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淡い恋はクリーム味  作者: 睡眠欲求者
1/1

思い出

ガタン、ゴトン、ガタン、ゴトン。ゴトン。規則正しく揺れる電車の中で俺は、今から向かう街のことについて考えを巡らせていた。俺の家は、転勤族というやつで、色々なところに引っ越していたのであまり一つの町にいることは多くなかったのだ。しかし、最近親のポジションが上がり、転勤が少ない部署に移ったので昔住んでいた町に引っ越すことになった。多分、これからは転勤はないとのこと。

母親には「これで、何も気にせず、勉強も恋愛もできるようになったんだからしっかりやりなさい!」っとそう言われた。

なんとも勝手な話である。そんな話をされたものだから、ふと、俺の初恋っていつだったけーっと思い出し始めてしまった。記憶を探っていると、思い当たることがあった。きっと、小学五年生のあの時だろ。親の転勤が多かった俺にしては、中々長い間住んだ場所がある。まあ、今から向かっている場所なのだが・・・そこで、俺はある女の子に好意を抱いていたっと思う。夏休みの宿題で、好きな絵を描いて来なさいだなんて、くだらない宿題を渋々やりに言った時だろう。彼女と初めてちゃんと話したのは。クラス内では、結構可愛くて人気だったのだが大人しく声が掛けずらい少女だったのをよく覚えている。名前は七原 雪。黒いストレートに、真っ白いリボン、まるで日本人形のような整った顔立ちだったと思う。吸い込まれそうな、黒い瞳も覚えている。偶々、絵を描くために訪れた公園で出会って、少し話した。たわいもない会話だったと思うが、彼女が見せた儚げで美しい笑顔に心打たれた。多分その頃から俺は、雪を意識し始めたのだと思う。気をつけてみると雪は時々俺を見ていた。目立たない場所や何気ない様子で。


雪の視線を感じると俺は途端に全ての動作がぎこちなくなった。歩くの際右足の前に、その時には左手を前に、と確認しながら動いている感じになった。いい迷惑だとそれまでの俺なら思ったかもしれない。けれど雪に見られていると意識するのは、決して不快ではなかった。バカみたいだと俺は一人になった時には思った。お前は女に見られてそんなに嬉しいのか?バカなのか?っとそんなんことを思っていたと思う。明日からは、雪を気にしないでおこうと決心して眠ったのに翌朝は教室で雪を見ると硬いはずの決心がもろく崩れてしまう。そんなことばっかりだった。自分で自分を制御できなくて、でも不思議と不快じゃなかった。


「変だよお前」と男友達からは言われた。


「なんかかっこつけてない?」 「ないよバーカ」 と言い返すけれど、頬が火照っているのが自分でも分かった。友達に気づかれないためにわざとっぽく荒っぽく顔を振り話を無理やり変えてみたりもした。雪の目が気になるなんて友達に言うのは流石に気恥ずかしかった。


何でかは忘れたけど、一度だけ彼女の家に行くことがあった。


雪の家は学校から歩いて5分ほどの場所にあった。古い大きな家だった門をくぐると広い庭があり、玄関にたどり着くまでに数秒かかった。引き戸を開けて中に入ると彼女は大きな声でただいまと言った。家の中では静かで人の気配が感じられない。雪はお盆を勉強机に置いて本棚から楽譜本を取り出した譜本を取り出した。


「これ使う?」


俺は首を振った。流石に、引いたこともないものを引くのは気が引けたし、結果が分かり切ったものを頑張るのは好きじゃなかった。


「七原が引けよ」


未だに下の名前で呼べない自分の臆病さに頭を痛めながら、俺は椅子から立ち上がり行きの脇をすり抜け用とした。手が彼女の上に入れた。雪は一瞬体を強張らせた。勉強机の椅子にとんと腰を下ろして俺はケーキにフォークを入れ、食べた。何を思ったのか、


「全部食べていいよ」


雪は小さな声で言うと楽譜を開かないまま 譜面台に置き両手の指を組み合わせて背筋を伸ばし正面を見据えた。僕は紅茶のカップを口に運ぶ途中で手を止めた少しでも動けば部屋を支配する微妙なバランスが崩れてしまうような気がしたからだ。ゆっくりと深呼吸をして雪は鍵盤に両手の指を置きいきなりものすごいスピードでピアノを弾き始めた。後になって雪が引いたのが『プラハ』だったと俺は知ったけれどこの時はただ機関銃のように叩き出される音の連なりに驚いただけだった。雪は体の中にある力を全て振り絞るようにしてピアノを弾いた。きっと素晴らしい演奏だったのだと思う。音楽にあまり興味がなくてクラシックも五分で飽きてしまうような男の子がとにかく最後まで飽きさせなかったのだから。静かに鍵盤から手を離すと、雪はひき始めた時と同じように背筋を伸ばして正面を見つめた。俺は紅茶を飲み干してから拍手をした。けれど雪は全く嬉しそうな顔しなかったちょっと眉をしかめて軽く首を振ってからピアノから離れた。ずっとやってるからっと雪は言った。なんだかひどく寂しげでそれでいて大人びた感じがした。雪は紅茶のカップを手に取りベッドに腰をかけて飲み始めた。「ピアノ弾く?」 床に視線を向けたまま雪が言ったが、俺は了承しなかった。


「弾けないよピアノなんて」


「練習すれば誰でも弾けるよ」


何か言いたそうに口を動かしたけど何も言わなかった。「帰るよ」と俺は言って立ち上がった。「ごちそうさま」部屋を出る時に本棚の横に丸めて置いてある絵に気づいた。夏休みのある日公園に行きが書いていた絵だった。


「また遊びに来て!」


後ろから雪が入った玄関で靴を履きじゃあと手を挙げ引き戸を開けた時奥の方から激しく咳をする音が聞こえた。雪は体をこわばらせるとそのまま奥の方へ早足に立ち去っていった。引き戸を閉め歩きながら口の周りを舐めるとクリームの甘い味がした。




それからしばらくして、何気に家でピアノの練習をしたりもした。けれど、独学でやるにしても時間も、道具もあまりなかった俺はピアノの動画を見るか、鍵盤を紙に書いて指を置いて引いた気になるだけのものだった。けれど、あの町にいる間は、やめることができなかった。今にして思えば、心のどこかで期待していたのだと思う。我がことながら未練たらしいことだと思う。結局、数か月後に転勤になり町を離れた。


「我ながら、結構覚えているもんだなー」


俺は、荷物をまとめて電車から降りる。雪にまた会えるのではないのかと、期待を膨らませている自分に未練たらしいのは少しも変わっていないなと、自嘲気味にまったく成長のない自分に呆れながら改札をくぐった。


俺の高校生活が始まる。


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