予習Ⅱ ライルとケイン
久しぶりの一万文字越えの投稿です。
長いなって方は、ある程度読み飛ばしてください。
椅子の上でぼーっと窓の外を眺めていたが、ふと時計を見た。
朝食を終えてから、メリルには宿題を与えているので特にやることもなく時間が過ぎていく。
すでに時間は九時を回っており、もう市場が閉まる時間帯だった。
「そういえば、市場以外にも店があるんだっけ」
確か、店舗だったか。
朝メルシャおばさんに聞いたことを思い出した。せっかくなので、ちょっと行ってみようかな。
思い立ったが吉日―吉時?―だ。昼間にしか開かれていない「店舗」に行ってみることにした。
「メリル、一緒に行きたがったりしないだろうか?」
メリルには宿題を出しているので、できれば今日は家で宿題を済ませて欲しいところである。今日僕についてきたせいでテーブルマナーを忘れてしまい、また一から、なんて面倒なことは避けたい。
というわけで、今日はこっそり一人で行くことにしよう。一緒に暮らしているとはいえ、部屋は別々だし、お互いに監視しているわけではないのでばれないだろう。
念のため、リルからもらったメリル監視装置を使って、メリルが今何をしているか確認する。
投影ボタンを押すと、メリルがベッドに横たわっている姿が見えた。食休みか、さぼりか。それとも何か考え事か。特定はできないが、とにかくこちらの動きに気が付くような体制ではなかった。
「行くなら今のうちか」
そうと決まればと、椅子から立ち上がって布袋をポケットに入れ、いそいそと準備をする。念のため、部屋を出る前にもう一度メリルの様子をうかがうが、投影されたものはさきほどと同じ体制のメリルだった。
「よし、行こう」
なるべく気付かれないように部屋を出ると、足早に玄関口に向かった。靴は履きっぱなしなので、あとは外に出るだけ―だったのだが。
「シン、出かけるの?」
唐突に後ろから声をかけられ、とっさに振り返る。どうやらメリルが下りてきていたようで、階段からこちらを見ていた。
「お、メリル。うん。少し買い物に出てくるよ」
何とかして動揺を隠しながら言う。まずいな、ここでばれたら、自分も連れていけとか言い出さないだろうか。もし言われたら、僕には止められる自信がない。
メリルは何か思案するようにしてから、僕に尋ねた。
「何を買いに行くの?」
さて、何を買いに行くのか。正直決めていなかったので、答えられるものがない。ただ「店舗」を見て回りたいだけなのだし。
「んー、特にこれといったものはないんだが…」
結局、あいまいな答えを返すだけになってしまった。
しかしそれがまずかったのか、メリルはより一層興味を持った視線をよこしてきた。
(しまったな、散歩だとか言っておけばよかったか…)
たぶん、一緒に連れていけとか言われるんだろうなーと思いつつ、メリルが次にいうのを待った。しかし、メリルの言ったのは僕の予想とは異なった。
「そっか。それじゃあ、私の分も買ってもらってもいいかしら?」
一緒に行くのではなく、買ってきてほしいか。何を買うかも決めていないから、メリルの分、というのはよくわからないが、ここで断ってついてこられても面倒なので、受けておくことにしよう。
「メリルの?おう、いいぞ」
すんなり答えると、はて、メリルはあっけにとられた顔を見せた。自分からお願いしたのだから、そこは喜ぶところじゃないのか?
「ん?どうした?」
気になって声をかけると、ハッとして表情を戻す。
「いえ、なにも…」
そして、何事もなかったかのように話を続けた。
「ほんとに、絶対買ってきてね!」
「お、おう。何をかわからんが、買ってくるよ」
「約束だからね!」
そんなに念を押さなくてもいいのにと思うが、何か理由があるんだろうか?それとも、何か買ってきてほしい物でもあるのか。いや、そうだったら何が欲しいまで言ってくるんじゃないか?だとすると、なんでこんなに必死なんだろうか。
疑問は尽きないが、このままにしても何を言ってくるかわからないので、とりあえず適当に返事をしておく。
「わかったって。約束な。その代り、何買ってきても文句言うなよ?」
「その時は、シンに押し付けるから大丈夫!」
「お前…まぁ、押し付けられないように選んでくるよ。メリルもしっかり宿題やっとけよ?」
「わかってるわよ!」
ついでにこちらからも、宿題の念押しをしておく。
帰ってくるまでにすべて終わっていればいいんだが、まぁ難しいだろうな、と思いつつ、ドアノブに手をかける。
「それじゃ、行ってきます」
言って、外に出る。太陽はすでにそこそこ高い位置まで昇っており、見上げないと見えない。すっかり明るくなった町は、朝とは違った賑わいを見せていた。
行きかうのはやはり女性が多いが、仕事中だろうか、荷馬車や、荷物木材を持つ男性の姿も多くみられた。
そういえば、この街の始業時間って何時くらいなんだろう。僕もそれに合わせた生活をしたほうが、周囲から浮かなくていいのだろうか。
「そういえば、メリル、行ってきますの意味わかったかな?」
おやすみやおはようをすんなり理解したメリルだから、すぐに理解してくれると思ったが、はてさて「いってらっしゃい」や「おかえり」までわかるだろうかと思い返すと、多分そこまでは理解できないだろう。
「帰ったらちゃんと教えとかないとな」
そう思って脳内やることリストにリストアップしながら、「店舗」が集まると思しき城のほうへ向かってみる。
どれほど距離があるかわからないが、東の市場まで二十分程度だったので、おそらく三十分から一時間くらいあればつくんじゃないだろうか。
と言うか、本当に城の周囲に店舗が集まるのかは分からないので、行ってみないとどうか…。
「先にメルシャおばさんに聞いておけばよかったかな」
しかし、朝は偶然会ったからよかったものの、昼にいきなり家を尋ねるのは流にぶしつけだろう。もう少しこちらになじんでからにしておきたい。
店舗に行く途中で気になったものをいくつかリストアップしながら、町の様子を見る。この辺は職人が多いのだろうか、木材や鉄を扱う店が多い。その割には武器屋や家具屋などはなく、原材料を主としているようだ。
しばらく歩いていると、二軒に一軒ほどの割合で獣耳を持つ人や、角を持つ人を見かけた。どうやら、彼らも「獣人」や「角人」の奴隷なのだろうか、首輪をされてこき使われているようだ。
現代日本に奴隷と言う身分はなかったが、それに近いだけの差別もあったことは確かなので、他人事とも思えず少しばかり気にしてしまう。とはいえ、朝の市場で見たような扱いを受けているわけではなく、手伝いをしているだけのようなので、まだ見ていられたが。
十分ほど歩いていくと、徐々に街並みが変化していく。
どうやらこの辺が、先ほどの材料を加工したものを扱っているのだろう、家具屋や武器屋が見られた。朝はメルシャおばさんとの会話に集中していたので気付かなかったが、思ったよりも多くの店が並んでいた。
「朝の段階ではしまっていたのかな」
となると、これらもすべて「店舗」と扱われるのだろうか?もっと、品物を店頭に並べているイメージだったので、少しばかり疑問に思う。
さすがに戦うわけでもないし、家具はそろっているので、この辺りに用はなさそうだ。そのまま城のほうへ歩いていく。
途中に、郵便局だろうか、それらしい格好をした人が出入りする店舗を見つけた。荷物を抱えて飛び出していく、濃紺の帽子をかぶった人たちが、東西南北あらゆる方向に向かっていた。
「忙しそうだな」
こちらの世界には、バイクのような乗り物も、ケータイのような通信機器もないので、当然郵便が重要となる。忙しくないわけはないだろう。
頑張ってください。そう心の中で思って、その場を通り過ぎる。
次に見えたのは、おそらく外食店だろうか、店の前に看板を立てていた。のぞき込むと、こちらの世界の文字で何か店の名前のようなものが書いてあった。
―やはり文字は読めないか…
朝の市場では、ほとんどが値段だけだったので何とかなったが、これから生活するうえでこちらの文字が読めないのは致命的だ。
「メリル、は、読めるとは思えないし…リルに文字を読めるような力をお願いしておけばよかったかな」
はぁ、とため息を一つ。
後悔しても始まらない。こうなったものは仕方がないので、こちらで文字の勉強ができそうな本でも買うとしよう。
「いや、本って買えるのか?」
日本にいたころに習ったが、植物紙ができたのは唐代の中国で、それが西欧に伝わって量産されるまでになるにはそれなりの時間がかかったはずだ。ましてや、こちらの世界の技術レベルは日本のはるか下。と言うことは、少なくとも輪転機やプリンターなんてものがあるわけはない。あったとしても、木版印刷で、活版印刷技術があるとは到底思えない。
つまり、そうしてできた本は、人の手がかかっているので非常に高価なのだ。
「買えると良いけど…」
買えなかったら、最悪メルシャおばさんにでも頼み込もう。きっと奇異の目で見ながらも教えてくれるはずだ。
ともかく、本を売っている店舗に行かなくては。
「この辺まで来ると、全く違った雰囲気だな」
二十分ほど歩いた当たりからだろうか、嗜好品や雑貨、小物類のようなものを扱う店が多くなってきた。店舗の外装も綺麗に掃除されており、清潔感の漂う空間になっていた。
レンガ造りと木造りが交じっており、僕らの住む家の近くとはまた違った風景を作り出していた。
ふと、ガラス張りの時計屋が目についたのでそちらに向かう。大きな壁掛け時計は、十時を指していた。
「そういえば、腕時計とかあると便利かもな」
家の中にいるときは置時計がすでにあったし、市場では時間よりも物色する方に熱中していたから気が回らなかったが、やはり外出となると持ち運びできる時計がないと不便だ。
店の中には、懐中時計らしきものがショーケースにいくつか並んでいたので、それを見ようと店のドアに手をかける。
「そこの若いの。待ちなさい」
と、急に後ろから声をかけられた。
振り返ると、茶色のシルクハットをかぶった、いかにも紳士だと言わんばかりの身なりをした初老の男性が、杖を突きながらこちらを見ていた。
「はい、何でしょう?」
落とし物でもしたかな。それとも、道にでも迷っているのだろうか。だとしたら力になれそうにもない。
しかし男性は、僕の返事を聞くなり、想定していなかった言葉をかけてきた。
「この店は、王室御用達だよ。それなりの身なりをしていないと、門前払いか、その場で拘束されてしまうよ」
「え!」
男性の言葉に、僕は驚きを隠せず声をあげてしまった。
なんてことだ。この世界では、店にドレスコードがあるのが当たり前なのか。
言われて僕の服装を見直す。緩い感じのズボンや、シャツ。どうやってもしっかりした服装には見えない。しかも、なんか薄汚れた感じになっているし。
「もしや、こちらは初めてかな?」
僕の反応に、慣れていないとあたりを付けたのか、初老の男性が柔らかい声で尋ねてくれた。僕が男性に「はい」と返すと、男性は笑って僕に提案した。
「なら、私が教えてあげようか。こう見えても、この土地は長いからね。色々教えてあげられると思うけど、どうかね?」
願ってもないことだ。即座に頷き、男性に案内と説明をお願いした。
「よろしくお願いします!」
「うむ。元気があってよいことだ。立花氏も何だ、そこの喫茶店でお茶でもしながら話そうじゃないか」
そういって指さす先には、周りを大きな店舗に囲まれた、こじんまりとしたお店があった。あそこなら、僕の格好でも問題なく入れそうだ。
是非にと男性についていく。
店に入ると、古めかしいテーブルが十卓ほどあり、それぞれに同じくらい古めかしい背もたれ付きの椅子が二脚ずつ置かれていた。観葉植物のようなものはなく、しかし殺風景と言うわけでもない、よいシンプルさのある喫茶店だった。
「いらっしゃい―おや、ライルさん。そちらの男性は?」
店の奥から店主と思しき男性が出てきた。がたいが好く、カウンターから上半身が全部見えるくらいの身長だが、表情は柔らかく話しやすそうな印象の人物だった。
「ああ、マスター。こちら、あそこの王室御用達時計店の前で見つけた新人だよ」
「おや!じゃあ、この街は初めてかい?」
「あ、はい。昨日来たばかりで…あの、申し遅れました。三浦信と言います。北の、材木店などがあるあたりに昨日引っ越してきました。どうぞよろしくお願いします」
遅れてしまったがタイミングがあったので、この場で自己紹介をしておく。これからいろいろ教えてもらうのだから、先に挨拶するのが良いだろう。
ここでは頭を下げるのが礼儀なのかわからなかったので、お辞儀は前かがみになる程度にとどめておいた。
「うむ、よろしく。私も自己紹介が遅れたね。ライル=ルビ=エールシュタットという。しがない老人と覚えておいてくれ」
「俺はここのマスターをしている、ケインだ。ケイン=フルーノってんで、ケインって呼んでくれてかまわないぜ。あと、そこのライルさんは、ここのオーナーなんだぜ」
僕に続いて二人とも自己紹介をしてくれた。ライルさんに、ケインさん。しっかり覚えておく。
「おいおい、オーナーはよしてくれ。私は余っていた土地を、マスターに貸しただけじゃないか。私は何もしてないよ」
「そんなこと言ったって、ライルさんがいなきゃ俺は今頃どうなってたかわからないってのに!」
「いやいや、オーナーならまた別の土地でもうまい紅茶を作ってくれていたよ」
「その土地が見つからなくて餓死してたかもな!
「えと、あの…」
二人が昔話で盛り上がり始めてしまったが、席についていいのかわからなかったのでおずおずと声を挟ませてもらった。
すると二人ともこちらを向きなおす。
「おっと、いかんいかん。客人を置いてけぼりにしてしまった。マスター、いつものを二つ。あと、角の席を借りるよ」
「おう!好きに使ってくんな!」
「さあ、こっちで話そうか」
そういって、ライルさんは窓際の外がよく見える席に案内してくれた。
ライルさんが奥側に座ったので、僕は手前側に腰かける。
「ライルさんって、結構お金持ちなんですか?」
先ほどの会話で気になった部分をズバリ来てみる。
ここはおそらく、この街の中でも一等地。日本で言うなら東京23区の地価と同等以上の価値を持っているはずだ。しかも、お城までの距離も近いようなので、おそらく港区―まで行かなくても、新宿の駅近並みの地価と思っていいだろう。
そんな場所に土地を持っていて、それを他人に貸し出せるくらいなのだから、相当なお金持ちか、もしくは、この土地の名士なのだろう。
そうあたりをつけて聞いてみると、ライルさんは案外あっさりとそれを認めた。
「うむ。金持ち、と言うかはわからないが、この辺りの商人ギルドのマスターをしながら、職人ギルドの面倒を見るくらいには、な」
それを鼻にかけるでもなく、ごく普通のこととして話してくれるライルさん。二つのギルドを同時にまとめるなんて、どういった立場の方なのだろうか。
「そんな方にこの街を紹介していただけるとは、幸運です。それで、この街はどんな街なんでしょうか?」
気になるが、しかしそれは今ここで聞いていい話なのか分からなかったので、触れずに元の話をしてもらうこのとにした。
「ほう、この話をすると、たいていの人物はかしこまるか、取り入ろうとしてくるのだが。君はあまり興味を示さないのかな?」
「興味がないわけではありませんが、ここで聞くようなことでもないと思ったので」
「ふむ、まぁそうかもしれんな」
男性が言い終わると同時に、先ほどのケインさんがティーカップを二つ、僕らの前に置いてくれた。瞬間、ふわっと甘い香りが鼻を通る。
「この香り、リンゴですか?」
「お、よくわかったな!良い鼻してるじゃないか。今朝の市場で良い果物がいくつか手に入ったから、いくつか試してみたんだよ!」
こちらの世界でも、リンゴと言って通じるらしくてよかった。
花を通った香りがどこか清涼感がありつつも、若干の酸味を帯びていた。おそらく、まだ完全に熟れていないリンゴじゃないだろうかとあたりをつけて正解だった。
言い当てらてうれしいのか、ケインさんは僕の反応に全身をもって嬉しさを示してくれた。
「ほう、よくわかったね、シン君」
ライルさんが興味深そうに僕を見てきた。どうやら、彼の琴線にもふれる反応ができたようで、うれし限りだ。
しかしここで自慢したり調子に乗るとよくないので、何事もないようにティーカップに口をつけた。
「いえ、たまたまですよ」
それだけ言って、紅茶を口に含む。瞬間口の中に甘酸っぱい風味が広がり、その後で若干の渋みと苦み、それと口に残った香りが僕の味覚嗅覚を楽しませてくれる。
ライルさんも同じようにして、紅茶を口に含んでいた。目をつぶって一口含み、それを口に広げるように間をあけ、カップを置く。
「うん。今日もいい紅茶だね、マスター」
「いつもありがとうございます!ライルさん!それじゃ、ごゆっくり!」
それだけ言うと、ケインさんはさっさと厨房の方に戻ってしまう。できればケインさんの話も聞きたかったのだが、仕方ない。
「それで、どこから話そうか。市場と店舗については知っているかい?」
「はい、近所の方から聞きました。何でも、朝は東で市場があって、夜は西で市場ができるだとか。それで、昼間に開いているのが「店舗」ですよね」
「うむ。では、どうしてそのように分かれたか知っているかい?」
「―どうして分かれたか、ですか?」
てっきり、初めからそのようにシステムを作ったのだと思っていた。しかし、ライルさんの話方からして、何か歴史的な背景があるのだろうか。
そうだとすれば、僕が知る由はない。
「なぜなんですか?」
尋ねると、目を細めて話し始めた。
「ほんの二十年前までは、市場も店舗も、どちらも同じ時間帯にやってたんだ。朝から夜までずっとね。でも、それじゃあ店が開いている時はずっと働いているわけだから、当然買う人が減って、売り上げが落ちてしまったんだよ。それを何とかしないといけないということでできたのが、今の制度なのだよ。
つまり、働く時間と買う時間を別々に分けたんだね。昼間働く人、朝働く人、夜働く人。そうすると、それぞれが別々の時間帯でものを売ったり買ったりするから、うまいことお金が回るようになったんだ。それからはずっと、このシステムを使っているよ」
つまり、朝に生鮮食品を売る人は昼間や夜消費して、昼間の人は朝と夜、夜働く人は朝昼に消費することで、全体のお金の使用額を伸ばしたのか。
確かに合理的なシステムになっているように思える。
「なるほど、うまい手ですね」
「だろう?」
「でも、そのシステムを導入するとき、営業時間が減ることに反対はなかったんですか?」
普通、深夜以外であれば営業時間が長いほうが儲けが多いと考えるはずだ。それだけ売る対象の来店できる時間帯が伸びるわけだから、客が多く入るのだと考えるだろう。
しかしライルさんは、僕の問いに首を振った。
「この街は、商人ギルドが各店舗や市場の管理をしていてね。当時はそのギルドが主体になって動いたんだ。だから、一時的に反対があっても、無理やり通して、結果が出てからは何も言わなくなったんだ」
言いつつ、口角を上げる。
なるほど、とりあえず強引に進めてしまって、あとは結果が出ればオッケーってわけか。かなり強引なやり方だけど、ある意味効果的だ。
しかし、そのとき反抗した店舗や市場もあったはず。それらはどうしたんだろうか。
「反抗した店舗や市場出店者は、南の地域に飛ばされたんだよ」
ライルさんは、僕が尋ねる前に答えを示した。
「南?南地区だと、何かペナルティになるんですか?」
「ああ。なんたって、南地区は荒くれ者のたまり場だからね。あそこに店舗を移されたら、あとはつぶれるか商売をやめるかしかないよ」
「そ、そんなに危ない地区なんですか…」
南にはなるべく行かないでおこう。何されるか分かったものじゃない。
しかし、そこに店舗を移された人たちはかわいそうとしか言えないな。二十年も前のことだと言うし、今ではその店はもう残っていないだろう。
それにしても、ギルドの力が思った以上に強いんだな、この街は。
「あの、ギルドって何なんですか?」
何がそこまでの権力を持たせているのか、気になる。
ライルさんは僕の質問の意図を汲んだのか、しかしあまり大きな声で言えない事なのだろう。口に手を添えて、小声で言った。
「実は、ギルドの裏には騎士団がついているんだ」
「―騎士団?」
ここにきて初めて聞く言葉に、若干の戸惑いを感じる。
よく聞く騎士団と言えば、王を守るだとか、城や住民を守る、救助隊のような役割を持つなど、様々な役割のある、いわば戦闘員兼公務員みたいなものだと考えていた。現代日本だと、自衛隊―いや、どちらかと言えば、おそらく米軍などに近いのだろう。
とにかく、戦う救助隊、みたいなものだと考えていた。
しかし、ギルドの裏に立つ存在、みたいな話を聞くと、どちらかと言うと政党のようなものなのだろうか。何やらきな臭い。
「これ以上は他言できないので、遠慮してくれ。でないと、私の首が飛んでしまう」
言いつつ、冗談めかして笑うライルさん。おそらく、ライルさん自身も騎士団と繋がりを持っているんじゃないだろうか。
「わかりました。これ以上はやめておきます。―それにしても、やはり二十年以上もギルドマスターをやっていると、町の裏側までわかるんですね」
「―どうして、二十年以上もギルドマスターをやっていると?」
すっと出た言葉に、ライルさんがすぐさま反応する。
確かに、二十年前にあった出来事だということは聞いたが、ライルさんが二十年以上もマスターをやっているとは言っていなかった。
でも、別にむずかしいことじゃない。
「無理やりやったにしては、ライルさんとても楽しそうに話してましたから。少なくとも、ライルさんはその出来事を笑って過ごせる立場だったんじゃないかと思って。だとしたら、その時からマスターをやっていたんじゃないかなって、予想しただけですよ」
言うと、ライルさんは一本取られたというかのような反応を見せた。一つ間をあけて、それから今までで一番大きな声で笑った。
「いや、すごいなシン君は。いや、シンと呼ばせてくれ。ここまでの若者はあまり見たことがない」
「そんな褒められるほどの者じゃないですよ」
ほんの少し頭を働かせただけなのだ。そんなに褒められるようなことはしていないつもりだ。
しかし、ライルさんはすでに僕を「見どころのありそうな若者」と思っているのだろうか、興味深そうな視線を向けてきた。
「シン。よかったら商人ギルドに入らないか?今なら私の近く、かなり上のポストを用意しようと思うのだが」
勧誘された。しかも、かなりの好待遇のようだ。普通ならここで二つ返事ではいと返すのだろうが、僕はこちらに来た事情が普通じゃないし、その普通じゃない状態は現在進行形だ。
僕はライルさんのお誘いを、丁寧に断ることにした。
「ありがたい話ですが、こちらに来た事情が事情ですので、お断りさせてください」
するとライルさんは再び笑って返した。
「こんなにすっきりと断ってきた若者は初めてだ。今は無理でも、私が生きている間にギルドに入りたくなったらいつでも来ると良い」
「ありがとうございます」
そんな機会があるかはわからないが、もしもの時のつてができたようで運がよかった。
ふと、時計を見ると、時刻は十時五十分を回ったくらいだった。
「そろそろ買い物をして帰らないと、同居人が腹を空かせていら立ってしまうので、この辺で失礼します」
言いつつ、席を立つ。
すると、ライルさんが紙を一枚差し出してきた。どうやら手帳の一部を破りとったようなものようで、切れた部分がギザギザになっている。
見ると、日本語で住所らしきものが書いてあった。
「私の住んでいる家だ。昼間は基本的にここにいるけど、もし急ぎの用事があるならこっちに来たらいい」
そして、一拍あけて、僕の耳元で。
「天使の教育の仕方も、教えてあげられるから」
ハッと目を見開き、ライルさんを見やる。少し嫌な汗が額に浮かんだ。
しかし僕の焦りを打ち消すように、ライルさんは明るく笑って見せた。
「私も昔、やっていたことがあってね。別に何かしようってわけじゃないから、そう警戒せずに頼ってほしいんだよ」
「―そうですか。ありがとうございます」
まさか、ライルさん、初めから僕が異世界人だと気づいて…?
気になって表情を伺ってみるが、しかし特別変な部分はなく、朗らかなものだった。
(いや、ここで考えてもしょうがない。危なかったら逃げればいいんだし)
とりあえず、僕には警戒したところで何かできるわけじゃない。ここは素直に好意だと思って受け取っておくことにしよう。
「ちなみに、服屋はこの二つ隣にあるから、行ってみるといい。君の同居人に似合いそうなものが、きっとある」
それだけ言うと、ライルさんはケインさんにお金を渡して出て行ってしまう。
「シン君」
ふと、扉が閉まってからケインさんが声をかけてきた。
「ライルさん、不思議な人でつかみどころがなさそうだけど、いい人だから、頼ってみるといいぜ!」
それだけ言うと、再び厨房の奥に戻ってしまう。
「―信じるか信じないかは、僕次第、ってかな?」
まぁ、今信じても信じなくても変わらないだろう。もし騙されたとしても、今失うものはないわけだし。もらえるものもらって、それから考えればいいか。
「とりあえず、服屋行くか」
残金がいくらあったか確かめながら、店を出て、二つ隣にあると言われた服屋に向った。
ライルさんとケインさん。二人とは、この先長い付き合いになりそうな、そんな予感がする。
読んでいただきありがとうございました。
今後の構想はまだ考えてないんですよね(笑)
また次回も、お楽しみにしていてくださると幸いです。
では、また明日。