【予告版】暗殺されるのが分かり切っているので、邪竜がくれた穴掘りチートで皇子は義賊を始めることにしました(挿絵あり
つまるところその奇書にはこう記されていた。
『皇帝の七男アシュレイよ、未来が欲しければ己が手を汚せ。貴様そのものが裁判官にして処刑人となれ。悪を屠れ。貴様の信じる正義を果たせ。飽くなき挑戦を続けろ』と。
自称読書家の俺が保証しよう、これは正真正銘の奇書だ。
これは課題の詰め込まれた問題集のようなものなのだが、その内容というのが常軌を逸していた。
異界の言葉で表現するところの文庫本、その薄いページをこうしてパラリとめくれば、インクのかぐわしい香りと共に数々の無理難題が現れる。
さらにその本は闇夜の中でも自らが淡い光を放ち、閲覧者に無言の自己主張をしていた。それにもう一度目を通す。
――――――――――――――
- 粛正 -
【悪党を1人埋めろ】
・達成報酬 EXP200/スコップLV+1
・『悪の息の根を止めよ。正義を果たす勇気を獲得せよ』
――――――――――――――
信じられん。こんなもの殺人教唆以外の何物でもないではないか……。
だがそれ以上に最低なのは、今からそれを実行に移そうとしている俺の現実だ。
それはもう避けらない。やると心に決めてしまったのだ。
だからこうして月の隠れた闇夜を選んだ。
帝都の歓楽街、その路地裏でスコップと共に身を潜めて、ただ静かに標的を待つ。断罪されて当然の悪を。
「おうそこの乞食野郎。……おいっ、お前のこと言ってんだよッ、ほら良いものやるよこっち向きな!」
……釣れた、不幸にも標的が釣れてしまっていた。
暗闇の中、鈍色のナイフが俺に突き付けられ、かすかに蒼い光を反射させている。
コイツの名はダグス、帝都の民に寄生する血も涙もない追い剥ぎだ。
バカな男だ。こうして脅しをかけられると、わずかに残っていた罪悪感と迷いすらも薄れていってしまう。
「良いナイフだ。だが生憎、俺は刀剣の扱いがからっきしでな……」
「はぁ……? お前よぉ、頭わりぃヤツだな。いいから服を脱げ、その靴もだ、死にたくなかったら――」
「ああそこから先はよく知っている。このダグス様に、今持ってるもの全て差し出しな、だろ?」
「て、テメェ……ッ、俺の名前を、まさか憲兵かッ!?」
この男は最低だ。要求に従ったところで結末は全て同じ、口封じに相手を殺し、身ぐるみ剥いで、全てを奪う。
帝都で殺しを重ねることのリスクを理解できない、頭の狂った異常者だ。
ちなみに異界の本の世界では、この手の人種を殺人狂いと呼ぶ。こちらの世界には無い定義だ。
「いいや違う。剣も槍も苦手だ、もちろんそのナイフもな、全く才能が無くてほとほと困り果てている」
「変な野郎だな……。いや、とにかく全部脱げ、死にたくなかったらな」
「アンタこそ逃げたらどうだ。アンタ、相当恨みを買っているようだぞ」
「バカ言え! テメェみてぇな青二才が、このダグス様に敵うわけねぇだろ、クソがッ!」
本の中と現実は違う。現実の悪人は短気で気まぐれ、特に不意打ちを好む。
鈍色のナイフが軽く引かれ、すぐさま俺の腹を狙って突き伸ばされた。
固い音が俺の腹の上、いや忍ばせておいたレンガ舗装の上で鳴ったよ。悪党を埋めるには、ここの舗装路が邪魔だったからな。
俺は追い剥ぎのダグスと距離を取り、逃げられないように念のため挑発した。
「ワンパターンな手口だな。そうやって老人や子供ばかりを不意打ちで殺したのか? この臆病者め」
「ならテメェ! これからテメェをぶっ殺してやるよッッ!!」
「そうはいかん」
「ガキがイキがってんじゃねぇぞッ、死なねぇようにジワジワなぶり殺――」
ダグスの威勢は続かなかった。彼からすれば思いもしない不運が起きたからだ。
暗い裏路地の石畳に、人の身長より深い大穴が何者かの手により掘られている。そこに落ちたダグスはうめき声を上げて、痛めた脚を押さえていた。
「うっくっ……な、ナンダコリャァァッ!?」
「アンタの墓穴だ。アンタに母親を殺されたある男が、子を殺された母親が、泣いてアンタの死を願っていたよ」
俺は剣も槍もからっきしだ。だがスコップの扱いにだけは自負心がある。
察しの通りこの穴は俺が掘った。そしてこれからあの書の要求に従って、追い剥ぎのダグスを埋める。その覚悟が付いたので実行した。
「ま、まさか……待て、待て、げほっげほっ、テメェ何をッ!? う、埋めるなっ、俺をっ、や、やや、止めてくれッ、止めろッ止めろよォォォーッッ!! ヒッ、おま、か、怪物ッ?!」
「呪いたければ呪え、誰にも気づかれない歓楽街の穴底からな」
スコップの扱いだけなら任せてくれ。ものの十数秒でヤツの呪詛も懇願も、何もかもが帝都の地底に消えた。
この期に及んで正義を気取る気はない。事実、俺という生き物は怪物だったからな。
皇帝の七男に生まれた俺が誕生を祝福されることはなかった。竜の目と白い腕を持って生まれてしまったからだ。
つまり怪物が怪物を喰らっただけ、真っ当に生まれた連中には関係の無いことだ。
「追い剥ぎのダグス、アンタの方がよっぽど怪物だろう……」
ついにやつの息の根が止まったのか、例の書が青白い光を放ちだした。
小さなそれを片手で開き、さっきのページに目を落とす。
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- 粛正 -
【悪党を1人埋めろ】(達成)
・達成報酬 EXP200/スコップLV+1(受け取り済み)
・『竜の眼を持つ皇帝の子よ、見事だった』
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本の放つ光は俺の全身に流れ伝い、やがて消えた。
それだけではない、4ページ目の情報が奇妙な力で置き換わり、新しい目標が提示されていた。
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- 粛正 -
【悪党を3人埋めろ】
・達成報酬 EXP500/スコップLV+1
・『貴様は強い。さらに己の信じる道を行け、どこまでもこの我と』
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こんなものどうかしている。さらにやつらを屠れと本が俺にささやいてきた。
邪竜ジラントより受け取った邪竜の書とやらが、独善的な正義を俺に願っていたのだ。
「なるほどな……」
達成報酬のスコップLV+1とやらがどんなものか試してみた。
発掘用の大きなスコップの切っ先を、掘れぬはずの石畳に突き刺す。
ジャリ……と硬い音が鳴ると、俺のスコップはレンガを硬い粘土のようにたやすく斬り抜いていた。
これは凄いな、趣味の遺跡発掘がさらにはかどってくれそうだ。
邪竜ジラント、俺もせいぜいアンタの力を利用させてもらうことにしよう。
いつ暗殺されるかもわからない、異形の皇子がただこの世で生き続けるためにな。
◇
◆
◇
◆
◇
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竜と放蕩皇子の出会いから始まる正義の物語
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ほんの半月ほど前――
「アシュレイ、そんなふざけた物で戦うのは止めろ、いい加減剣を持て!」
「そうは言うがゲオルグ兄上、俺に剣の才能が無いのは兄上だってわかっているだろう」
俺の名はアシュレイ、一応皇帝の七男だ。
今はこうして宮殿の練兵所で、6つ上の五男ゲオルグ兄上と剣とスコップを向け合っていた。
「そんなもので何ができる!」
「穴が掘れる。発掘もできる。必要があれば芋も探せるかもな」
「皇帝の子が持つものではないと言っているのだ!」
「そうは言うが兄上、俺は公式には存在しないも同然だ。皇子ですらない者に剣が必要か?」
ゲオルグ兄上は頭の硬い男だ。
帝位継承権は5位、奇跡と不幸が同時にやって来ない限り、皇帝の座とは無縁の存在だ。それゆえ帝国の一将軍としての道を自ら選んだ。
ちなみに俺の継承権は53位だ。
俺をのぞく全ての皇族が死んだら、そのときはようやく俺の出番になる。
「だからこそ俺と同じ武門を選べ! そんなスコップで戦う将軍がいてたまるかっ、軍の士気に関わる!」
「気持ちは嬉しいがこの通りの姿だ。うっ、くっ……おい、聞いてるのか兄上ッ!?」
訓練用の刃のない剣が俺に向かって振り回された。
スコップの扱いにしか能のない俺は、その鬼のような乱撃を切っ先で受け流し、隙を見ては突きを入れる。
「ならばそのプライドをへし折るのみ! アシュレイッ、お前が皇帝の子で、俺の弟である事実は変わらん!」
「くっ、アンタはいつもそうだ。うぐっ、おい、加減してくれ……っ」
兄は強い。わずか23にして将軍の座を得た男だ、剣の達人と呼んだっていい。
他の連中ならまだしも、ゲオルグ兄上にだけは勝てそうもなかった。
「スコップだと?! そんな得物はッ、皇帝家の男子にッ、相応しくないと何度言わせるつもりだッッ!!」
情けないがまた打ち負かされた。
俺のただ1つのプライドはゲオルグ兄上のとんでもない怪力に弾き飛ばされ、七男アシュレイは武器を失って地にはいつくばったよ。
善意でやっているのはわかる。だが兄上はあまりに苛烈すぎる……。
「ちょっとゲオルグっ、私のアシュレイに何をするのよもうっ!! アシュレイ、お姉ちゃんよ、大丈夫だった? ねぇ痛くない……?」
ところがどこから嗅ぎつけてきたのか、兵舎に姉上が現れて俺をゲオルグ兄上からかばってくれた。
いや気持ちは嬉しいが、負けた男がこんな扱いをされるのは情けない。とは面と向かって言えん。
「アトミナッ、アシュレイを甘やかすな! 不利を抱えているからこそ、厳しく向き合う必要があるッ、もう子供ではないのだ!!」
「ゲオルグには聞いてないわ! ねぇアシュレイ、痛いところがあったら言ってね、お姉ちゃんが痛くなくなるまでさすってあげるから……」
アトミナとゲオルグは双子だ。
昔はこの2人に遊んでもらったものだが、ゲオルグ兄上は頭の硬い軍人に、アトミナ姉上は帝国諸侯の一人に嫁いでしまった。
「平気だ姉上。ゲオルグ兄上が言うとおり、俺はもう子供ではない」
「でもぉ……お姉ちゃん、ずっとあなたのこと心配してたのよ……? アシュレイがちゃんとやれてるかって、ずっと……」
姉上の指は絹のようになめらかなだ。
それがやさしく背中をさすってくれると、魔法のように痛みが薄れゆく。
ゲオルグ兄上はそんな皇女様にあきれていたがな。
俺としてはこの状況、アトミナ姉上のおかげで助かったとも言える。
「アシュレイ、スコップを捨てろ、それがお前のため……いいな?」
「……考えておくから今日はもう勘弁してくれ。せっかく姉上が帰省したんだ、2人で茶でもすするといい」
こんな情けない有様だ、俺はスコップを拾い直して立ち上がった。
ゲオルグ兄上の馬鹿力のせいで、スコップの側面がヘし曲がっている。今日も完全敗北だ。
「ちょっと出てくる」
「アシュレイッ、お前また宮殿を抜け出す気か!?」
「元はと言えばゲオルグのせいじゃない、もうっ!」
ゲオルグとアトミナは向かい合っていると確かに双子だ。
どちらも父上と同じ、淡くて綺麗なブロンドの髪を持っていた。
◆
◇
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◇
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さっきゲオルグ兄上にも言ったが、俺という皇帝の七男は公式には存在しない。
よって俺が城下に抜け出したところで、それは育ちの良い風体の平民が、町をぶらぶらとほっつき歩いているのとそう変わらなかった。
この生まれ持った竜眼は、ある特殊な薄型レンズを眼球に直接かぶせることで、外では隠蔽している。
父上と呼ぶことすら許さぬ皇帝が、俺に与えてくれた数少ない贈り物だ。
ゲオルグ兄上は俺に役割を与えようとしてくれていたが、俺は皇帝家の汚点だ。メンツのためにいつ殺されるかもわからん。
仮に今は良くても父上は既に老齢だ。次の皇帝が俺を生かす可能性はそう高くない。
「やあアシュレイ、また遺跡に行くのかい! ならうちでパンでも買っていきなよ!」
「もちろんそのつもりだ。ケバブサンドを頼む」
しかし宮殿の中と外じゃ空気が大違いだ。
いつものカフェの軒先に立つと、店のおばさんが明るく俺に笑う。
「はいお待たせ! ちょっと冷めちゃってるけどね、あんたは気にしないでしょ?」
「ああ、冷めていても美味い物は美味い。おばさんの料理は俺の生きる希望だ」
すぐに作り置きのいつものやつが2つやってきた。
金を払って、温かくて大きな手からそれを受け取る。
「あらやだ、若い子に口説かれちゃったわ、うふふ……」
「そうだな……おばさんがあと20若ければな、真剣に考えたかもしれん」
「あっはっはっ、あんたお世辞できたんだねぇ! ま、いってきなよ」
「ああ、行ってくる」
カフェのおばさんと別れると、その次は乗り合い馬車の駅に行った。
そこから帝都西へと向かう平民向けの馬車に乗り、目当ての場所で途中下車した。
俺の趣味は発掘だ。発掘を通じてある物を探している。
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◇
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◇
◆
黙々と土を掘る。ただ黙々と、日が陰るまでスコップを振るう。
俺は皇帝の子だが、やはりこっちの方がずっと性に合っている。
心が安らぐ、開放的だ。息が詰まりそうな宮廷よりずっといい。思わぬお宝が得られる夢もある。
まあ……空振りの日も多いがな。
今は古い住居を掘り起こしている。言わば建物は宝箱だ、俺の目当てはほぼ室内からしか手に入らん。
ようやく窓を掘り当てたので、発掘家は木戸を蹴り破って中に入った。
俺の目当ては異界の書物だ。カンテラを灯し、最優先で本棚を探す。
代わりに下り階段を見つけたのでそこを進むと、どうも空振りだったのがわかった。
「今日は踏んだり蹴ったりだな……」
ところがしばらくして妙なことに気づいた。
上の階は空き部屋同然だったが、下は住居にしてはいやに広い。
扉を見つけた。その先が気になってそれを蹴り開くと、長く果てしない回廊が奥へ奥へと続いていた。
地下に広い空洞があったのだ。考古学と呼ばれる異界の学問からすれば、これは大発見だっただろう。
白い石柱の並ぶ、暗闇の回廊を進む。
果てが無いように思われたその地下にも終わりがあったようだ。
目の前にとんでもなく広い祭壇が現れて、そこに何か巨大な建造物があったのだ。
神を象った彫像か何かだろうか、カンテラを近付けて青く光を跳ね返すそれに触れてみる。
するとそれは、妙に生温かかった。
「いや、まさか、これは……なッ?!」
石だろうと金属だろうと、それが人肌の体温を持つだろうか。
それがいきなり動き出して、地を揺らして身をもたげるだろうか。
それは神像ではなかった、生きていた。
俺が触れたせいだろうか。地底に眠る巨大な生き物が光る眼孔を開いて、侵入者を高所から見つめていた。つくづく今日は厄日だ……。
『案ずるな。人を喰らう趣味など持ち合わせておらぬ』
それは蒼い巨竜だ。砦のように巨大な竜が、ちっぽけな人間アシュレイに、竜の眼孔と危険なアゴを近付けてきた。
俺はあまり勇敢な男ではない。喰われるかと焦ったが相手にその気はないらしい。ヤツの自己申告だがな。
『アシュレイ、来ると思っていたぞ』
「あまり驚かさないでくれ。というより、アンタなんで俺を知っている」
『ここより地上を掘り返していたのを視たのだよ。してアシュレイよ、早速だが、我を見つけた褒美を取らせよう』
「褒美か。それはアンタの素性を聞いてからだな、アンタ何者だ?」
『よくぞ聞いた。我が名は邪竜ジラント、まあしばし見ておれ』
ソイツは邪竜と名乗ったが、あまり禍々しい印象を覚えなかった。
そもそも本当に邪悪な存在ならば、自分を神だとか、聖なる竜だと偽るだろう。ならば異界の言葉で言うところの、中二病とやらをこの竜は患っているのか。
しかし信じられん。その邪竜ジラントの巨体が急に縮んでいった。
何度も目を疑っていたら、ジラントは消え、なんとそこに小さな本を持った女だけが現れていたのだ。
「アンタ、まさかジラントか……?」
「如何にも」
それだけじゃない。ソイツは俺と同じだった。
同じ竜眼を持つ女がそこに現れて、俺は感動と、同族意識を覚えずにはいられなかった。
「そうか……巨竜が美女に変わるなど、まるで異界の本の世界のようだ。……いや、美女と呼ぶにはやや幼いな」
「貴様に礼をせねばならぬからな。さあ受け取れ、これは邪竜ジラントの書……ここに記された課題を果たすたびに、持ち主を飛躍的に成長させる導きの書だ。これから他ならぬ我が、貴様を、皇帝にしてやろう……」
邪竜というのは冗談もできるのだな。
皇子と名乗ることもできない七男、父親に疎まれる継承権最下位を皇帝にしてくれるそうだ。
「ありがたいが無理だ。アンタ今の皇帝に俺がなんて呼ばれてるか知ってるか? 忌み子だ。俺は皇帝家の汚点、俺が皇帝になる時は、それはこの国が滅びる時だ」
「それも我が全て覆してやる。我が保証しよう。この書を受け取れば貴様の運命は変わる。さあ受け取れアシュレイ……忌み子として一生を終えたくなかったら、受け取れ、我が力を……」
しかしゲオルグ兄上とあんなことがあった後だ。
拒むという考えは頭に浮かばず、俺はただあどけなさの残る娘を、その青い竜眼を見つめていた。
長らく思っていたことがあった。俺は人間ではないのではないかと。
そして俺の目の前にいる者こそ、俺が味方するべき同族なのではないか。
俺は彼女から小さな本を受け取った。
それこそが邪竜の書、手にするだけで邪竜ジラントの熱く強い力が入ってくるかのような、奇妙な感覚の代物だった。
「良い子だ、アシュレイ。とはいえ復活にはほど遠い、しばらく貴様の身体を借りるぞ」
同じ外見を持つ彼女の力になりたいと思った。
ほどなくしてジラントが俺の胸に頭を寄せて、温かい体温と共に背中に両手を回す。
すると彼女は消えた。消えて、無茶苦茶な要求ばかりが記された奇書だけが残っていた。
全て俺の空想だったのだろうか。そうも思ったが、暗闇の中で光る本がそれを否定する。
どうせいつ消されるかもわからん命だ。
邪竜の手先になる人生も、あながち悪いものではないかもしれんな。
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- 冒険 -
【冒険者ギルドに向かえ】
・達成報酬 EXP100/出会いの予感
・『選り好みはするな』
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- 探索 -
【帝都を5周しろ】
・達成報酬 VIT+50
・『走らずに歩け』
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- 粛正 -
【悪党を1人埋めろ】
・達成報酬 EXP200/スコップLV+1
・『悪の息の根を止めよ。正義を果たす勇気を獲得せよ』
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- 投資 -
【合計1万クラウン使え】
・達成報酬 EXP1000/出会いの予感
・『無駄使いはするな』
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いや待て、先言を撤回したくなるようなのがかなり混じっているぞ……。
◇
◆
◇
◆
◇
善は急げと行きたかったがな、あの竜の祭壇から地上に戻った頃には既に夕暮れ時だった。
収穫物は無理難題ばかりが記された奇書、邪竜の書が1つだけだ。
ふと西側の空を見上れば、広大な帝都が夕焼けを背に赤々と燃えていたよ。そこで少し気になってな、書をまた開いてみた。
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- 探索 -
【帝都を5周しろ】
・達成報酬 VIT+50
・『走らずに歩け』
――――――――――――――
邪竜ジラント、アイツは人間の歩幅というものを知らんのだろうか。
あの巨大な帝都を歩いて5周回れだと? ジラントよ、いくらなんでもそんな無茶苦茶には付き合いかねるぞ。
ちなみにだが、VITというのは異界の概念だ。
ざっくり言えばスタミナの総量、多ければ多いほどタフな戦士という意味になる。まあ俺も男だ、タフになれるという代価に強く憧れないでもない。
もちろんジラントとこの本が俺に嘘を吐いている可能性だってある。
そうなればこの書から選択する項目は1つだろう。俺は最初のページにもう1度目を落とす。
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- 冒険 -
【冒険者ギルドに向かえ】
・達成報酬 EXP100/出会いの予感
・『選り好みはするな』
――――――――――――――
「まずは冒険者ギルドか。まるで異界の物語だな……」
実を言えば冒険者という商売に元から強い興味があった。
クエストにもよるそうだが、こいつらの商売は要するにバクチ屋だ。掛け金は己の命、だから冒険者と呼ばれる。
俺のような発掘家からすれば、ロマンを求めてバクチに生きる姿にどこか親近感を覚えていた。
レアを引き当てれば一攫千金、外れを引いたり他者に先を越されれば一銭にもならない。
スコップにしか能のない変人に仕事が勤まるかはわからんがな、俺の趣味に似ているような気がした。
◆
◇
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◇
◆
その翌日、早起きをした俺は再び宮殿を抜け出すことにした。
「アシュレイ様ッ、なりませんぞ! またお忍びで帝都に下りるなどッ、暗殺者を差し向けられたらどうするおつもりございますか!」
「その時はその時だ、どっちにしろ長生きできる生まれではない。ではすまんが爺、アトミナ姉上が訪ねてきたら相手を頼む」
一応俺にも保護者のような者がいる。
年老いた小姓だ。俺の呪われた外見を知りながら、幼少の頃から温かく面倒を見てくれた。
「何を勝手な! ダメですぞ殿下ッ、ゲオルグ様がまたお怒りになりますぞ! この爺の身にもなって下され!」
「すまん、ゲオルグ兄上にも謝っておいてくれ」
「お待ち下さいアシュレイ殿下ッ! 年寄りにあの方は酷でございますッ、後生ですからっゲオルグ様の滞在中は……ッ、お、お待ち下されアシュレイ様ぁぁっっ!!」
「悪い。それと今日は戻らんかもしれん、ではな爺」
爺には悪いがな、一晩寝たら書の清々しいほどの無茶ぶりが俺の好奇心に変わった。
よって皇帝の七男は己が公式に存在しないことをいいことに、今日から開き直ることに決めたらしい。
◆
◇
◆
◇
◆
冒険者ギルド帝都中央支部の前にやってきた。
話に聞く限りでは金回りが良いはずなのだが、この組織は建物への投資をケチる。
よって一見は大きな酒場にしか見えない。
いやいざこうして入り口をくぐれば、内部は酒場と受付、事務所が合体したような荒くれ御用達の構造だった。
「おい……アイツなんか、光ってるぞ……」
「おお、なんだありゃ、光ってんな……」
「いやそれよりよ、なんであの男スコップなんて持ってんだ……?」
場違いな場所に入ってしまった自覚はある。
だが追い打ちだ。バックの中から青白い光があふれて、それが俺の全身に飛び火していた。
「お、逃げた」
「ははは、変なやつだな~!」
「アイツうちに何の用だったんだろうな……」
そうさ、逃げたよ。
カウンターの酔客たちに奇異の目線で見られたのだ、まずは撤収するしかあるまい……。
おいジラント、こんなことになるなんて聞いていないぞ……。
ギルドの隣は酒場だ。俺は建物と建物の狭い隙間に潜り込んで、バックの中の忌々しい邪竜の書を開いた。
――――――――――――――
- 冒険 -
【冒険者ギルドに向かえ】(達成)
・達成報酬 EXP100/出会いの予感(EXP獲得済み)
・『続きのページを見ろ』
――――――――――――――
――――――――――――――
- 冒険 -
【冒険者ギルドで仕事を1つ達成しろ】
・達成報酬 EXP150/今度こそ出会いの予感
・『選り好みはするな』
――――――――――――――
――――――――――――――
- 目次 -
【Name】アシュレイ
【Lv】3→4
【Exp】215→315
【STR】11→13
【VIT】25→28
【DEX】20→22
【AGI】14→15
『喜べ、貴様は1割ほど成長した』
――――――――――――――
「ノルマを達成して成長したということか……。だが、こうして数値で非力さを突きつけられるのはなかなかに傷つくな……」
俺は二の腕をまくって力こぶを作ってみる。
当然だがゲオルグ兄上には遠く及ばん。発掘を通じて鍛えているつもりだったのだがな……。
しかしギルドに再び入るのが億劫になってきた。
光るスコップ男がまた現れたぞ、とか、兄ちゃんもう光らないのかい? とか、冷やかされるに決まっているぞ……。
「ジラントめ……」
もう一度ギルド関連のページを眺める。
するとそこに新しい文字が浮かび上がっていった。
『選り好みはするな、いいから早く入れ』
目を疑うというのはこういうことだな。
俺の中に消えたあの竜眼の娘は、俺の中からこちらの行いを注視しているようだ。
「説明してくれなかったアンタのせいだろう……。わかった、今頃宮殿では、兄上が逃げた俺の代わりに新兵を鬼の形相でしごいている頃だ、もはや退くに退けん」
覚悟を決めて俺は冒険者ギルドの中に舞い戻り、まっすぐに受付の前に立った。
強くなってゲオルグ兄上に勝ちたい。書に従う動機としては十分過ぎた。
「おい、光るスコップ野郎が戻ってきたぜ」
「はははっ、もう光ってねーな!」
「なあ兄ちゃん、今日はもう光らねぇのかい? ダハハハハッ!!」
全部アンタのせいだからなジラント……。
酒の入ってる酔客、いやよく見れば冒険者たちの冷やかしを無視して、俺は受付の方に目を向ける。
ソイツもあそこで飲んだくれてるのと変わらない、だいぶ粗野な男だった。
「依頼か?」
「違う、何か仕事をくれ」
「ふぅぅん……。なら客の呼び込みはどうだ? さっきの光る芸があれば、まあ人だけは集まるぜ」
受付の言葉がまたカウンターの連中を爆笑させた。
入り口をくぐった瞬間に光りだしたがあまり、こんな扱いを受けるなんてあんまりだ。……笑う側の気持ちもわかるがな。
「それはギルドの仕事か?」
「まさか」
「ならば困る。頼む仕事をくれ、えり好みはしない」
「そうか、じゃ1つ聞く。まさかそのスコップで戦う気か?」
「ああそうだ、俺にはコレ以外の才能がない。だからスコップで戦う」
「まさかの本気かよ……。で、名前は?」
受付は俺に興味を覚えたようだ。
追い払うだけなら名前は聞かない、そう思いたいところだった。
「――灰だ」
「偽名だな。お前本名は灰だろ」
「ああ、偽名だ。副業をするなら名前を変えておきたい、本業に差し支える」
「……そうか。お前ついてるなシンザ、運良く今日は人手が足りてない。えり好みしないってのは、本当だな?」
受付の男がニタリと笑う。これはろくな依頼じゃなさそうだな……。
だがまあ、ゲオルグ兄上の相手をするよりはぬるい仕事だろう。そう思うしかあるまい。
「本当だ。何でもやるから仕事をくれ」
「OK! こんな面白れぇやつは初めてだ、笑かしてくれた礼に良い仕事をやるよ!」
世の中どう物事が転ぶかわからんものだな。
俺からすればただのトラブルだったものが、受付の男はお気に召したようだ。
やれと言われてレベルアップできるほど俺は器用じゃないがな。
「ほらこれだ、これからお前はイルミア大森林に向かい、ここに記載された薬草を採集してこい。だがよく覚えとけよ、間違って変な草持ってきても金はやらんからな、これとこれとこれ、間違えるなよ?」
「アンタ、顔はおっかないが意外と親切だな……」
俺が受付にそう返すと、またカウンター席の連中が大爆笑した。
初仕事だ。俺はもっとたくましい男になるために、ギルドの薬草採集の依頼を受けた。
イルミア大森林、俺だって知っている。そこは強い魔獣が生息する危険地帯だ。
「ああ気を付けろよシンザ、人が足りてないのにはわけがあってな、あそこで大型の魔獣が目撃されているんだ。ま、受けた以上はきっちりやれよ、せいぜい気を付けな」
「えり好みはしないと言ったはずだ。わかった、せいぜい気を付けることにする」
「ははは、根性あんなぁお前……」
「違うな、これは根性でも覚悟でもない。ただ単にな、アンタが思っている以上に――俺の命が軽いだけだ」
「ブッ、なんだそりゃダハハハハッ、兄ちゃんお前面白れぇなっ! 最高にぶっ飛んでんぜお前よぉっ!」
俺はギルドを出て、乗り合い馬車を使って帝国の秩序及ばぬ大森林へと旅立った。
異界の物語でも初仕事はスライムやゴブリン退治、あるいは薬草採集と相場が決まっている。
いつ暗殺されるかもわからんこの命だ。
死の危険など、俺にとっては何のリスクでもなかった。命が軽くて得をしたな……。
本予告版を読んで下さりありがとうございます。
本作は三日後の11月6日より、投稿ストック約70が尽きるまで毎日更新で連載を続ける予定です。
ここから熱く盛り上がる展開が目白押し、勧善懲悪の爽快劇、魅力的なキャラクター、友人シーさんが描いたかわいい挿し絵もいっぱいですので、どうか本作を追って下さい、応援して下さい。
それと、11月30日に双葉社のMノベルスより、初の書籍化作品「俺だけ超天才錬金術師」が発売されます。バッチリとキャラ萌えできるラブコメです。もし書店で見かけたら、ぜひ手に取ってみて下さい。
担当さんと試行錯誤して、読んで損のない【商品】に仕上げ直しました。まだ未公開ですが表紙絵もとても丁寧で美しく仰がずとも超尊く、沢山の方々の努力が詰まって、書籍の形になりました。
といったわけで、もしこの予告版を気に入って下さったら、どうか書籍ともども応援して下さい。
ポイントとブクマ、感想はそのまま作者のやる気になります。って書くといいらしいですね! いいらしいです。深い意味はありません。
※11月6日加筆
予告通り、連載版を開始しました。応援沢山ありがとうございました。