で確かめなよ!」
「えぇ、確かめようがないのにな」
「ふふっ、そのうちわかるさ私と昴の仲でしょ?」
それがわからないから聞いているんだと言いかけてやめる、彼女のマイペースに流されておこう。
「じゃあ、僕はどんな人だった?」
「おっ、いいね~ 昴はあんま今と変わんない感じかな、控えめで素直じゃなかったり、素直だったりね」
「あんまりいい印象ないね」
「ははは、どうかな?」
「あ、そうそう本持ってきたんだ、はい」
「あ、ありがとう大切に読ませてもらうよ」
「じゃ、もう行かなくちゃ バイバイ」彼女が笑顔で手を振るので、僕も軽く会釈をする。
彼女が帰ると、なんだかどんよりした病室に戻り、寂しさを感じる。
それに家族と違って彼女には悲しい表情が見えなかった。
彼女にとって僕はただの友達であり、他人なのかそれとも・・・・
「難しいことを考えるのはやめよう」彼女が持ってきてくれた小説を読むことにした。
文字に触れるのは、初めてのはずが自然と理解でき内容が鮮明にわかる。
不思議な感覚だ。
「一日の価値は変わらない。」か・・・僕から消えていった日常の記憶。
消えても僕が過ごした一日は変わらないのだろうか。
考えれば考えるほどにわからなくなる。
僕は自分が過ごしたはずの「日常」を確かめたい、と思う。
「ああ、もうこんな時間だ。」そろそろ検査の時間になる。読み始めたばかりの小説に
しおりを挟み、検査へ向かう。
やはり、僕のような記憶喪失のパターンは珍しく医学的にもうまく解明できていないらしい。それでも生活できるだけでもありがたいと思うべきなのか、それとも全ての記憶が無くなったほうが幸せなのか。リセットされた僕には到底理解できないことだ。
退院はいつになるだろう。検査はもううんざりだ。
そういえば、今日来たあの人は、なんという名前だったか、すっかり聞くのを忘れていた。
もし次に会う機会があれば聞かないと失礼だ。名前もわからないなんて。