第二王女ととある学園
ソフィーヤは、この王国の第二王女である。
四方四か国に囲まれながら、その勢力を保ち続ける大国。豊富な資源が存在するが故に、戦争が起こることもあったこの国は現在概ね平和である。それはソフィーヤの父親である現国王の手腕のためと言える。彼は戦争を起こさないように外交をし、攻め込まれないように国力を上げてきた。小競り合い程度はあるが、国自体が疲弊するほどのことは起きていない。その手腕をソフィーヤは尊敬している。
ソフィーヤは王女という立場であるが、学園に入学するこの年――十五歳になるまで表舞台に立つことはほとんどなかった。
限られた王宮の中で過ごし、外に出ることのなかったソフィーヤ。
それゆえに逆にたくさんの噂がされている第二王女。
病弱であるとか、実は行方不明になっているとか、とんだ我儘娘で外に出せないとか、信じられないほどの醜女であるとか。
本人であるソフィーヤが驚くほどに民というものは想像力豊かだった。ただそれだけ噂話が盛んにされているというのは、平和であるという証である。命の危険にさらされている状況であるのならばそんな噂話など出来るはずがない。そもそもどんな噂がなされようともソフィーヤはソフィーヤなので、彼女は特に噂と言うものを気にしていなかった。
ちなみにソフィーヤは噂されるような醜い見た目をしているわけではない。国王陛下譲りの美しい金色の髪に、前王妃である祖母から受け継いだ茶色の瞳を持つ少女だ。絶世の美少女というほどではないが、美しい少女だ。
さて、ソフィーヤはこの度、学園へ入学する事になった。
この国ではその学園は独立している場だ。この後、国のために力を尽くしていくための実力を身に付けるための一種の場だ。この学園での暮らしが後の生活に繋がることもある。
家名を告げずに生活出来る場で、過去には隣国の王族が身分を隠して生活し、その後に多大な影響を与えたともいわれている。平民だと思われた隣国の王族に王侯貴族として相応しくない対応をした結果、つぶれた家もあるのだ。
とはいえ、基本的に王侯貴族たちは学園に入学する前から付き合いがあったりするので、ある程度が顔見知りだったり、家名を知られていたりするのだ。
ソフィーヤのように王宮から全く出てこず、なおかつ特定の王侯貴族としかかかわりがないというのは珍しいことなのだ。
――お兄様は今、側近の方と共に国外にいるものね。誰も知り合いはいないけれど、まぁ、どうにでもなるでしょう。
ソフィーヤはそんなことを考えながら呑気に学園の中を歩いている。
この学園は身分の差を気にしない場所とされているのもあって、侍女や執事などを家からつけてくることは出来ない。代わりに寮や学園内には学園が雇った侍女や執事たちがそれなりにいる。頼めば平民にだろうとも仕える立派な侍女や執事たちである。
中には明らかな平民の言う事は聞かない問題児もいるらしいが、そのあたりは報告をすればどうにでもなるものらしい。平民に見える貴族の子供も中にはいるのである。逆に平民だけど貴族のふりがうますぎる者もいるらしい。ソフィーヤはこの学園は面白いと思っていたので、これからの学園生活が楽しみなのであった。
王太子である一つ上の兄が国外に居る今、ソフィーヤの身分を知っているのはソフィーヤだけである。
機嫌よく学園を歩いていたソフィーヤは驚くべき光景を目にした。
「ソフィー、君はなんて美しいんだ」
「会長が隠していたのは君がこんなにも美しいからなんだね」
「王女殿下、俺が案内しよう」
……一人の美しい少女を王女と呼び、囲んでいる見目麗しい男たちである。
ちなみにこの国には王女は二人しかいない。もう隣国に嫁いで、隣国の王妃となっている第一王女と、今この場で「は?」と思いながら少女とそれを囲む男たちを見ているソフィーヤだけである。
ちなみにソフィーというのはソフィーヤの愛称と同じである。
――はて、隣国からの留学生の王族にでも私と同じソフィーという愛称の王女がいただろうか。記憶にはないのだけれど。
そう思いながら愉快な気持ちになったソフィーヤは、彼らに近づいた。
道を譲るわけではなく、堂々と彼らの前に立ったソフィーヤに彼らの視線は鋭くなる。王女と呼ばれた金色の髪と、美しい青い瞳を持つ女性をかばうようにたっている。
正直王宮ですくすくと育ったソフィーヤは、王女という身分もあってこのように睨まれたのは初めてだった。
「ごきげんよう。その方は他国の王女殿下でしょうか?」
自分と同じ愛称の王女ということで、興味を抱いて話しかけたソフィーヤ。
隣国ではないというのならば、他の国からの留学生だろう。ソフィーヤ自身が知らない存在なら、小さな国の王女だろうかと思い至ったのだ。
ソフィーヤは外に出ないとはいえ、勉強はきちんとしているのでソフィーという愛称の王女が隣国に居ないことは知っているのだ。
ソフィーヤが知らないレベルの国の王女であるのならば、こういう聞き方をしても問題はない。
「何を無礼な!! この方はこの国の王女であるソフィーだぞ!!」
「貴様、見た事がないな。地方の貴族か、もしくは平民か?」
「これだから平民は……」
「へぇー」
ソフィーヤ、益々驚く。
先ほども述べたが、この国の王女は隣国に嫁いだ第一王女と、ソフィーヤだけである。
へぇーと感心した声を上げながら、ソフィーヤは驚きと面白さを感じていた。
目の前の美しい少女――確かに国王陛下の金色の髪と、王妃の瞳と少し似ている青い瞳を持っている。とはいえ、ソフィーヤが王女本人である以上、目の前の王女を名乗る少女は偽物である。
立派な身分詐称を犯している。
「――信じ切っているところを申し訳ないけれど、その方は王女ではないわよ? この国の王女であるソフィーヤは私だもの」
特に身分を隠そうという気はなかった。そもそもこの学園で王太子は王太子であると知られている。その王太子が隣国から戻ってくれば、ソフィーヤは関わる気満々なので、王女であるということはすぐに悟られることだった。
王女ではない存在を王女であるとして囲うような行為をしていれば、後々に恥になるだろうと思っての言葉だった。
しかし――、彼らの返答は予想外だった。
「貴様こそ、王女の名を詐称するとは!!」
「幾らこの学園が身分を気にしないとはいえ、それは許されることではないぞ」
「俺たちは会長に王女殿下をくれぐれも頼むと言われているのだ。貴様、ただでは済まないぞ」
「今すぐ失せるが良い」
ソフィーヤの言葉を欠片も信じることなく、そんなことを言うのだ。
ソフィーヤは馬鹿らしい気持ちになった。会長というのは、兄である王太子のことである。何だかんだで妹であるソフィーヤと仲良しな王太子は妹の事を学園の者に頼んでいたらしい。
ソフィーヤの顔を知る王太子とその側近はこの学園に居ないが、ソフィーヤに学園生活を教えるぐらいのことなら目の前の馬鹿貴族たちでも出来るだろうと思っていたようだ。……残念なことに王女を詐称する女の嘘を見抜ける力はなかったようだが。
――あらあら、お兄様はこの方たちを側近にはしていないようだけど、こんな連中がお兄様の傍にいるのは良くないわね。それにしても片方の言葉だけを信じ切るなんて、見るからに貴族ですが、どうなのかしら?
目の前にいる少女も男たちも見るからに貴族であった。対してソフィーヤは元々華美な装飾が苦手なのもあって、一般的な制服を着ている。それが悪かったのかもしれない。
王侯貴族なら望めばドレスを着て学園生活を送る事も出来るのだ。とはいえ、ソフィーヤはドレスにそこまで関心があるわけでもなく、一般的な学園生活をしたかったのもあって普通の制服である。
目の前の少女は美しいドレスを身に纏っている。
……しかし、幾ら見た目がそれらしいからといって、勘違いするとはいうのはどうだろうか。
「まぁまぁ、そう思われるようなら構いませんわ。では、ごきげんよう」
ソフィーヤはそう言うと踵を返して、彼らの傍を後にした。後ろから「謝れ」みたいな発言があったが、ソフィーヤは無視した。謝る必要はない。寧ろ、向こうが謝罪する案件である。
客観的に見れば王女であるソフィーヤに「王女を騙るな」などと暴言を吐いた貴族である。大問題だ。
――お父様たちに告げればすぐに対応はしてくれるでしょうけど、まぁ、いいわ。
ソフィーヤは笑う。
面白い玩具を見つけたように、ニヤリと悪だくみをするような笑みを浮かべ、王太子が戻ってくるまでそのまま放置することにした。
……ソフィーヤは愉快犯である。
なので否定と自分が王女だという主張をするものの、父親たちに報告をすることはしなかった。
その後、入学式に出席した後、クラスに向かった。
そこでは先ほどの王女詐称女もいた。彼女はすっかり王女としてふるまっていた。ソフィーヤが自分が王女だというのを信じない者が多かった。いや、もしかしたら王女かもといぶかしんだものもいるかもしれないが、この学園でも身分が高い者たち――よく王太子の傍にいる連中が王女詐称女を信じている様子なので、周りも信じてしまっているようだった。
――あらあら。なんて面白いのかしら。
ソフィーヤは今の現状を楽しんでいた。面白くて仕方がなくて、にやりと笑ってる。その悪い笑みが余計に王女に見えないというのもあるのだが、ソフィーヤはその事実に気づいていない。
「君は本当に王女なのですか?」
「わ、私……どっちを信じたら」
さて、中には王女を名乗る二人の少女が居る事でどちらが本物か分からず、ソフィーヤに直接話しかけてくる者もいた。
とりあえず「信じたいものを信じたら? 私は王女だけど」と言っておいた。
そうしている中で、ちゃんとまわりを見極めて、どちらが王女か分からないのならと様子見をする者もいる。
寧ろそういう行動をする注意深い存在こそ国のために良く動いてくれるだろうとソフィーヤは満足して名前を憶えていた。
ちなみに身分詐称女を囲んでいる連中は、騎士の息子だったり、文官の三男だったりとか、それなりに身分の高い者たちだった。
親のことも把握しているソフィーヤは、こんな息子がいることに同情した。
あと身分詐称女は最近平民から伯爵家に引き取られた庶子らしい。ソフィーヤのバカげた噂の中にあった、実は行方不明で――というのを彼らは信じ切っているらしい。……それで行方不明の王女だったからこそ、伯爵家に引き取られたと本人は思い込んでいるようだ。大貴族に王女と間違えられるほど王族に似ているのだから、きっとこれから王太子が戻ってきたら王宮に行くのだと勘違いをこじらせているというのをソフィーヤは魔術を使って知った。
そんなありえない思い込みをしている少女もアレだが、それを信じ切っている男たちの方がアレだと思うソフィーヤだ。
王女詐称女を信じ切っている下級貴族たちの中には、ソフィーヤに嫌がらせをしてくる者もいた。しかしただでやられるソフィーヤではない。
ソフィーヤはやれたら倍返し。いや、相手の心が折れるまでやる方である。
ソフィーヤをはぶろうとすれば、無理やり人の輪に入っていく。
そしてはぶろうとした連中の悪い噂を信じやすいそれらしい噂にして、流した。容赦のないソフィーヤは、少しずつ学園外にも広まるようにしている。王女に対してとんでもない扱いをしているという噂である。噂というか事実だが、この状況を楽しんでいるソフィーヤはあえて王女詐称女のことは流さない。
この楽しい遊びを、すぐに壊れるのは面白くないと思っているソフィーヤであった。
ぶつかってこようとすれば、逆にぶつかり返す。やられたら取り返しのつかないレベルでやり返してくるソフィーヤ。何処までも逞しいソフィーヤに、徐々にちょっかいを出してくるようなものたちはいなくなっていた。
寧ろちょっかいを出せば出すほど返り討ち。中には、寮に引きこもってしまう者もいたぐらいだ。
さて、それだけ逞しいからこそ余計にソフィーヤが王女ではないと周りに思われてしまったようである。
対して伯爵家の養子になったソフィー……本名はソフィーヤと同じらしい。ソフィーヤはこの国で一般的な名前なので被っていることに関してはおかしくない。あと王女の名がソフィーヤだから、それを真似してソフィーヤの名にする者も多くいたのだ。
その偽物だが、女性らしく、大人しく、そして愛らしいと評判である。本物なのに偽物扱いされているソフィーヤ。解せぬと思った。
そんなこんなでソフィーヤは楽しんでいた。
ちなみにそうしている間に他国に出向いている王太子から手紙も来た。もうすぐ帰るということと、学園が面白いことになってるみたいだね? と楽しそうな文面だったので、どういう伝手か知らないが学園の状況は把握しているらしい。
ただソフィーヤが何処までも楽しんでいるのを知っているのか、戻ってくるまでは放置する気なようだ。
――お兄様が帰ってきたら、お兄様は私の望むようにしてくれるだろうし、楽しみだわ。
ふふふと、寮室で一人でソフィーヤは微笑むのだった。
*
さて、そもそも第二王女であるソフィーヤが表舞台には出なかったのは、その性格故である。ソフィーヤは今でこそ、丸くなっているが、子供の頃はもっと苛烈な性格をしていた。気に食わない相手がいればとことんやり返し、ソフィーヤがトラウマになって他国に出向を希望した役人がいたりとか、死にかけた存在がいたりとか――、そういうわけで国王も王妃もとても心配した。
このままこの子を外に出したら大変なことになるのではないか――と危惧し、外に出さないことにしたのだ。ちなみに本人は面白ければいいので、王宮の外に出れなくても特に気にしてなかった。ついでに言えば王女だという事を隠して王宮の外に出る事はしていた。
ただ性格上の問題で社交界に出ないようにしていただけである。
十五歳になり、昔より分別がついたというのもあり、ようやく学園に入学する事になったのである。
とはいえ、分別がつくようになったとはいえ、その性格は変わっていない。
「ふふふ、あー、楽しい!!」
そんなわけで現在、ソフィーヤは偽者王女とその周辺の男たちのことをそれはもう楽しんでいた。
「あの偽者王女、よくも自分が王女だと言えるわね」
「でももうすぐ王太子殿下が帰ってくるから」
「ええ……。私たちでは手出しが難しくてもあの王太子殿下なら!!」
王太子が帰ってくれば、やり返してくるため手出しが出来なくなってきているソフィーヤにでもどうにでも出来るはずと信じ切っている。
彼らは王女詐称女を信じ切っているのであった。
その日は、王太子が帰ってきたと噂されていた。ソフィーヤは喜んで王太子をお迎えに行くことにした。授業がこれから始まるが、授業よりも王太子に会うことを重要視していた。
「さぼりかしら」
「なんてはしたない」
などという声を無視してソフィーヤは教室を出た。
ちなみに王女詐称女とその他の取り巻きと化している男たちはさぼりもよくしているようだ。ただ身分があって、成績優秀であるのならばさぼりをしても問題がないのがこの学園である。
ソフィーヤが少しぐらいさぼっても問題がない。まだ入学してから初めての試験は行われていないが、授業を聞いている限り問題はないとソフィーヤは思っている。
三階の教室から正門へと向かう。
階段をいちいち降りるのが面倒になったソフィーヤ、誰もいないことを良い事に窓から飛び降りる。
風の魔術を使って軽やかに降りると、正門へと駆けて行った。
王太子のことを大切な兄と認識しているため、その足取りは軽い。
魔術で王太子の魔力を探ると、学園に近づいてきていることが分かった。まだ学園の敷地内にはいないが、もう学園の外に出てでも迎えに行こう! と思い立った。
なのでその場に向かっていく。こっそり学園を囲んでいる塀を飛び越えてである。なんとも行動的な王女である。
「お兄様!! お久しぶりです!!」
そしてその姿を見つけると、突進するようにその胸に飛び込んだ。
風の魔力を使って勢いよく突進する。準備と心構えをしなければ飛び込まれたら怪我をするような勢いだ。
しかし流石兄妹、王太子は慣れたもので魔術を使って受け止める。
「久しぶり。ソフィー。面白い事になってるみたいだね?」
「ええ。とっても面白い玩具がいるんですわ!!」
「……まったくもう、彼らも困ったものだね。それで、私の可愛いソフィー、どうやって遊びたいんだい?」
「うふふふ、私をエスコートしてくださいませ。お兄様にエスコートをされる私。それを見て目を剥く愚か者たち。なんて面白いのかしらおーっほほほほ」
「ははは、楽しそうだね。なんて悪い笑みを浮かべてるんだい」
「うふふ、こんな私でもお兄様は大好きでしょう?」
「まぁね」
ソフィーヤ、中々苛烈な性格をしているソフィーヤを可愛がってくれている兄の事が好きである。
それにこうして勢いよく抱き着いても受け止めてくれる、そんな予想外の事をしてもちゃんと対処してくれる面白い王太子が好きなのである。これが可愛がってくれてもおもしろくなければ兄として慕ったりはしない。
「ソフィーヤ様も、ニコロ様もそれぐらいにしてください。周りの視線が凄まじいですよ?」
「あら、久しぶりね」
「……ソフィーヤ様、俺で遊ぼうとしないでくださいね? それよりソフィーヤ様を騙っている方への対処をするんでしょう」
「あら、勘がいいわね? いいわ。今は貴方よりも面白い玩具がいるもの。今回、遊ぶのは我慢しましょう」
王太子の側近で遊ぼうとしていたことは本人に気づかれて、遊ぶことをやめる。ソフィーヤとも会った事がある側近たちはソフィーヤの扱いに慣れていた。気を抜けば悪戯されたりするので、気を抜いてもいられないのである。
「ふふふ、では行きましょうか。お兄様」
「ああ。おいで、ソフィー」
「ええ。お兄様」
ソフィーヤはニコロの手を取る。そしてエスコートされながら学園へと戻る。
その間にソフィーヤがニコロの傍にいる側近たち三名にちょっかいを出そうとしたり、敢えてエスコートしにくいように歩いてみたりと、玩具で遊ぶことを思い浮かべながら遊んでいた。
さて、ソフィーヤは王太子と共に学園へと向かっている。
学園を抜け出す王太子を迎えに行ったソフィーヤは、堂々と学園の正門から王太子と共に戻ってきた。門番は、ソフィーヤが抜け出したのを知らなかったのでそれはもう驚いた顔をしていた。
王女の名を名乗る偽者とされている少女が王太子に手を引かれてやってきたので驚くのも当然である。門番は混乱している。
「お、王太子殿下。その少女は――」
「ああ、この子は私の妹だよ。第二王女のソフィーヤ。君もこの学園の門番ならちゃんと顔を覚えた方がいい。この子はヤンチャだからね、気を抜くとすぐにここから抜け出しちゃうよ。今回みたいにね」
王太子がそう言うと、門番は緊張した面立ちでこくこくと頷いた。
まだ授業の時間というのもあって、人気はない。そんな中をソフィーヤは王太子に手を引かれて向かう。
「このまま食堂にでも向かうかい?」
「ええ、ええ。もうすぐ四限目が終わりますものね。食堂にも多くの人が訪れるでしょう。その場に私とお兄様が居たらとっても面白い事になりそうですわね」
このままエスコートされて教室に行ってもいいと考えていたが、王太子に食堂に行くかと聞かれてそれも面白いと頷く。
そんなわけでまだ生徒がほとんどいない(さぼっているのか何名かはいる)食堂に彼らは足を踏み入れた。王太子と共に居るソフィーヤを見て、目を剥く者たち。
だけど、声を掛けられるほどの度胸はないらしく驚いた目で見つめている。
椅子に腰かければ、王太子の側近たちが近場にいた給仕の者たちを呼び、慣れた様子で注文していく。
「ソフィーヤ様は本当に相変わらずですよね。陛下にさっさと言うでもなんとでも出来たでしょうに」
「それじゃあつまらないでしょう。折角こんなに面白い事になっているんだから、お兄様が来るまで遊ばせてたのよ。ちゃんと私にちょっかい出してきた馬鹿たちにはやり返したしね」
「本当に……ソフィーヤ様に手を出すなんて愚かな人たちです」
「見る目がないのよ。あ、でもちゃんと二人も王女を名乗っているからって用心深い子たちもいたわよ。そういう子たちの方がこの国を支えるのにふさわしいわ。はい。これリスト」
ソフィーヤはにこにこと笑いながら、用心深い生徒たちのリストを王太子の側近に渡す。
「ありがとう。ソフィー。これはとても役に立つよ」
「でしょう。王女を名乗る少し美しい娘が居たからって勘違いするような馬鹿はお兄様の傍に相応しくないもの。いええ、この国に仕える者としても相応しくないわね。私は少なくともあんなおバカさんたちに傅かれたくはないもの」
「ははは、それはそうだね。ソフィーの傍にいるのには相応しくはないね。それにしてもソフィーの玩具ぐらいにはなるかなと思ったが、こんなバカとは……」
「本当よね。王女ではないと私を判断して詐称女に引っかかって。おバカさんだわ」
そんな会話を交わしていれば、授業が終わり、どんどん生徒が入ってくる。王太子とその側近たちと笑いあうソフィーヤに誰もが目を剥き、ソフィーヤにちょっかいを出してしまっていた生徒は「え」と信じられないものを見るような目をして固まった。
――そこに王女詐称女と、それを囲む男たちがやってくる。
「会長!!」
「帰ってきたんですね!!」
ちょうどやってきた方向からは王太子の傍にいるソフィーヤが見えなかったらしい。満面の笑みを溢して、王太子に近づく。何を勘違いしているのか王女詐称女も笑みを浮かべている。
――あらあら、どう勘違いしたら自分が王女だと思い込めるのかしらね。
と思いながら、ソフィーヤは敢えて見えにくい位置に移動していた。
「私はソフィーヤです!! お兄様ですよね」
と、そこまで話しかけていく。凄い度胸だなとソフィーヤは感心する。
「ってどうしてその偽者王女がいるんですか!!」
「あらあら、頭が悪い子ね。目は節穴なのかしら」
ソフィーヤに気づいて堂々と偽者などと言い放つ王女詐称女にソフィーヤはおかしそうに笑う。
今日も王女詐称女は美しいドレスを身に纏い、その豊満な胸を強調させている。ソフィーヤは自分の胸と見比べてその胸はうらやましいなと思ったりもしていた。
ソフィーヤが王太子たちと共に居ることに対して、男たちは目を剥いた。どういうことだという目をして、そして次の瞬間には食いかかっていた。
「会長!! 何故その女と共にいるのですか!! まさか、その女は会長の知り合いなのですか?」
「自分の事を王女だと名乗るような女と知り合い?? 王太子でありながらそんな女と仲よくするのはどうなんですか?」
「その女は恐ろしいほどの悪魔のような所業をすると聞きますよ。まさか、どこかの貴族だったりするんですか??」
「王女でありながら平民として過ごすことになり、ようやく王女として生活出来るようになったソフィーを頭が悪いなどと言う女を傍においてはいけません」
周りの男たちは、王女詐称女が王女だと信じ切ってならず、なおかつソフィーヤを王女だと思えないらしい。
「あははははは、面白いこと言うね。ソフィー、これは確かに君が面白がるように面白いよ」
「でしょう? ずっとこの調子なのよ。本当におかしいったらありゃしないわ」
王太子が笑ってソフィーヤに話を振ると、ソフィーヤも笑う。
側近たちは馬鹿かなこいつら? といった軽蔑するような目を王女詐称女を囲う男たちに向けている。
「会長!!」
「煩いね。私は久しぶりに会った妹と語らっているんだよ? そんな妄言を言ってくるなんて馬鹿なのかな?」
「……妹?」
「王女は私でしょう?」
「あはは、何を馬鹿なことを。この国の王女は我が姉であり隣国に嫁いでいった姉上と、此処にいる可愛い妹のソフィーだけだよ。そこの娘は伯爵家の庶子だろう? 何を王女を名乗っているんだい?」
王太子の言葉に男たちも王女詐称女も目を見開く。……男たちはともかく本気で王女と思い込む王女詐称女がソフィーヤには面白くて仕方がなかった。
「な、何を言って……」
「あらあら、お兄様の言っている事が分からないのでしょうか。そこまで馬鹿なのかしら? 私は最初から私が王女だと名乗っているでしょう? その女は愚かにも王女と言う事を詐称しているだけの愚かな令嬢でしかないわ。まぁ、庶子ですから令嬢というのもアレですけど」
「そうだよ。私の妹はソフィーだけだ。ちなみにソフィーは一度も平民の中で暮らしたことはないよ。確かにそういった噂は知っているけれど、それを君たちが信じ切るなんてね」
その言葉に彼らの顔は真っ青になる。ようやく事実を把握したのだろう。
「何を言ってらっしゃるの!! 私が王女よ。私がソフィーヤよ。陛下とも王妃殿下ともそっくりの髪と目の色なのでしょう? 私が事情があって行方不明になっていたのでしょう。だから表舞台に出てこなかったのでしょう! だから一先ず伯爵家の庶子として引き取られたのでしょう??」
「うふふ、なんて思い込みが激しいこと。お母様の目の色の方が綺麗な青だわ。私の眼の色は先代王妃であるお祖母様似なのよ」
「ソフィーは行方不明になったことはないし、そんな事実はないよ。表舞台に出なかったのは、ただたんにソフィーの性格故だしね。君と私には何の血のつながりもない。王族に対してその態度は無礼だからどうにかしたほうがいい。ここは学園だから目を瞑るけど、外なら許されないよ?」
王太子がそう言っても、王女詐称女は信じないと言った様子で声をあげようとする。が、流石にそこまでは許されない。
「まぁ、学園でも流石にまずい対応だよね。彼らを連れて行ってくれ。私は妹との食事を邪魔されたくないからね」
王太子の言葉に彼らは側近の手によって連れていかれるのだった。
「さて、ソフィー。彼らはどうする?」
「お兄様が許可してくれるのなら、玩具として遊ばせてもらいたいわ」
「それで許すわけではないのだろう?」
「当然だわ。学園とはいえ、流石にこれはまずいもの。玩具として遊ばせるのは罰ではないわ。彼らは玩具として過ごせば許されるって勘違いするかもだけど。ちゃんと彼らの家全てに報告して、この醜態を広めてさしあげないと。気づいた時にはジ・エンドって面白いでしょう?」
「まぁね。今度、許しを請われるだろうから許すと一言も発さずに玩具にする提案をすればいい。そしたら彼らは許されると信じるだろうね」
「馬鹿ですものね。うふふ。気づいた時にはどうするのかしら? 喚く? 罵倒する? 切りかかる? どうするのかしらね」
ソフィーヤはそんなことを言いながらにこにこと笑っている。王太子もその話を聞いて笑みを溢している。
「ソフィーは本当に良い性格をしているね。まぁ、そういうソフィーだからこそ可愛いんだけど」
「うふふ、こんな私を笑顔で受け入れてくれるお兄様、本当にかっこいいわ。大好きよ」
「そんなんだから他国にはやれないんだけどね」
「まぁ、別に私は嫁ぎ先が何処でも構いませんわよ?」
「それは知ってるさ。ただソフィーは他国の王妃にでもなったら、こちらに戦争をしかけてきたりするだろう?」
「ふふふ、よくお分かりですわね。お兄様との戦争なんて、考えただけで胸熱ですわ」
「……庶民の間で流行ってる言葉もすっかり使いこなして。ソフィーは他国にやるより、自国で使う方が有益だからね。それに可愛い妹が他国に行ったら中々会えないだろう。ただでさえ姉上が外に行ってしまったのだから」
「お兄様はお姉様の事も大好きですものね。うふふ、まぁ、よろしいわ。どんな結婚相手だろうともお兄様のために有益な働きをしてみせますから、安心してくださいませ」
――全てお見通しで可愛がってくれるお兄様、素敵っ。
などと考え、ソフィーヤはにこにこしていた。
「可愛い妹には良い結婚相手を選んであげるから安心してくれていいよ」
「なら安心ですわね。お兄様が選んでくださる旦那様を楽しみにしてますわ」
王太子とソフィーヤはそんな会話をして、にこやかに笑いあうのであった。
その後、やらかした連中が謝りにきて玩具とし、気づいた時には醜態が広まってたり家から勘当されたり次期当主ではなくなったりして騒動が起きたり――、ソフィーヤに嫌がらせをし倍返しされ、王女と判明した後にハラハラしていたものの何もなく安心していたところに、気づいた時にはひどい噂が出回っており何名か領地に引きこもったり――、まぁ、色々あるわけだが。
「うふふ、楽しかったですわ」
第二王女、ソフィーヤは学園生活を思う存分楽しんでいるのであった。
――第二王女ととある学園
(王女殿下は楽しそうに笑うのだ)
性格に難ありで表に出てこなかった王女様の話です。
思ったより長くなりましたが、書いてて楽しかったです。